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17) 姉妹


(正午になりました、お昼のニュースをお伝え致します。気象庁の発表によりますと、本日も真夏日が予想されるとの事で、これで連続真夏日は観測史上最長が更新されるそうです。記者会見で担当官は、熱中症患者の救急搬送が連日増加しており、緊急外来の医療体制が崩壊寸前となっている事から、我慢せずに冷房を付け、熱中症の予防に努めて欲しいとコメントを寄せております。本日の関東の予想最高気温は……)

 

 まだ盛夏の八月に突入するまで二週間もの余裕があるのに、六月より連日続く酷暑について昼のニュースがトップで報じている。まだ夏も折り返し地点を過ぎてもいない七月半ば、人々は部屋のエアコンやクーラーを限界まで稼働させて涼を取り、先の見えない秋に思いを馳せていた。

 猛暑と言う言葉が死語となり、それに代わって酷暑と言う言葉が当たり前のように使われ始めても、人々の夏に対する開放的なイメージは消えていない。さあ夏休みだ、海にプールに花火大会に夏祭りだと人々は暑さをものともせずに楽しもうとするのだが、やはりそうでもない人も一定数存在する。

 とあるマンションの一室、リビングのテーブルにノートパソコンを置いたこの女性も、どうやら夏と言う言う時期に何らの思い入れも興味も無いのか、酷暑の後に続く夏のイベント報道に一切の関心を示さず黙々と指を動かしている。


「ふわぁああ……。お姉ちゃんおはよ」

「おはよう」


 リビングの扉が開き、寝ぼけた声の少女が入って来る。どうやらこのマンションの部屋は姉らしきその女性と妹の二人での共同生活なのか、お寝坊さんの妹は遠慮など無いとばかりに空いてるソファへどかんと尻を落とし、当たり前のようにテレビのリモコンを掴んでチャカチャカとザッピングを始める。

 寝ぼけたままふにゃふにゃした顔の妹を「もうお昼だよ」と諌める事もせず、姉は苦笑しながら手を止めて仕事を中断。自分の目頭を指でつまみながら疲労をリセットして、昼ごはん作るけど食べれる?と質問する。すると妹は表情がふにゃけたままゴチになりますと笑顔で返した。


「目がしょぼしょぼしてるじゃない。何時まで起きてたのよ?」

「それでも二時くらいまでだよ、だけどさすがに限界だった」


 姉が手伝えと指示するどころか、妹に作ってあげるとまで言っているのに、腰を上げた姉に付き従うように妹は肩を並べてキッチンに赴く。お互い仲の良い姉妹なのだと推察されるのだが、いかんせん寝ぼけたままの妹は思考と動作のリンクがおぼつかない。


「いいよいいよ、陽奈(ひな)は座って待ってな。出来合いのトマトソースのパスタで良いでしょ?」

「うへへ、お言葉に甘えながらも、大盛りご所望でお願いします」

「寝るのが趣味だった陽菜が、夜ふかし頑張ってくれたからね。たくさん茹でてあげるよ」


 姉は妹をそう言って(ねぎ)らいながら、鍋を火にかけつつ手際良くザクザクとキャベツを切り始める。


「ご飯食べたらお姉ちゃんのパソコンにデータ送っとくよ。一応、ナフェスの自然風景、街の風景、海岸の風景と、望郷の蜃気楼の四種類に分けてあるから」

「ありがとう、有料会員向けのメイキング動画はどう?」

「それも後でデータ送る。一応大幅にはカットしといたけど、後はお姉ちゃんが仕上げてよ。まだ編集ソフト使いこなせなくて」

「そうねえ、それが一番面倒かも。だって陽菜が撮ったキャプチャー動画って、ほとんど噂の少年にピントが合ってるから」

「あ、あっ!お姉ちゃんそれ言っちゃダメ!でもでも望郷の蜃気楼パートはしっかり撮れてたし」

「だってその時はもう、その少年は去った後だからねえ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながらクスクスと笑う姉と対照的に、顔を真っ赤にしながら敗北感を滲ませグヌヌと唸る妹。姉妹喧嘩に発展しないところを見れば、うわべ付き合いではなく、ある程度本音を語れる関係であると伺える。

 本日の昼食はトマトソースのパスタとキャベツのコンソメスープ。茹でたパスタにレトルトのソースを絡め、固形のコンソメを溶いてキャベツを茹でただけの簡単な料理だが、この姉妹が外食に頼る事無く自炊でまかなう事が出来るのは、この食事風景にも現れていた。――会話が途絶える事無く飛び交い、とにかく明るいのだ。

 

「それでその……ヒロト君だっけ?調べてみたの?」

「SNSをいくつか調べてみたけど、本人らしきアカウントは無かったよ。だけど、仲間のアカウントは見つけた」

「彼の仲間って事は、レジオン・オブ・メリット当時のフレンドさんかな?」

「うん、レジオンのギルドメンバーでまとまってた形跡が今もあるけど、そもそもヒロトはSNSやってなかった説があるの」

「そもそも?」

「一年以上前の書き込みばっかりだけど、ログインする者はヒロトに伝えておいてとか、ヒロトに感謝言いたいから誰かイン時間分かる?とか」

「なるほど。でも妙ね。最先端のフルダイブ機器を使ってゲームするプレイヤーが、SNSにアカウントすら存在しないなんて」

「そうなのよ。だからゲームは楽しむけどコミュニケーションは求めないタイプの子じゃないかなって」

 ……コミュニケーションを求めない割には……

 KOGにおいてはNPCの生活環境の改善に尽力したりとか、NPCの生命財産を保とうとしたりとか、人に感謝されるような事しかしてないこのギャップ。どう言ったポイントに整合性があるのか、と、陽菜もといヒナは今でも悩んでいる。


「ふふっ、陽菜が気になるなら、本人に疑問をぶつけるためにも、とことん探し続けるしかないよね」

「まあ……疑問をぶつけるよりも前に、とにかくお礼が言いたい」

「そうね。いずれにしても、ナフェスの記事に関しては陽菜やポレット、カリンちゃんたちのお願いを必ず反映させるから」

「うん、お願い。安生さんにも言われてるし、良い点と言うか今後の良い可能性にポイントを絞ってね」

「もちろんヒロト君の名前も出さないよ……って言うか、お姉ちゃんも本業が忙しくてグラフの編集を陽菜に下請けさせてる手前、ヒナたちの要求を受け入れないなんて出来ないからねえ」

「いやあ、記者の手当プラスお姉ちゃんの下請けで助かってるよ。おかげでバイトしなくて良いもん」

「だからと言って、気楽に構えてちゃダメよ。夏休み中でも開くゼミはあるんでしょ?単位落とさないでね」

「へ〜い」


 カラカラと笑う姉妹。楽しげな昼食はやがて終わり、二人仲良く片付けを始める中、リビングに置いてあった姉のスマートフォンが着信を盛大に知らせて来る。慌てて姉がスマートフォンを取って発信先を見ると【週刊フルダイブゲーマー 白鳥編集長】と表記されているではないか。週刊フルダイブゲーマーとは、売り上げ部数国内トップに輝き続けるフルダイブゲームの雑誌であり、海外ではその翻訳版が出版されるほどの老舗中の老舗(しにせ)情報誌だ。その雑誌の編集長と陽菜の姉が通話しているのだが、姉の声が高揚感に満ちている事に陽菜は気付く。「本当ですか?」「会見はいつに?」「KOGの転換点?」……いちいち驚きながらも期待に満ちる姉の表情から察するに、どうやらKOGが新たな発表をするらしい。

 ……お姉ちゃん会社じゃ部門のトップ記者で優秀だもんね。新しいプロジェクト任されたかな?……

 目をキラキラと輝かせながら通話する姉を、陽菜は頼もしげに見詰めている。


 リビングで大声を上げながら通話する姉。その傍らには作業中だったノートパソコンがあり、会話に夢中だった姉がテーブルにドンと膝を当てた途端、振動でスクリーンセーバーが解除されてしまう。そこには文章作成用のテキストが表示されており、タイトルは【ラテンアメリカを彷彿させるナフェス荒野は絶景の宝庫!雰囲気満載の西海岸穴場攻略】とあり、長い文章の下には(週刊フルダイブゲーマー編集部 記者:戸井田遥香)と記されていた。

 つまり、ヒナこと陽菜の姉は週刊フルダイブゲーマーの社員記者で、ナフェス荒野についての記事を執筆していたと推察される。その姉が実は、キングダム・オブ・グローリーの公式ウェブ雑誌『アルドワン・グラフ』の編集長も行っており、ヒナもその流れでアルバイトしていたのだ。つまり週刊フルダイブゲーマーは、フルダイブゲーム界のトップであるKOGに食い込んで取材するほどに、このゲームに将来性を感じて「人と資金」を投資していた事につながるのだ。



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