【1-2】 歓迎会
航跡の続編 ブレギア国編 の執筆を始めました。
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533
宜しくお願い致します。
物語の流れや話数配分が整えたのち、こちらにも投稿して参ります。
2023年12月15日追記
【第1章 登場人物】
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レイス隊では、ヴァーラス城の姫君の身柄を秘密裏に預かっている。
同隊では、アシイン=ゴウラ少尉の発案で、彼女のささやかな歓迎会を催すことになった。
音に聞くいたいけな少女を間近で眺めたい――ゴウラたちの邪な心根が見えなくもないが、副長のキイルタ=トラフ中尉も率先して協力を申し出た。
もっとも、参謀部員で最初に少女と遭遇したのは、かくいうゴウラなのだが、「お化け騒動(詳細は後述)」で、それどころではなかったのだ。
会を催すには、日中彼らが詰めている城内の参謀部や、寝泊りしている旧領主邸では、さすがに勝手が悪い。少女は護衛を付けてお見送りしたと、参謀長以上には報告しているからだ。
そこで、黒髪美しい中尉殿は、街はずれの一軒家を確保したのである。ここであればこの先、少女を匿うのにも好都合であった。
生花などでわずかに飾りつけられた室内には、クロスの敷かれたテーブルがあり、そこにはパンや肉料理が並べられた。
隊長兼先任参謀のセラ=レイス少佐も、仕方なしに末席に腰掛けていたが、内部取引に使うであろう虜囚に歓迎もなにもないと、乾杯の前から珈琲を口にしている。
情が移りでもしたら、交渉カードとして切りにくくなるだけだ、と彼は不満顔だ。
しかし、この隊長は珈琲をブラックでは飲めない。傍らのミルク差しをせわしなく手に取っては、カップのなかに注いでいる。
そこへ、トラフに手を引かれ、主賓の少女が入室した。
少女を見て、少佐と中尉を除く全員が息をのんだ。
飾り気ない赤髪は、くすんでいながらも光を帯び、アンバーが少し入った薄い水色の瞳は、まるで人形のように愛らしい。
一呼吸遅れて、室内には拍手や喝采が起こる。
弦楽器・打楽器・管楽器……アレン=カムハル少尉をはじめ各種楽器を持ち込んだ者たちは、ここぞとばかりに演奏を始める。
レイス隊へようこそ。参謀部へようこそ。
副長・トラフの堅く短い乾杯の挨拶に、ややノリが沈んだものの、気を取り直すようにして、ニアム=レクレナ少尉の進行のもと、隊員による挨拶や自己紹介が始まる。
女少尉の性格は、リズミカルに揺れる蜂蜜色の髪そのものであった。明るくあっけらかんとした口調は、場の雰囲気を盛り上げるのにうってつけだ。
主賓の横に膝を抱えて座ったトラフが、1人1人ヴァナヘイム語に訳して伝えていく。
だが、少女は頷きもしない。
俯き、哀れにも打ち震えているようにすら見える。
故郷を奪われ、家族と生き別れになった少女の境遇を想い、隊員たちは心を痛めるのであった。
健気にもこの場に座り続ける少女のいじらしさに、ゴウラなどは涙をこらえている。
彼女は人質以下の身の上なのである。打ち解けようとしないのも仕方がないのではないかと、レイスは頬杖のまま溜息をついている。
そうした少女を少しでも元気づけようと、お前らはこの会を企画したのではなかったか、と。
自己紹介は、一言で終わった隊長と二言で終わった副長を経て、司会を務めるレクレナの番となった。大トリである。
私だってヴァナヘイム語の特訓を重ねているんですから――彼女は副長による通訳を拒んだ。心意気に周囲が囃し立てる。
「こんにちハ!ソルちゃン。ごキゲンいかガでスかー?」
「……」
「……」
「……」
ヴァナヘイム語が分からない者でも、彼女の言葉は稚拙であることに気が付く。ゴウラなどは、ドンマイだぞと、フォローの声を小さく投げかけている。
通訳の任を解かれたトラフも、眉をひそめつつレイスの隣に座る。上官が手にする限りなく牛乳と化した珈琲を一瞥し、彼女も飲み物を手に取った。
さらに、二言三言レクレナによる拙い言葉を向けられたが、相変わらず少女の反応はない。
「……」
物憂げに黙り込む様子は、その可憐さを引き立たせる。
しかし、蜂蜜色の髪の少尉はめげなかった。少女が何も料理に手を付けていないことに気が付くと、
「スキキライしちゃ、だめデスよー」
そう言いながら、レクレナは付け合せの野菜をフォークに刺した。そのまま、少女に向けて腕を伸ばしていく。
フォークの先が、少女の薄い薔薇色の唇に届こうとした時だった。その小さく形の良い口元が突如開いたのである。
「うるせえババア。調子ん乗んなよ」
室内の朗らかな空気が停止した。
全員の視線が少女に集まる。
主賓席には、無表情だが、愛くるしい姿がそのままある。
何やらとんでもない言葉が聞こえたようだが気のせいだったか――やれやれと安堵の吐息をそれぞれが漏らした時だった。再び薄薔薇色の口が開かれたのである。
「食えッつうなら、もっと良い肉出せよこらぁ」
停止していた室内の空気は、凍り付いた。
ヴァナヘイム語が分かるのは2人である。
レイスは、口に含んでいた珈琲が気管に入り、むせている。決してミルクを入れ過ぎたせいではない。その隣では、トラフが手にしていたグラスを取り落としていた。
ヴァナヘイム語が分からないゴウラたちも、少女の口から発せられたただならぬ言葉を察しているようだ。
「……ソ」
またしても言葉が発せられたが、今度は少女のものではない。全員が救いを求めるようにしてそこへ顔を向ける。
視線の先では、襟足に揃えられた蜂蜜色の髪がわなないていた。
「ソルちゃんが、私のことオバサンって言ったぁ――」
レクレナは悲痛な声を上げながら、室外へ走り出ていった。どうやら、彼女も一部の単語だけ聴き取れたらしい。
特訓の成果である。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
ソル……口を開かねば天使なのに……と思われた方、是非ブックマークや評価をお願い致します。
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【予 告】
次回、「四将軍」お楽しみに。
道を譲る形になった四将軍は、参謀長一行の背に苦々しげな視線を送り続けた。
「おのれオウェルめ。我らを何だと思っておるのだ」
「我らはヤツの私兵ではありますまい」
ビレーの甲高い声に、出っ歯を光らせミレドがすかさず同調する――。