表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/72

15) 誓い


 『アルドワン・グラフ』ーーヒナやポレット、カリンが属するウェブ雑誌社ギルドで、首都エミーレ・アルドワンに拠点を置く数ある雑誌社ギルドの中でも大手の一つである。このウェブ雑誌社が発行するアルドワン・グラフとは、KOGのプレイヤーに流通する新聞や壁新聞とは違い、「まだ見ぬKOG世界を紹介しよう」と、様々なマップに存在する絶景や観光スポットを読者に紹介する、どちらかと言うとロールプレイング中のキャラ向けではなく、プレイヤー又はユーザーに訴える事をコンセプトとした雑誌であり、運営からも画面キャプチャーや動画配信の認可を受けた文字通りのウェブ雑誌である。


 そのアルドワン・グラフの記者三人が今、念願叶ってようやくナフェスの西海岸へとたどり着いた。リーダーで神官のポレット、レンジャーのヒナ、そしてカリンは護衛役のナイト。ナフェスの反社ギルド、ジョステシアのリーダーである安生が、海岸一帯を封鎖しているこの地雷原の案内役として三人を引っ張っている。

 時は夕暮れ、砂浜から空から眺める海全てが濃厚なオレンジ色に染まる抜群なロケーションに恵まれる中、三人の記者は辺りをじっくりと見回しながら息を飲む。


「お嬢さんたち、後ちょっとで夕陽が沈む。注意して水平線を見とくんだ、蜃気楼のショーが始まるから」


 安生はそう言って胸を張りながら、『望郷の蜃気楼』について説明を始めた。蜃気楼とは言われているものの、それはリアル世界の蜃気楼とは様子がかけ離れており、まるでオーロラの銀幕に映像が浮かび上がるような現象なのだと言う。つまり巨大プロジェクターに映し出される光景をもって、一部の間で望郷の蜃気楼と呼ばれているそうなのだ。


「私がメニュー操作からカメラ機能使うから、ヒナは映像キャプチャーお願い。カリンはいつも通りモデルやって貰うから、早く準備して」

「おいおい、またビキニアーマーかよ。あたしだって恥じらいあるんだぞ」

「そう言いながら装備を外してるノリの良さ、私大好きよ」


 念願叶ったポレットとカリンは、キャッキャッとはしゃぎながら撮影の準備を始めているのだが、どうもヒナの動きが重い。準備をしている事に間違いは無いのだが、その表情は固く暗くて足取りが遅いのだ。


「どうしたよお嬢ちゃん、まだ昼間の事を気にしてんのかい?」

「い、いえ!そのぉ!……はい……」


 気にした安生が声を掛けるとやはり図星だったのか、体裁を整えもせずにヒナはうなづいてそれを認める。


「ずっと考えてました、ずっと彼の事を。なぜわざわざ自分の居場所を失うような……あそこまでする必要はあったのかとか、そもそも彼が望む彼の居場所とは何だったのかとか」

「ワシらと戦った時は先に決闘の契約をしてたから、過剰なデスペナは受けなかったが、今回はお嬢ちゃんの仲間を人質に取った事やグリッチ使いがいた事が許せなかったんだろうな。だからアイツは決闘を勧めなかった、そう考えるしかないだろ」

「そうですね。……でも、自分の立場と引き換えにするほどの覚悟って」


 ここでポレットとカリンが奇声を上げる。遥か彼方の水平線に太陽が沈んだと同時に、その水平線上空に七色の輝きを放つ光のカーテンが現れた。いよいよ望郷の蜃気楼が始まったのだ。


「なあお嬢ちゃん、時間はたっぷりあるから後で悩めば良い。今は仲間たちに合わせて仕事を終わらせな」

「あ、はい。でも大丈夫です。カリンがモデルでポレットがカメラマン、私はその撮影風景を引きで動画を撮ってメイキング映像にするだけですから」

「そっか、お嬢ちゃんがそれで良いなら良いや。それでな、一つお嬢ちゃんに頼みがあるんだがよ」

「お嬢ちゃんじゃなくて、ちゃんとヒナって呼んでくれれば聞く耳持ちますよ」


 クスクスと笑うヒナ。安生の配慮に気付いたのか、塞ぎ込んだままの自分を変えようとする努力の表れだ。――じゃあヒナよ、景色を見ながらで良いから聞いてくれ―― こう切り出した安生の頼みは、彼女にとって驚くような内容であった。意外にも安生は地雷源の全撤去を申し出る代わりに「ナフェスの良いところだけ」をアピールして欲しいと願い出たのだ。


「ナフェスは危険な場所、無理して訪れなくても良い場所。……そう言うイメージを払拭する記事を書いてくれないか?地雷源は全て撤去する、街や村の治安はワシらが守る、旅人の安全と案内はワシらが補償する。アイツとの約束なんだよ」


 七色のオーロラに街の映像が浮かび上がる。どうやらこれがKOGに買収・吸収された『レジオン・オブ・メリット』の解放軍首都、ミッドレイクポートの街並みの映像だ。これだけでも幻想的な気分を充分楽しめるのだが、強面(こわもて)の安生はぎこちない笑顔を向けながら、メニュー画面を開いてデータ読み込みを実行してみろと促す。


「うわぁ、これは!」


 沈んでいたヒナが突如大声を上げる。そして驚いて振り返るポレットとカリンに向かい、安生と同じくデータ読み込みを促したのだ。


「これ!レジオンのトレイラー(宣伝)クリップじゃないの!」

「すごいすごい!こんな隠し技があったのね!」


 視界に映るメニュー画面の中、そこに現れたのは「当時」のレジオン・オブ・メリットのメディア向けトレイラーとゲームプレイ映像。自分好みにコーディネートされた兵士たちが、走って撃って力を合わせてと、MMOの醍醐味が溢れる映像でまとめてある。


「私、ミリタリーは苦手だけど……すごく楽しそう」

「ポレットもそう思うか?過酷な戦場を生き抜く戦友たちの絆か、これはこれでありだよなあ」


 ヒナに気を遣って必要以上に明るく振る舞う仲間たちだが、この隠しデータの映像は彼女たちも楽しんでおり、お世辞抜きに絶賛している。


「……きっとヒロトもレジオンのプレイヤーで、ずっとここに来ては昔を懐かしんでたのかな?」

「最初のうちは砂浜に来てたな。だがウチらが地雷源を設置してからはずっと奥の丘にいた。悪いとは思ったんだが、アイツも反対しなかったし」


(ナフェスの街が良くなるなら、か)


 ――つまり、ヒロトは貧困に喘ぐナフェスの人々が、経済的に豊かになって欲しいと願っていた。だが街の人も村の人もほぼほぼNPCだ、つまりヒロトはAIの生活環境を変えようとしていた事になる。RPGのプレイヤーならほとんど歯牙にもかけないAI、そのプログラムの幸せなんて本当に願えるのか。それも自分のプレイ人生と引き換えに――

 

 ここでヒナはハッとなる。地雷源が敷設されて砂浜に入れず、奥の丘で彼は何を見ていたのだろうか。そこからは望郷の蜃気楼なんて見えるはずが無いのに、一体「何を」見ていたのだろうと。それはヒナが初めてヒロトと会った場所、地雷源だから危ないよと、ヒロトが声をかけて来た場所だ。

 そう思った瞬間、ヒナはもう全力で駆け出していた。仲間や安生がポカンと呆けているのを尻目に、撮影などそっちのけで来た道を戻って行ったのだ。


(初めて会った場所、あそこに何かある!)


 砂浜から地雷源、そして並び立つ大小の丘を駆け抜け、そして初めて会った場所へとたどり着く。こんもりした小高い丘のあちらこちらに無数の岩が散りばめられているのだが、「確かこの辺に……」と大きな岩に目線を合わせると、それがあったのだ。


 『望郷の碑』と、岩に文字が刻まれており、その下には文章が刻まれている――『歴戦の勲功者(レジオン)たち、夢破れてここに眠る。過去の栄光はどこぞへと消えたが、友を想う気持ち未だ忘れず』


 この短い文を読み終わらぬうちに、ヒナは既に涙をこぼしていた。

 あの少年は、ゲームが変わっても自暴自棄にはなっていなかった。無理を承知で突っ込んで自滅するような自傷型プレイヤーではなく、自分の欲望でのみ動くセルフィッシュプレイヤーでもなく、私の……私たちの……NPCも含めたみんなの笑顔が見たいために、自分を傷つけても闘う人だったのだと気付いたのである。――このKOGだけでなくレジオンをプレイしていた当時も、彼は友人や仲間など自分に関わる全ての人のために闘って来ており、彼の力の源はみんなの笑顔だったんだ。……そうやって過去の楽しかった日々と彼の満面の笑みを想像すると、勝手に涙が溢れて来る。


「……ありがとうって……言えなかった……笑顔になれなかった……」


 誰にはばかる事無く、ヒナは盛大に嗚咽を漏らしてしゃがみ込む、まさしく慟哭(どうこく)だ。今ごろヒロトはどこに飛ばされ、どんな過酷な環境に遭遇しているか慮ると気が気ではない。


「……探す!……探すよヒロト!……そしてしっかりと全力でありがとうって言うから……」


 落日の焼け空も完全に終わり、満天の星空の下、西の海岸の彼方に七色のオーロラが輝いている。彼が大切にしていた思い出と生きざま、そしてこの光景を二度と忘れないとヒナは自分に誓ったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ