10) 後悔とは後になって気付くもの
なるほどさすがと言うべきなのか、ナフェスの街の反社ギルド最大勢力であるジョステシアは、知り得る限りの情報は全て入手していた。街の勢力権争いにおいて、対抗組織のレヴォルシオンや新興勢力ルーチャの人数やクラス(ジョブ)などの詳細から、行動範囲や活動時間など……。いつ抗争が起きても対応出来るようにと、スパイ組織並みに様々な情報を収集していたのだ。日本の任侠を地で行くようなジョステシアではあるが、その風体からは想像も出来ないほど諜報活動に力を入れていたのである。
【ギルド:ルーチャ】
構成人数 二十六名
主たる収入源 NPCからの強奪・掠奪、密造酒の製造販売
リーダー ディエゴ 戦士職
用心棒 ソゴロフ 剣士職
他、戦士職十四名、ローグ(悪行を重ねて属性が悪に変化した者) 殺人者(PKプレイヤー、他の地域で活動制限が付いてナフェスに逃げて来た者)十名
ジョステシアのリーダーと言うか「組長」である安生は、持てる全ての情報をヒロトに提供した。そして囚われたヒナの仲間たちを救出しようとするヒロトに、全面的な協力を申し出たのである。
今、ナフェスの街の北東側の一角に、ヒロトとヒナ、そして安生率いるジョステシアのメンバーたちがいる。彼らの瞳に映るのは、木の柵で囲まれた古い共同作業所。地域の人たが農作物の集荷や加工を行うためにと、以前ヒロトが無償で作り上げたものだ。
「見張り番が一人もいねえ……ウチもナメられたもんだな」
「安生さんが言ってた用心棒、それだけソイツが強くて使えるって事だろうね」
「リーダーのディエゴ以下幹部連中は、奥の部屋にいるはずだ。入り口のホールと作業所にはザコども、用心棒のソゴロフはディエゴと一緒にいると考えて良い」
ヒロトたちが立てた作戦とはこうだ。先ずはヒナと安生そして、安生の部下で若頭のタナタナカが扉を叩いて中に入る。ヒナは人質交渉の当事者、そして安生はヒナの後見人で身代金を用意するタニマチとして、更に若頭のタナタナカは安生のボディーガードとしてだ。ルーチャは巨額の身代金を要求しているから、この三人編成で訪ねても決して怪しまれる事は無い。残ったヒロトと安生の部下たちの半数は、ヒナたちがディエゴと交渉を始めた時間を見計らい、タイミングを見て強行突入。残った部下の半数は、共同作業所を取り囲んだまま外で待機。
――ヒナと安生さんは身代金を値切ったり人質の安否確認したりと、もっともらしく交渉しててくれ。遅れてオレが突入して片っ端から敵を殺る。だがPK自体が目的じゃない、殺るだけやったらヒナたちに合流して用心棒と対決する。安生さんの部下たちには積極的な戦闘は控えて貰う。探すんだ、家屋内または家屋の外にあるヤツらのリスポーン地点を探り出して貰う。そのためにオレは初手で片っ端からルーチャの構成員を殺る――
ヒナは驚いた。この初回登録特典で手に入れたであろう、無料配布スキンだけで身を固めた少年が、安生と部下たち[荒くれ者]ですら太刀打ち出来なかったと言うグリッチ使いの敵に、たった一人で立ち向かうと言うのだ。そして安生も反対するどころか、それなら勝てると少年の案に賛成しているではないか。(ヒロトに安生さんたち、この不敵な自身はどこから来るの?)と、終始オロオロと戸惑うだけの彼女だが、いよいよその時がやって来る。
「さて、お嬢さん覚悟は出来たかい?」
「ひいっ、えっと……ええと……」
「安生さん、ヒナが怖がってるよ。大丈夫だよ、ヒナは見てるだけで良いから」
その言葉が歯痒く感じるほどに、ヒナは自分の無力さに打ちひしがれているのだが、とにかく時は来たのだと精一杯背筋を伸ばして安生と肩を並べる。
「ちょっくら行って来るわ、お前らもヒロトに恥かかせんじゃねえぞ、テメぇの役割をきっちり果たせよ!」
部下たちの「ヘイ!」と言う整然とした返事に背を向けて、安生とヒナ、そして護衛のタナタナカが共同作業所の扉に向かい始める。
「安生さん」
「何だヒロト?」
「安生さん、後は頼んだよ」
「……ああ、任せろヒロト。男に二言は無え」
ヒロトの問い掛けに安生は振り向き、厳つい顔には不釣り合いな程にニッコリ笑って返事する。……男同士の約束なのかどうか、個人的なやり取りなのかどうか立ち入って聞いても良いのか分からず、緊張したままのヒナはその光景を記憶の隅に留めない程度に流してしまう。だが、この二人の会話の内容を後で聞いた際に、ヒナはそれまでの人生において最大の後悔をする事となる。安生とヒロトの約束をヒナが先に知っていれば、絶対に反対した作戦……このルーチャ襲撃作戦には、そんな内容が秘められていたのだ。