14) レッドプレイヤー
「ポレット、カリン!大丈夫?」
ルーチャが拠点にしていた街の共同作業所、その一番奥の事務所に響くのはカリンの声。ヒロトの驚異的な活躍でルーチャのメンバーだけでなく用心棒まで全て屠られ、人質となっていたヒナの仲間は無事解放された。解放されたのはリーダーで神官のポレットと、そして護衛役の騎士カリンで、この二人はヒナとキングダム世界以外の『リアル』でも親交があるのか、ゲーム内フレンドの会話以上に親しく話し出した。
「ヒナあああ、ありがとう。人質フリーズ状態が長かったから、強制ログアウトされちゃっててさ」
「せっかくの週末なのに他にやる事なくてさ、さっきメールくれた時はびっくりしたよ」
「二人とも無事で良かったよぅ。私頑張ったよ、頑張ったからね!だから週明け学食でパフェおごって」
先ずは一安心と、安堵する安生と部下のタナタナカを尻目に、何ともかしまいしい時間が流れるのだが、やっとゲーム内で発言と行動の自由が許されたポレットとカリンは、怒涛の勢いで質問をヒナにぶつけ始める。
「ねえねえ!ヒナを助けてくれたその男の子、どこにいるの?」「名前はヒロト君だよね?早く紹介してよ!」と、肉食系さながらに迫って来るのだが、ここでヒナはハタ!と気付く。ポレットとカリンの蘇生に協力してくれていた安生の姿が見えない。護衛役のタナタナカと共に姿を消したのか、もはやこの事務所にはヒナのチーム三名しかいないのだ。
「そ、そう言えばヒロトは納屋にリスポーンビーコンが……って!」
どんな男の子なのか白状しろと迫る二人をそのままに、何かしらの嫌な予感が胸の内に漂い始めたヒナは、身体が電気的に反応するように全力で駆け始めた。仲間の二人を置き去りに、まさしく脱兎のごとく事務所を飛び出したのだ。
「納屋って事は建物の裏だよね!」
がむしゃらになって走り回るヒナは事務所から作業所からロビー、そして出入り口をくぐって建物の外へと躍り出る。すると建物の反対側からだろうか、遠くから様々な断末魔の悲鳴が聞こえて来たのだ。
(分かった、もう分かったから!)
(お願い、もうやめてえええええっ!)
(悪かったから!悪かったからもう許して!)
無数の叫びに驚くも、それが誰の叫びなのかも分からない。もしかしたらヒロトたちが……と焦る心で納屋に駆けつけてみると、ヒナはその阿鼻叫喚の光景にギョ!っとする。馬もいない広々としたその納屋で、ルーチャの構成員が姿を現してはバタバタと倒れる姿を目の当たりにしたのだ。
「ヒロト?ヒロト一体何をしてるの?」
「今はリスキルをやってたんだ。あまりにも連中が聞く耳持たなくてね」
驚愕するヒナに淡々と答えるヒロト。つまりリスキルとは、プレイヤーが戦闘でキル確定となった際に再出現するポイントをリスポーン位置と言うのだが、対プレイヤー戦闘において敵のリスポーン位置を発見し、そこから再出撃のために登場して来るプレイヤーを強引に倒す事を『リスキル』と言う。
つまり、無造作・無思慮に設置されていたルーチャのリスポーンビーコン(再出現ポイント)をヒロトたちが発見し、キルされた後にリスポーンしたルーチャのメンバーたちは無防備な瞬間をヒロトに狙われて、次々とまた消滅して行く無限ループに陥っていたのである。
「今ね、ルーチャのリーダーが降伏サインを出したよ。これで全てが終わった」
リスポーンビーコンから再出撃して来る敵に対して、無慈悲なほどに剣を投げ付けたヒロト。スロウ・アームズの即死攻撃は見る者を黙らせるほどに凄まじいのか、ヒロトの周りに詰めていた安生やジョステシアのメンバーたちは余計な言葉を一切吐かずに、ただただこの無間地獄を見詰めていた。だがこれもようやく終了した。ルーチャのリーダーであるディエゴが、彼の頭上に全面降伏を示す白旗を上げたのだ。ようやく人質事件は終了したのである。
「このナフェス荒野は、推奨レベルが四十以上だけど、あんたらデスペナルティでレベル三十まで落ちた。多分パーティー組んでも街の外には出られないよ」
「ヒロトの言う通りだ、どうすんだディエゴ?お前らがこの街に残るのも出るのも自由だが、もう俺たちの協力無しでは何にも出来なくなるぞ」
「クソ……チクショウ!……分かったよ、あんたらに従う!好きにしてくれ!」
この光景を目の当たりに、唖然としたヒナは声をかけられないでいる。彼女の過去の戦闘経験で言えば、もちろん旅の途中でモンスターと遭遇して戦ったりが基本ではあるのだが、盗賊や山賊などとの戦闘以外にも対プレイヤーと言うのも経験した。だがその時は決闘の契約を相互で行い、どの段階で白旗が上がるかやルート品(勝利時略奪品)の数などを取り決めてから行うものであり、こんな決闘契約すらしない凄惨なPK戦など見た事も無かったのだ。
――これはまさしく虐殺。どこかで折り合いが付くかも知れない敵を、全面降伏するまで叩き続けた。直接手を下したのはヒロト一人で、そこまでの実力差があったなら、もっと平和的な解決法が無かっただろうか。でも……ヒロトは私の仲間を助けようとして――
人質解放の礼も言えないまま、無言のまま立ち尽くすヒナの足はガタガタと震えている。遅れて辿り着いたポレットとカリンも声をかけるチャンスを完全に失っている。
「あ、どうやら用心棒はアカウント削除したみたいだね」
「いくらグリッチ技使っても、あのレベルまで落ちればモンスターにだってダメージ入らないからな。どうする?運営へのバグ報告はワシらでやっとくか?」
「そうだね、安生さんの方で報告しといてよ」
ヒロトと安生が会話する内容が気になり、ヒナは操作メニューを視界に広げてサーチを行う。リスポーンビーコンに近くに横たわっているルーチャの用心棒を見つけて、サーチを実行してみる。するとそこにはソゴロフの名前や開示情報の表記は無く、ただ「アカウントに問題が発生しました」の一文が漂っている。つまりあのグリッチ使いは、問題発覚を恐れたかそれとも、デスペナルティでレベルが落ちた事で心が折れてしまったのか、いずれにしてもアカウントを削除してしまったのだ。
「ホントだ、あのプレイヤーはアカウントを削除……!」
長く押し黙っている訳にもいかず、何か会話のきっかけを作ろうとしたヒナは、そうヒロトに語りかける。しかしサーチ機能を切らないまま彼に視点を合わせた結果、彼女は驚愕の事実に「なぜ!」と叫んでしまう。
「ヒロト……ヒロト名前が真っ赤だよ!どうしたのよ!レッドプレイヤーじゃない!」
「うん、知ってる。グリッチ使いを雇うような連中だから、相手の心を折るならここまでやらないとって覚悟はしてたよ」
「覚悟って……。だって、だって、どうするのよこれから!ペナルティ付いたら普通にプレイ出来ないじゃない!」
ここでヒナは目をひん剥いて思い出す。ジョステシアの事務所に二人で訪れて、そして安生から事情を聞き出してルーチャ襲撃を決めた時、ヒロトは安生にこう言っていなかったか?と
――安生さん、後は頼むよ――
「ヒロト、ヒロト……あなたは最初からこうなる事を覚悟して……」
泣き出しそうなヒナに向かい、ヒロトは苦笑いで返すだけ。だがその口元に幾分かの寂しげな色も見て取れる。すると、戦闘終結しルーチャの全面降伏をデータに刻んだのか、運営側からの機械的なアナウンスが辺りに響く。
『こちらはキングダム・オブ・グローリー運営事務局です。ただ今ナフェスの街においてレッドプレイヤー案件が発生致しました。本来ならば自動的に警察隊、治安維持会、自警団、冒険者案内所へ情報提供しての賞金首対応となりますが、当該地域ナフェスは治安レベルマイナスの統制未熟区域のため、運営側の独断にて制限付加を宣言します。制限内容はプレイヤーキル一回につき二十一日のナフェス立ち入り禁止、二十六名に対する度重なるキルを持って、合計二千七百三十日の立ち入り制限を課す事となります』
(七年間、ナフェス荒野出入り禁止!)
ヒロトだけでなく、周りのプレイヤーにも聞こえるそのアナウンスは、まるでこれからのゲーム生活を丸ごと否定するかのような永久追放。本人も知らないような場所に強制転移させられ、今までこのエリアで築いて来た実績や財産は全てそのまま放置させられるのだ。それがこれから七年続くと言うならば、永久追放と言っても過言ではない。ナフェス入りを目指してこれから七年もプレイし続けられるかと言う話なのだ。
「なんとなくこう言う結果が出る事は予想付いてたけどさ、水臭せえなヒロト。俺たちも手伝うって言ったのに、結局全部一人で背負いやがって」
「あんたの部下が手を出せば、罪も分散するだろ?オレはこの街を頼むって言ったんだ、ペナルティで散らばった部下をまとめる所からのリスタートじゃ、頼めるものも頼めなくなる」
「ああ、心配するなヒロト、必ず良い街にする。それだけじゃねえ、この街だけじゃなくてナフェス全てを良くしてやる!」
頼んだよと、ヒロトが笑うと同時に、『強制転移カウントダウン開始』と、運営側のアナウンスが響く。すると、データ転送が始まったのかヒロトの身体がどんどん薄くなって行くではないか。
「待って、ちょっと待ってヒロト!」
「ヒナ、ナフェスの記事を書くなら、こんなゴタゴタは書かずに良い記事を書いてくれよ」
「そんな事!そんな事言われなくても分かってるけど、ヒロト……ヒロトの身体が!」
「迷惑かけて、ごめ……、」
その言葉を言い切る前に、ヒロトの姿は霧散してしまった。がっくりと肩を落として、その場にペタリと座り込むヒナ。焦点の合わない目、呆然とした表情、そして無造作にしゃがみ込むその姿は、まるで壊れたフィギュアのようだ。
――ありがとうすら言えなかった――