18) クエスト【永久凍土の地下墳墓】
ヒロトは今、【北方ディスノミア】と言う名のマップでソロプレイを重ねている。この地方のネームドモンスターと言うか守護者と言うか、「氷の女王ディスノミア」と言う名前のNPCより提示されたクエストを受けた事と、今現在自分がいる場所以外が全て暴風雪で閉ざされた極寒の地で一歩も外に出られない事を理由として、ヒロトらただひたすらダンジョン攻略に励んだのである。
クエストのタイトルは【永久凍土の地下墳墓】。クエストを受けた途端、地面に現れた地下行きの扉を開き、ひたすら最下層を目指して地下迷路を突き進むダンジョン攻略型のクエストなのだが、これがもう過酷の一言。運営側が提示する推奨レベルすら不明のまま、ゴールの見えない暗黒の地下で、ヒロトは日々一進一退を繰り返していたのだ。
・永久凍土の地下墳墓 攻略開始より四日目
ダンジョン攻略にあたっての基本条件はプレイヤー有利に設定され、「有効期間無しの時間無制限」「キルされてもデスペナルティ無し」が保証されているのが救いなのだが、一度ダンジョンに突入したら……ここからが厳しい。
まず途中にリスポーンビーコンを設置する事が禁止されており、モンスターにキルされたら再出撃は地上のスタート地点となる。ダンジョン攻略中にゲーム進行をポーズする事は可能で、ポーズ後にログアウトしておいて同じ位置からプレイを再開するのは可能だ。だがダンジョン攻略中にキルされてしまえば、初期装備品は別としてドロップアイテムと取得した経験値は全てロストしてしまう。つまりこの永久凍土の地下墳墓は「ローグライク」ダンジョンであり、経験値とドロップアイテムを失いたくなければ『適時撤退』を積み重ねなければならないのだ。
……そして今、ヒロトは地上のスタート地点にいる。辺り一面ブリザード吹き荒れる世界の中心に「ぽっかり」と空いた穏やかな春の空間は、氷の女王ディスノミアがヒロトのためにと鎮めたセーフスペース。どうやら女王はヒロトの事が気に入ったのか、二対の椅子とテーブル、そして露天だが鍛冶場まで作って提供してくれていた。
氷の女王は椅子に座って楽しげにヒロトを見詰める中、彼は一心不乱に焼けた鉄を叩き鍛えているのだが、これには訳がある。ダンジョン内でキルされる度に、ドロップアイテムや経験値と共に、ヒロトの武器がどんどんとロストして行くのだ。
もちろん、『三つの願い』を経て暗殺者となったヒロトは、暗殺者の攻撃スキル最高峰とまで言われる【スロウアームズ】の力を持って、ダンジョン攻略にあたっている。だが、この永久凍土の地下墳墓において、プレイヤーの手から一度でも離れた装備品は「廃棄物」としてカウントされ、敵に命中した後に霧散してしまうのだ。つまり敵とエンカウントして戦闘に入り、武器を投げれば投げるほど、敵を倒せば倒すほどに、自分の武器ストック数が減って行くのだ。
――いくらストレージ99があると言っても無限ではない。いつかは手持ちのストックが枯渇する――
これらの事情を持って、新たな剣を大量に作るべく、ヒロトはストレージ99で保管していた鉄鉱石と鋼を解放して鍛治仕事を始めたのであった。
「地下墳墓……地下五階層までは行けた……だがまだゴールが見えない。どこまで深いんだよ」
カンカン!と、真っ赤に焼けた鉄がテンポ良く叩きながらも、ヒロトの口からぶつぶつと漏れて来る独り言はダンジョン攻略についての事。目の前の鍛造に集中しようと思っても、背中にじっとりと覆い被さる不安はなかなかに消す事が出来ないでいる。
「エンカウントするモンスターは基本アンデッド。肉弾型はスケルトンとスケルトンナイトで、魔法型はスケルトンウィザード。最初は単発で出て来るが、下の階層に行けば行くほどにパーティーを組んで集団戦を仕掛けて来る……」
氷の女王ディスノミアが椅子に座り、無言で微笑みながらヒロトを見詰めているのだが、そんな事はお構い無しとばかりに作業に夢中になっている。
「手持ちのストック、片手剣と長剣の激減は心細い。だが鉄鉱石のストックだって限りはあるからいつか切れる。……ならば戦法を変えて剣を持ったまま打撃で行くか?」
多分、ヒロトの独り言は女王の耳に入っていたのだろう。彼が戦法を変えるかと漏らした時に、彼女は「おや?」と顔を上げて一瞬だけ真剣な表情になったのだ。どうやら女王には妙案があるらしいのだが、ヒロトがちゃんと結論を出すまではと、口を挟むのを我慢しているようにも見える。
「剣を持ち、戦士のように立ち回る……ダメだダメだ。剣はスロウアームズで利用するために、スキルレベルを上げてアンロックしただけのもの。カンスト(上限達成)していない分、逆に生存確率が下がる」
なかなかに結論を出さないヒロトに焦れたのか、それとも言いたい衝動をずっと我慢していて限界に達したのか、どうも女王の様子がおかしい。それまでの優雅さは何処かに消し飛んでしまい、丸テーブルに手を置き身を乗り出しながら「言おうか言うまいか」と揺れている。
「そもそもだ……剣を振り回したところで間合いが短いし、下層に進めば進むほど敵は集団化するから無理だ。それに敵はスケルトンだけじゃないはず……」
(おい、おいヒロト、ヒロトや)
とうとう女王は口を開いたのだが、どうやらヒロトには聞こえていない。
「あの階下から聞こえてくる呻き声は、間違いなく大型のモンスターだ。今のうちにあらゆる状況を想定して戦術を立てておかないと……って!」
「ヒロト、汝れはいつになったら結論を出すのだ?」
「あ、あああ、姐さん危ない危ないよ!今オレ火を扱ってんだから!」
剛を煮やした女王は何と、背後からヒロトに抱きついたのだ。
「ヒロト、妾からの提案……聞いてみんか?」
「ちょっと姐さん、耳元で喋るとこそばゆい……」
そう。ヒロトは氷の女王ディスノミアを『姐さん』と呼び出している。何故ならばディスノミアと呼べばすぐ機嫌が悪くなるし、女王様や女王陛下と呼べば堅苦しいとそっぽを向くので、思案に思案を重ねた上で彼女を『姐さん』と呼んでみたのだが、これがいたく好評なのか、女王はヒロトとの距離をどんどんと詰めて来たのである。
ちなみに「あねさん」には二種類の漢字が当てはまる。姉と言う漢字は血縁者を呼ぶ場合に用い、姐と言う漢字は血縁者ではなく組織内においての歳上女性を呼ぶ、いずれも敬称である。
ナフェス荒野、ナフェスの街において覇権を争う二つの反社ギルドがある。ジョステシアとレヴォルシオンと言う名称がそれなのだが、レヴォルシオンのギルドマスターがちょうど『姐さん』と呼ばれており、ヒロトもそれに倣ったまでだったのだが、どうやら効果はあったようだ。
「ヒロトや、どうだ?槍を使ってみぬか?」
「槍?槍ですか?……いまいちピンと来ないなあ」
「槍ならば間合いが広がるだろ?汝れは槍使いになれ」
「槍はスキル未修得だし、槍そもそもも持ってないし……」
「ここで鍛えれば良かろう。槍だ槍!ヒロトは槍に決定!」
「分かりました、分かりましたから離れて!密着し過ぎ!」
おおよそ、神の位にまで昇り詰めた神格者と、善も悪も無いただの暗殺者との会話では無さそうなほどに気楽過ぎる内容ではあるのだが、この氷の女王の提案はその後のヒロトの運命に多大に影響を与える提案であった。




