19) 相性:槍装備の多対一
プレイヤーネーム【ヒロト】
レベル:72 ※レベル上限80
職業:暗殺者 (盗賊からクラスチェンジ)
所有攻撃スキル:スロウアームズ (スロウナイフ上限解放)
所有防御スキル:紙一重
サブ職業:鍛治師 (武器鍛錬、農機具鍛錬、生活用具鍛錬)
◆三つの願いによるユニークスキル
・ハートショット 防御力無視、即ダウン攻撃
・射線管理「紙一重・連舞」
・ストレージ99
・「不明」
ヒロトの攻撃スキルである「スロウアームズ」において、解放されている武具の種類はナイフ、片手剣、両手剣である。スロウアームズに組み込むには、装備武器の習熟度を上げて制限解除を行わなければならない。氷の女王の熱心な(執拗にとも言う)要請を受けて槍を装備する事となり、改めて新武器装備でダンジョン攻略を始めている。やがて槍もスロウアームズの弾丸に変えるべく、ヒロトは今、槍の習熟度を上げようと腐心し始めていた。
盾と組み合わせた攻防一体の片手剣、防御を捨てた破壊力の両手剣でもなく、槍でこのダンジョンを乗り切るのは果たして有効なのかどうか……。女王に背中を押され、当初は疑心暗鬼でダンジョンに突入したヒロトだったが、槍の意外性に得心しながら勝利を重ねているーーつまり槍は「使える」と確信したのだ。
◆まず物資の温存を至上課題とする今現在、スロウアームズを起動させずに、節約の戦いを行わなければならない。つまりは何を装備しても手持ちで戦う事となる。……習熟度が安定している片手剣か両手剣で挑むのが現状では無難な判断なのだが、剣では間合いが狭くて敵の数が増えれば増えるほどに不利になり、戦死と言う結果がヒロトを待っている。
永久凍土の地下墳墓、地下五階層辺りはスケルトンとスケルトンナイト、そしてスケルトンウィザードの三種類がエンカウントしてヒロトに襲いかかって来るのだが、階層を進めば進むほどに複数体出現してパーティー戦を仕掛けて来るので、先に倒したい「後衛のスケルトンウィザード」に到達するのがなかなかに難しい。
スケルトンの身体を自己修復不能程度に破壊すれば次のターゲットに移る事が出来る。だが間合いの短い剣で近距離打撃戦を展開せざるを得ない状況に加え、振り上げる、そして振り下ろす動作……始点と終点で身体の動きが一度止まってしまう剣さばきは、一対多数で圧倒的不利。紙一重連舞を繰り出して敵の攻撃を避けたとしても、スケルトンウィザードのステータス異常魔法を『範囲』攻撃で食らってしまうのだ。
――第一に範囲攻撃のスケルトンウィザードを狙う、そのためには必要最低限の数の前衛スケルトンを倒すか押し退けて、短時間で敵の後衛にたどり着きたい――
これらの要求に対して、槍は見事にその役割を果たす事となる。自分の身長を遥かに越えるその槍は、「突く」だけでなく「叩く」「薙ぐ」「払う」と用途は多岐に渡り、槍をグルグルと回転させてその遠心力を利用すれば、スケルトンの射程距離に入るよりも先に攻撃を行う事が可能となるのだ。
「……そう言えば、馬上の武士を狙う場合は槍で突いたが、雑兵同士の地上戦はとにかく槍でぶっ叩いたって話があったな」
日本史の戦国時代あるあると言う訳でもないが、槍を回転させておいてからの払いと、回避スキル『紙一重・連舞』の組み合わせは非常に愛称が良く、躍動する姿はまるで、槍を棍に持ち替えた中国拳法の達人のようでもある。槍イコール突くと言う既成概念に捉われなかったヒロトの進化とも言えた。
過剰な負荷を身体に与える事から発生する『疲労値』を極力軽減するために、遠心力と身体の捻りとバネを駆使した風車のような戦い方は見事に成功。前衛のタンクスケルトンを押し退けて道を開き、早々に後衛のスケルトンウィザードにたどり着いては撃破して行く。……この戦法を積み重ねたヒロトの快進撃は止まらない。それまでは地下五階層が精一杯だったダンジョン攻略も、やがて六階層七階層と足を進めていよいよ地下十階層の降り口にまでたどり着いたのだ。
「降り口のゲートからして何やら重々しい。エリアボスの可能性もあるから、進むべきか退くべきかの判断……いや、覚悟が必要だな」
氷の女王が以前話していた言葉が脳裏をよぎる ――永久凍土の地下墳墓は、数々の英傑が挑戦しては失敗して朽ちて行った――
つまりはこの程度でダンジョンが終わるはずが無く、ここにラスボスが待つと言うのはあり得ない。槍の武器レベルがやっと育ち始めた程度の冒険者が、楽々とクリア出来るようなダンジョンではないのだ。
それまでは掘ったまま補強や壁材を並べもしない、岩盤剥き出しの地下世界が広がっていた。単なる地下の洞窟であり、女王が言っていた地下墳墓の光景などまるで目にしていない。
「……ここからが本番、なのかも知れないな」
左右に細い円形の石柱が立ち、その上には石造りの屋根が据えられている。そしてその中には重厚な木材で作られた観音開きの扉がある事から、それはつまり「ここから先が本当の地下墳墓」とでも言いたげである。その扉の先には、岩石だらけの洞窟には似つかわしくない様相が広がっているのだ。
「時おり地下から聞こえて来た咆哮も気になる。ドロップアイテムや鉱物資源も手に入れた事だし、今日は一旦戻ろう」
一度でも負ければ、経験値もドロップ品も霧散してしまう過酷なダンジョンは、挑戦するのも勇気がいるが、ダメだと悟った際の引き際も大事である。まだ槍の武器レベルも満足できる状態ではなく、ヒロトは地上に引き返す事を決心した。
引き際を決める能力、諦めて引き返す決心、実は冒険者の資質を問われるほどに重要な要素である。後先を考えない突入・突撃は単なる蛮勇であり、無事に還って冒険をその都度完結させる事こそが、冒険者としてのキャリアを上げて行くのである。
今日、今回、ヒロトは地下九階層の外れで更なる地下階層への入り口を見つけた。それもそれまでの岩盤洞窟とは趣向を変えた異様な趣きの入り口を。――彼はそこで引き返して正解だった。何故ならば地下階層十階からは出現モンスターのレベルが格段に上がると共に、一度入ったら引き返す事の出来ないダンジョン。その入り口を潜ったら最後、最下層で待つラスボスを倒すか、それとも戦闘でモンスターにやられて死亡しない限りは、地上に戻る事は許されないのだ。
【永久凍土の地下墳墓】まだヒロトは知る由も無いが、地下最下層を別の言い方で表現するとそれは地下三十階層の事。まだ折り返し地点にも到達していなかったのであった。




