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【1-1】 オウェル


航跡の続編 ブレギア国編 の執筆を始めました。


https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。


物語の流れや話数配分が整えたのち、こちらにも投稿して参ります。



2023年12月15日追記





【第1章 登場人物】

https://ncode.syosetu.com/n8102if/2/

 この度の東征では、その序盤戦において、帝国はヴァナヘイム国を相手に()()()()ていた。


 東部方面軍先任参謀・セラ=レイス少佐とその一党は、参謀長・スタア=オウェル中将のもと、矢継ぎ早に戦術指令を発し、敵味方両軍にとって目を見張るほどの戦果を挙げていた。


 帝国軍の総司令部に据えられた巨大な戦況図は、日を追うごとに赤い駒(帝国軍)が青い駒(ヴァナヘイム軍)を追い込んでいく。


 ヴァ軍の様子は、まるで冬枯れの野のごとく、力なく弱々しいものであった。


 帝国暦383年2月3日、帝国軍は勢いそのままにヴァナヘイム国南西の要衝・ヴァーラス城を攻め落とした。


 当初の予定よりひと月も早い落城であり、作戦を主導したオウェル以下参謀部の評判はいやがおうにも高まった。



 先行して入城した帝国軍参謀部隊は、ヴァーラス城の中核を成す建物の一室に詰めていた。日中は喧騒けんそうに包まれた室内も、この時間には主従2人だけとなり、静寂が戻っている。


「領民の避難につづいて、城主・ファーリ=ムンディル以下、諸将から城兵までの退避も完了いたしました」


「ご苦労」


 参謀長の腰かける椅子と同様に、その前に置かれたデスクからも、重厚感が伝わってくる。この城のしかるべき身分の者が用いていた逸品だろう。


 オウェルは椅子に座り、報告書に視線を向けたままレイスに尋ねる。

「城主の娘はどうした」


 城主の娘・ソルは、13歳という年齢ながらも、その美しさはヴァーラス領界隈(かいわい)において持てはやされていた。


 非戦闘員はもちろん、降伏後の戦闘員にも手を下さず――無用な流血や怨嗟えんさを避けようとする帝国東征軍参謀長の方針を前に、この少女はヴァーラス攻略戦の前から象徴のような存在となっていた。


 いつの間にか、彼女の退避をもって、城塞攻略戦は終了とする風潮すら生まれていたのである。


「使用人たちとともに、城塞内の武器庫に隠れておりましたが、無事保護いたしました。私の麾下を警護につけて逃がしております」

 レイスの回答に、参謀長にしては珍しく、銀髪の下の険しい表情を緩めて、満足そうにうなずいた。


「……」

 しかし、報告を終えても、紅毛の先任参謀は立ち去ろうとしなかった。


「……どうした」

 参謀長はようやく書類から視線を上げたが、いつもながらその口調は温かみに欠ける。


「これで、本当に宜しかったのでしょうか」


「これとは」


「希望した者だけとはいえ、城内の領民を逃がしたことで、城攻めを担った将兵たちから不満が生じます」


「領民など抱え込んでいては、糧食の消費が増すばかりだ」


「いえ、そうではなく、戦後の取り分が……」


「帝国法で略奪行為は禁じられている」


 オウェル参謀長の口調には、譲歩の余地がない。鋭い口調で言い切ると、いつものように眉間に深い皺をつくり、視線を書類に戻してしまった。


 それでもレイスは上官に食い下がる。

「閣下、形だけでも構いません」

 お気にそぐわないこととは思われますが、この城から得られた財宝の一部だけでも、東都ダンダアクへお送りなさいませ、と。


 書類を乱暴にデスクの上へ置くと、参謀長は鋭い目をいっそう細めて、先任参謀をにらみつけた。レクレナあたりの新米参謀であれば、これだけで縮みあがることだろう。


「貴官までが、そのようなことを口にするか。いつまでも旧態依然としたことをしていては、ますます帝国の求心力は地に堕ちるぞ」


「しかし……」


 ヴァーラス城で得られた財宝には、オウェルは1ラウプニルとも手を付けていない。


 帝国法に基づき、戦利品はすべて帝都・ターラの財務省に送っていることも、レイスは知っている。


「そもそも今回のヴァナヘイム国の反乱も、もとを正せば我らの傲慢な統治が発端になっているではないか」


 参謀長はデスク上の書類を乱暴に引っ掴むと、キリのような視線を再びそこへ戻し、押し黙ってしまった。


 こうなってしまうと、この上官と会話の続行は不可能である。


 若い先任参謀は、軍服の懐中にある時計を右手で握ると、小さく溜息をついた。




 参謀部の部屋を辞したレイスを、キイルタ=トラフが敬礼をもって出迎えた。

 

 外はすっかり陽が落ちており、副官はカンテラを片手に先導する。


 両手を頭の後ろで組み、胸をそらした姿勢でレイスが続いて行く。軍靴のかかとが石畳に当たるたびに、心地よい音が響いた。


「やはり、駄目でしたか」

 黒髪の副官は、紅髪の上官の表情から、事の不首尾を悟っていたようだ。


「作戦のように耳を傾けてはくださらなかったよ」

 レイスは目をつむり、手を後ろに組んだまま言い捨てた。


「さすがオウェル中将ですね」


「ああ、あの方のお考えは嫌いじゃない。だが……」


「『あまりにも澄んだ水には、魚も住まない』ですか」

 副官は顔を前に据えたまま、上官の言葉を継ぎ足した。いつもながら的確な表現だ。


「……そうだ。上は参謀長のやり方を、いつまでも認めてはくれまい」

 レイスは心もち目を開き、つぶやくようにそれに応じる。


 彼の視線の下方には、トラフの形の綺麗な後頭部がある。彼女はそこに、蒼みがかった長い黒髪を結わえていた。


「ところで、城主・ムンディルの娘はどうした」


「……ご命令どおり、屋敷にてソル姫を拘禁しております」


「そうか」

 レイスは、ほんのわずかだけ、口元に笑みを含んだ。


「噂に違わぬ可愛らしい娘でした。ご自身で楽しまれますか」

 副官の声に、微細ながら棘を感じる。


「俺は少女なんぞに興味はない。だが、利用価値はある。死なすなよ」


「心得ております」

 トラフは振り返らずに応えた。


 カンテラの炎が彼女の黒髪に艶を生み、闇夜との境界線を彷彿ほうふつとさせた。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


参謀長殿は意固地だな、と思われた方、

副官殿は怒らせたら壊そうだな、と思われた方、

是非、ブックマークや評価をお願い致します。


このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。



【予 告】

次回、「歓迎会」お楽しみに。

レイス麾下参謀部では、少女・ソルの歓迎会を開きます。


全員が息をのんだ。

くすんだ赤髪は飾り気なく光を帯び、アンバーが少し入った薄い水色の瞳は、まるで人形のように愛らしい。

一呼吸遅れて、室内には拍手や喝采が起こる――。

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