【5-1】説得
【第5章 登場人物】
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「父のもとには帰りませんッ」
レイス隊副長・キイルタ=トラフ中尉がいくら説得を試みても、少女はくすんだ赤い頭を縦に振ろうとはしなかった。
「私たちは、総司令部を離れることになったの――」
参謀部を罷免されたレイス隊の異動先は、常にヴァナヘイム軍の砲火にさらされる最前線なのである。このままついてきてしまったら、いつ命を落としてもおかしくはない。
少女は、ヴァーラス城主・ファーリ=ムンディルの娘――ソルである。齢はまだ13ながら、その可憐さは、近隣に鳴り響いていたほどである。
城塞が帝国の手に落ちた際、レイス隊が保護したものの、そのまま同隊になんとなく居ついてしまった。
本人の希望もあり、少年従卒の制帽・制服に身を隠して、参謀部に出入りすらしている。
子どもながら、また貴族の娘ながら、よく気が付き働き者のソルは、レイス隊のメンバーからも愛されていた。
トラフは、左頬に掌を当ててため息をついた。
落ち目の自分たちに待っているのは、ろくな将来ではなかろう。それに付き合わせるのは忍びない。
かといって帝国中軍に残したとしても、狐面の大将一派に見つかりでもしたら、歩くラードの慰み物として、東都に送られるのが関の山である。
一方、ヴァーラス城塞陥落の折、時の帝国軍参謀長・スタア=オウェルの配慮により、少女の家族は、みな無事に城外へ送り出され、いまも健在だと聞いている。
家族のもとへ帰る最後の機会だと、美しい副官が諭すも、愛くるしい少女は、イヤイヤと首を横に振り、頑として聞き入れない。
ソルの説得にトラフは万策尽きたようだ。彼女は、形の良い眉を寄せて立ち尽くしている。
――10代はじめの御姫様に戦死率・生還率など細かい数字を並べ立ててどうするのか。
ピントのずれた努力を重ねる副長の背後で、アシイン=ゴウラ少尉が五分刈りの頭を、アレン=カムハル少尉は左目に前髪がかかった頭を、それぞれ抱えてしまう。
「なんでもできる中尉殿も、子守りは苦手ですかぁ」
副官と少女の間に快活に割って入り、ニアム=レクレナ少尉が助け舟を出す。
レクレナは、膝を折り少女と同じ目線になると、にっこりと話しかける。
――入りが上手い。
ゴウラも感心するが、如何せんそのヴァナヘイム語は相変わらず拙い。
「ソルちゃン、いいこダからパパのトコロにカエりまショーね」
「ババア、調子に乗ってんじゃねえよ」
少尉殿は、蜂蜜色の髪を振って走り去った。
「また、ソルちゃんが『おばさん』って言ったぁ」
レクレナの嘆き声が遠くから聞こえる。今回も、ヴァナヘイム語の単語を聴き取れたようである。
ゴウラやカムハルに加え、他の若き将校たち全員が頭を抱えた。
この少女は、生まれは良いが育ちは悪い。時としてその愛らしい外見からは予想がつかぬほどの毒を吐くのだ。
しかし、毒を吐いたあとは必ず後悔の念に支配されるほど、彼女の性根は優しい。いまも耳まで赤くした顔を下げ、いたたまれない様子で立ちすくんでいる。
何と声掛けして良いか分からず、ゴウラたちは気まずい雰囲気に支配された。
肝心のレイス隊の指揮官は、紅色の頭の下に腕を組み、長椅子に仰向けになっている。
少女を保護したのは、そもそもこの背の高い青年将校の差し金ではなかったか――。部下たちが、非難めいた視線を彼に向けようとしたときだった。
「……友人がいました。大切な友人でした」
少女が小さな口を開いたのである。
「……」
レイスは、ゆっくりと横臥になると、右肘だけで紅い頭を支えた。
過去形で問わず語りを始めたソルに、興味を覚えたのだろうか。彼はこの日はじめて体を動かしたのだった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「異国かぶれ 上」お楽しみに。
ステンカ王国の鷲の剥製や、アンクラ王国の帆船模型、イフリキア大陸の民族の仮面……それらに囲まれているとき、少女は五大陸七大海を旅することができた。




