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13) 運営側からの配慮


「何なのあれ?……ヒロトが剣を投げてる」

「あれだ、ワシらもあれにこっ(ぴど)くやられたのよ」

「そう言えばヒロトと始めて会った時、地雷源に入ろうとした私を、彼は剣を投げて止めた……」


 共同作業所の事務所に飛び込んで来たヒロトが、ルーチャの幹部たちに対してキルを重ねている時、先に入った安生とヒナたちは呆然と立ち尽くしながらその光景を眺める事しか出来なかったのだが、その際に安生がヒロトの情報を色々と語っている。

 あの「投げる剣」は暗殺者職のナイフ装備に付随するスキル【スロウナイフ】を進化させたもの。【スロウアームズ】と言う名称で、一定の熟練度をクリアした手持ちの武器を投射武器として利用出来る暗殺者専用のスキルだそうだ。昨年のアップデートで西海岸が実装された時に、同じくスロウアームズも追加実装されたのだが、人気の無い暗殺者専用スキルと言う事もあり、プレイヤーの間ではあまり話題にならなかった経緯がある。


「武器の攻撃力の数値をそのまま反映させるから、より強い武器を投げればそれだけダメージが出るスキルなんだが、ヒロトのやつは何かが違う」

「何かが違うって、どう言う事ですか?」

「あいつ……投げるたびにハートショットって宣言するだろ?あれは防具破壊のダメージ反映じゃなくて即死・即ダウン状態に反映させる技なんじゃねえか?」

「えっ?えっ?つまり鎧や防具の防御力数値に投げ武器の攻撃力が反映されて、防御力を突破して本体にダメージが届いたら即死確定……?」

「お嬢ちゃんのイメージで間違い無いような気がするよ。スロウアームズ自体は公式スキルだが、ハートショットはユニークスキルの部類に入るんじゃねえかと俺は思ってる」


 ――この無料スキンの少年は一体、何をどう考えて自分のキャラクターの育成プランを立てたのか?そしてたった独りでどう研鑽を積んだのか――

 ヒロトのゲームライフに関して、何かしら計り知れない執念を感じたヒナ、背筋に冷たいものを走らせながら戦慄する。だが安生の解説はそれで終わりではなかった。ほとんど秘密を打ち明けてくれないヒロト本人に対し、推測に推測を重ねるしかなかった安生なのだが、安生やジョステシアのメンバーたちが過去に体感した、あの恐怖の時間が再び始まると口にしたのだ。


「とうとう用心棒との一対一になった。お嬢ちゃんしっかり見とけよ、これがヒロトの本当の姿だ」

「ヒロトが本当の姿?」

「そうだ。グリッチ使いの卑怯者に恐れる事無く進んで行く理由が分かる。スロウアームズとは別の強さがすぐ見れるぞ」


 安生に『グリッチ使いの卑怯者』と呼ばれたルーチャの用心棒ソゴロフは、この間もジリジリと距離を詰めて、ヒロトを必殺の間合いに入れようとしている。ヒロトにグリッチ技の仕掛けを見抜かれてしまったが、だからと言って運営がバグ修正するまでは無敵の二重掛けスキルは発動出来る。現状においては何ら対抗策のある技ではないのだ。ソゴロフは連撃と袈裟斬りのスキルを発動させて同時チャージ、いよいよグリッチ技の展開を準備する。


「それじゃ間合いに入るから。グリッチ技出してね」


 普通に考えれば敗色濃厚なヒロトなのだが、その表情はあくまでも不敵。グリッチ使いに一切臆する事無く足取りは軽快そのもの。だいたいここら辺かな?と気楽にソゴロフの間合いに踏み込んだ。


「……連撃!……」


 間合いに入った瞬間、ソゴロフの身体は静から動にダイナミックに動く。軸足で床を踏み抜きその勢いでヒロトにダッシュしながら、居合抜きのように腰の剣を鞘から放つ。解き放たれた剣は電光石火のごとく光の弧を描き、右からの振り下ろし一閃と返す刀のすくい上げ一閃で連撃を完成させるのだが……ヒロトを目の前にかすりもしない。


(連撃チャージ、袈裟斬りチャージ!)


 グリッチで多重コマンドを実行化させ、本来ならあり得ない速度でスキルチャージを実行する。ヒロトが最初の連撃をかわしたのは意外だが、数多く撃てば必ず当たると踏んだソゴロフは、この生意気な無料スキンが真っ二つになるまでグリッチ技を仕掛ける積もりなのだ。


「す、すごい……全部ギリギリでかわしてる」

「お嬢ちゃん、これがもう一つのアイツの強さだ。あれは盾持ち剣士のスキル【受け流し】でも、剣聖の最終スキル【見切り】でもない。暗殺者の【紙一重】を連続発動させるヒロトのユニークスキル。俺たちだってヒロトとやり合った時、一度として剣を当てられなかった」

「投げ武器で即死判定を発動させるスロウアームズ、敵の攻撃を一度だけ完全に回避する技を連続発動。それにストレージ99があるって事は、つまりヒロトは三つの願いの経験者……。元レジオンプレイヤーなのかな」

「ちょっと違う、アイツには四つ目のユニークがあるらしい」

「よ、よよよ四つ目!」

「ホント、秘密主義者でほとんど教えてくれないが、まだアンロックされてないユニークが一つ残ってるそうだ。タイトルも何も表記されてなくて、本人でさえ分からない謎のままらしいぞ」


 もうそれだけで、ヒロトが特別扱いを受けているのは理解出来た。キングダム・オブ・グローリーの運営が、買収したゲームのプレイヤーにも楽しんで貰おうと考えた「後発プレイヤーに救済措置」。それが三つの願いであるのは周知の事実で、それ以上の措置は運営側が公式に否定している。しかし目の前にいるこの少年には四つ目の願いが存在していると言うではないか。本人も知り得ぬユニークスキルがアンロックされずに眠っていると言う事は、ほかならぬKOGの運営側からの配慮以外の何ものでもないのだ。


「ヒロト、あなたは一体何者なの……?」


 記者魂?興味?好奇心?畏怖?……嫉妬じゃないのは自分でも分かるけどと、ヒナは自分の胸の奥に湧き上がった感情に戸惑っている。この初期特典の無料スキンの少年……実際にフルダイブ装置を付けているのはヒゲのおじさんかも知れないし、バリバリのキャリアウーマンかも知れないが、そんな事はどうでも良いほどにヒロトに視線が釘付けとなってしまっていたのだ。

 だが、ヒナの複雑な感情を他所(よそ)に、ルーチャ壊滅を基本とした人質奪還作戦はいよいよ佳境に入る。事務所の扉がバタアン!と開き、安生の部下が事務所に飛び込んで来て、腹の底から叫んだのだ。


「ヒロトさん!リスポーンビーコン発見!作業所の裏の納屋です、作業所の裏の納屋!リスポーンしてきた奴らは、スタンの魔法で硬直させてます!」


 その叫びにヒロトは「了解!」と発し、刹那の時間でソゴロフの目の前に躍り出る。目の前と言っても、それこそ互いの鼻の頭が擦れるほどの至近距離だ。


「……時間だ。グリッチ使い、御苦労さん」


 一撃も与えられないまま、ヒロトの急接近を許したソゴロフは血管が目視出来そうなほどに目をひん剥いて驚愕したのだが、それも終わり。ドン!と胸に衝撃を受けて下を向くと、胸に深々と剣が刺さっている。つまり即死判定のダウン状態が発生しており、六十秒以内に誰かが蘇生措置を行わなければキル確定のリスポーンポイント行き。完全なる敗北だ。


「安生さん、ヒナ!こいつがキル確定で消滅すれば、エリア支配率が消失する。人質のダウン時間も再び動き出すから、蘇生措置を頼む!」

「ちょ!ちょっとヒロト?」


 戸惑うヒナの声を背中に受けつつも、その言葉を最後に、ヒロトは勢いよく事務所を飛び出して行ってしまった。



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