【4-10】道化者と浮浪者
【第4章 登場人物】
https://ncode.syosetu.com/n8102if/32/
ガラス造りの酒杯に果実酒を注ぎ終えると、女侍従長・レスクヴァ=フリデールは主君、次いで訪問者へ視線を向ける。
「これで良かったのかのぅ」
国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルの顔色は、いつも以上に冴えない。
「ヴィスブール大将、ドマルディ大将、ディッグヴィル大将、そしてドーマル大将が敗れたいま、もはやこの危機を乗り越えられるのは、ミーミルしかおりません」
訪問者の上着の肘は擦り切れている。両手を動かし主君を励ますたびに、そのほつれが強調された。
彼は、各省庁からの評判が芳しくない軍務省次官・ケント=クヴァシル中将であった。
時刻は5月10日の19時に差し掛かろうとしている。国王は既に執務を終えている時刻である。
無礼な参内を咎めようにも、この男がそんなことに頓着しない性質であることは、侍従長・フリデールも承知であった。
それにしても、軍務次官が玉座の前に参内しているはずなのだが、彼女の眼には道化者と浮浪者が言葉を交わしている舞台喜劇のようにしか映らない。
もっとも、道化者の衣服が芸風以上に荘厳であり、観客に違和感を覚えさせるだろうか。
「アッペルマンやブリリオートは、余に遷都するよう進言してきておる」
「遷都?」
軍務次官の鋭い視線から逃れるように、国王は目を泳がせ、口をとがらせた。
「……う、うむ。都を北方に移すべきではないか、とのう」
「それは、領民や我が君ではなく、己が身こそ可愛いからです。彼らは帝国軍の迫るこの都からいち早く逃げ出し、安全な自領に戻りたいのでしょう」
フリーデルは、会話の間合いに合わせて銀トレイを差し出す。国王は、トレイの上に並ぶ瀟洒なグラスを1つ手に取ると、残りを次官にも勧める。
「確かに、アッペルマンはデレアを、ブリリオートはセルマを、それぞれ新たな都として薦めてきておる」
両少将が領有する各々の土地の都市である。彼らは、主君の引っ越しの有無にかかわらず、各個に都落ちの準備を進めているという。
国王は、次官の主張が事実であることを認めざるをえないようだった。
軍務次官は、グラスを煽るや勢いよく女侍従の持つ銀色の盆に戻した。フリデールは両手に強い圧迫感と、両耳に高い設置音をそれぞれ知覚する。
驚く彼女へ視線を向けずに、彼は口を開く。
「我が君にお願いしたき儀がございますッ」
「な、なんじゃ」
次官は、突如として国王の前にひざまずいた。酒杯を持つヘーニルの手は震え、雫が色鮮やかな着物を濡らす。
「先日の総司令官任命式だけでは、他の将軍たちはミーミル大将の命に従いますまい。いま一度、将軍たちを集めていただきたいのです」
「先日は……つまり、そのう……オーズやベルマンたちの顔を見ておれず、簡潔にやり過ぎたかのう」
ミーミルに足りないのは、他の将軍たちの服従心だけです――次官は国王の目を見据えたまま、力強く言葉を続けた。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
軍務次官に上着を差し入れたいと思われた方、
是非、ブックマークや評価をお願い致します。
このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。
【予 告】
次回、「任命式 再び」お楽しみに。
「よ、よ、よいか、これよりミーミル大将の言葉は、余の言葉として心得よ」
「ははッ!」
一同は唱和し、再び頭を垂れた。軍楽隊が一斉に荘厳な音律を奏でる。




