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26) しゃかりきになって


 永久凍土の地下墳墓について、氷の女王が教えてくれた情報では、ドッペルゲンガーと囚われた娘が待つ最深部が地下三十階であると聞いた。確かリッチがフロアボスをしていた階層が地下二十八階だったのだ。だがなるほど、この気が遠くなるほどの奥行きと高さがある空間は、地下二十九階と三十階をブチ抜いて出来た空間なんだなと呆れながら納得する。呆れて口をポカンと開けるしかないほどにこの最下層は圧倒される。ホールの中央に八畳ほどの石段が積んであるだけで、後は延々とガラス化した地面が続く伽藍堂(がらんどう)。もう狂気じみたとしか表現出来ない空間なのだ。


「卑小なる者よ、性懲りも無くまたやられに来たか!」


 大聖堂の祭壇に隠された階段を延々と下り、たどり着いた「その入り口」に立つと、石の軋むような音と共に今来た道が全て塞がれ、遥か遠くのフロア中央……祭壇らしき石積みの中心から女性の声が轟く。


「あいにく他に約束が無いもので、あなたの娘さんに茶会のお誘いでもと思いまして!」


 殺気の籠ったドッペルゲンガーの挑発をジョークで受け流しつつ、ヒロトはフロアの中央に向かって猛然と駆け始めた。つまりそれがエンカウント、戦闘開始の合図であり、ヒロトの動きに呼応したかのようにドッペルゲンガーは手を高々と上げて、祭壇の地下に幽閉していた娘の魂を呼んだ。

 ゴゴゴゴと小さな振動を伴いながら、人の倍はあるような大きな柱が現れる。囚われた娘の魂は前回同様目隠しをしたままその柱に括り付けられており、ドッペルゲンガーの命令一つで、いつでも極大範囲魔法を放てる仕組みになっている。前回はその光景に絶望感を覚え呆然と立ち尽くしていたヒロトだが今回は違う。新たに手にした武器が、勝利の方程式を組むかのように閃きとアイデアをヒロトに与え、その背中を「臆するな!」と押しているのだ。向かい風でなく追い風を受けた彼はガムシャラになってドッペルゲンガーとの距離を詰める。


(どうだ?目測で五百メートルくらいか?)


 ジャベリンをその手にして目を凝らすのだが、ロックオンを促す照準の着弾地点が赤く表示されたままだ。そう、思いの外ジャベリンの射程距離は短く、ドッペルゲンガーは未だに補足外なのだ。


(ちいっ!初弾で封じるのは無理か。ならば中継点を強引に作るしかない!)


 地面よりせり出した柱がピタリと止まり、柱に拘束された女王の娘はその準備を終えた。後はドッペルゲンガーが命令を下せば極大範囲魔法が発動されるのだが、ヒロトはまだ彼女たちにジャベリンを撃ち込める距離にいない。全力でダッシュしても、まだ半分の距離まで詰められていないのだ。


(ファイア・アンド・フォゲットだ、数撃てば何とかなる!)


 いよいよドッペルゲンガーは振り上げた右手を下ろし、娘に魔法発動を命令する。柱に括り付けられ目隠しされた娘は精神を完全にコントロールされているのか、まるで自我を感じさせないまま残忍な口を開き始めた。


「行けジャベリン!思った通りの性能でいてくれよ!」


 もう後は無い……。安全圏に引き返す事も出来なければ、ドッペルゲンガーに肉薄して魔法発動を阻止する事も出来ない。だがやりようはあるのだと、ヒロトは自分の駆ける方向に向かってじゃんじゃんと槍を投げ始また。スロウアームズ――ジャベリン――ダイレクトモード――ロックオン地点に対しての多重投射である。


「間に合え、間に合え!」


 ドッペルゲンガーと自分とのちょうど中間地点、地面にザクザクと槍が刺さる。乱雑に刺さって統一感は無いのだが、まるでそれは柵のようでもある。

 ヒロトが大量のジャベリンを投げて地面に突き刺している間、とうとうその時が来た。全ての準備を終えたのか、まるで地獄から湧き出る悲鳴のように、娘は腹の底から声を絞り出したのだ。


「……ギャアアアアア……!」


 この瞬間、巨大な空間に漂う空気……その全てがあっという間に灼熱の黄金色へと変化し、遅れて衝撃波がヒロトを襲った。空気を構成する分子を魔力で高速振動させ、そこで発せられた膨大な熱量で敵を蒸発させながら、その温度差の波で空気を爆縮させる極大範囲魔法『マキシマム・インプロージョン』なのだが、まだこの魔法はKOGの世界においては、レイドボスにすら実装されていない未知の魔法である。


 一度衝撃波で後方に吹き飛ばされ、瞬く間に今度は吹き戻されたヒロト。衝撃波で甚大な被害を受けたのか、耳や目や鼻や口からおびただしい血を噴き出しながら、地面をもんどり打っている。だが明らかに前回と違うのは、この魔法で瞬殺されていない事。辺りの地面や天井はガラス化して真っ赤に輝いているのだが、ジャベリンで作った柵から後方は、ヒロトを囲むようにマナジャミング影響が発生しており、ヒロトを即死蒸発から守っていたのだ。


「ごぶっ!……これはキツイ。これは次弾が来ても受けきれない、早めに決着をつけなきゃ!」


 左上腕骨折、内臓損傷や知覚器官の精度劣化など、ありとあらゆるダメージレポートがヒロトの視界に投射される。熱攻撃はかろうじて逃れられたが、爆縮運動に巻き込まれてもみくちゃにされた身体は「瀕死」と言っても過言ではなく、幽霊のようにフラフラと立ち上がるので精一杯だ。

(次は無い……次は無い……次は無い……)

 同じ言葉を口の中で何度も何度も呟くのだが、これはヒロト自身が恐慌(パニック)を起こさないための自己防衛。やるべき事は分かっており、求める結果も分かっている。だからこの期に及んで「どうしよう」と言う内向きな思考が身体の動きを鈍らせるよりも前に、「やるべき事をやれ」と自分で自分の背中を押していたのである。


「うがあっ!……しっかりしろ、足!しゃかりきになって走れ!あの()を助けるんだろ!」


 全身をグチャグチャと鳴らしながら、ヒロトは再び全力疾走を始めた。目標はもちろんドッペルゲンガーと拘束された娘に向かって。そして目的は――マナジャミングで魔法発動を無効化するため。ジャベリンの射程距離に二人を入れるために――



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