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航跡 ヴァナヘイム国興亡記  作者: 秋山 文里
第3章 査問と懲罰

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【3-1】査問 ①

【第3章 登場人物】

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 帝国暦383年5月5日、帝国東都ダンダアクより派遣された調査団が、東征軍総司令部に入った。


 この物々しい集団の目的は、先のヴィムル河流域会戦にて爆死したイブラ=マグノマン准将について、その原因を究明するためだという。


 ズフタフ=アトロン老将以下、幕僚たちは――副将を除き――総司令部が置かれた田舎町の門前に立ち、東征軍オーナーから遣わされた一行を出迎えた。


 エイモン=クルンドフ副将兼参謀長は、本国から調査団が出立したと聞いただけで震えあがり、それからは病と称して、軍議にも一切顔を出さなくなった。



 黒色の馬車の集団のなかに、臙脂えんじ色のひときわ豪奢な車体が駐まる。


 この黒味を帯びた深みのある紅色は、帝室から許された者だけが使用できるカラーである。帝国東岸領では、この色味の馬車は数えるほどしか存在しない。


 サソリの家紋入りの扉が従者によって開けられた。車内から、きらびやかな勲章を多数ぶら下げた、痩身長躯そうしんちょうくの男が姿を現す。


 調査団派遣とその団長就任を自ら申し出たターン=ブリクリウ大将であった。


「……」

 車上、ブリクリウは、自らを出迎える東征軍幕僚たちを睥睨へいげいしたが、1人だけ敬礼をしていない者に気がついたようだ。


 その特徴的な紅髪は、周囲の者たちよりも頭一つ高い位置にあったが、何よりあおい両の目は、射るような視線を馬車に送りつけている。



 両者は、激しくにらみあった。



 車上の団長の様子から、紅毛の上官が敬礼をしないばかりか、ポケットに手を突っ込んだまま彼を睨みつけていることに、参謀たちは気が付いた。


 しかし、彼らは動くわけにも、声を上げて上官を叱責……意見するわけにもいかず、ただただ気が気でない表情を浮かべるしかなかった。


 いつになく恐ろしい形相のレイスに驚いたのだろう。従卒姿に身を隠した少女・ソル=ムンディルは、息を吞んで頭上の少佐と車上の大将を見比べている。


 しかし、数秒の後、ブリクリウはきつねのような目をいっそう細めると、視線を逸らし、ゆったりと馬車を降りはじめた。




 帝国東征軍では、3日間にわたる取り調べが行われた。


 聴取は、ターン=ブリクリウ大将以下、中隊規模の調査団による大がかりなものであり、ズフタフ=アトロン大将から下士官にまでおよぶ執拗なものであった。


 参謀部員が押し込められた部屋では、セラ=レイスが横になっていた長椅子から気だるそうに立ちあがる。査問を受ける時間となったからである。


「……?」

 紅髪長身の青年将校の前に、赤髪小柄な美少女が腕を組みながら立ちふさがった。


「私が弁護してあげるから安心なさい」

「……」


 大船に乗ったつもりで……いるのは、ドヤ顔の少女だけのようだ。今朝がたキイルタ=トラフから説明を受けた査問会について、この娘は()()()()()()()()と解釈したのだろうか。


 腕を組んだまま先任参謀を先導しようとする少女を、ニアム=レクレナが慌てて羽交い締めにする。

「ソルちゃンは、ココからデちゃダめー」


 これから上官の取り調べを担当するのは、女好き上級大将閣下の一番部下なのだ。そんなところへ見目麗しいこの少女が飛び込めば、弁護どころか、即日東都に発送されるのが関の山だろう。


 それでも青年将校に続こうとし、レクレナの制服の合間から、小さな手や腕がジタバタしている。

「さわるな下っ端!」

「イタタこの娘、んだ!」


 従卒少女と下っ端少尉の格闘を尻目に、レイスは歩を進める。

「……行ってくる」


「お気をつけて」

「ご武運を」

 アシイン=ゴウラとアレン=カムハルは書類を手渡すと、それぞれ神妙な面持ちのまま敬礼で上官を見送る。彼らも明日、取り調べを受けるよう命じられている身の上である。



 通路を進んでいくと、前方から腹心のトラフが姿勢正しく歩いてきた。後頭部でまとめた蒼みがかった黒髪は、いつも以上に引き締まっている。


「『すべては、作戦どおり事態が推移していたものと認識。現地の斥候兵からは、全軍退避完了との報告を受けていた』で、押し通してきましたよ」


 トラフは()()を見かけてようやく一息ついたのか、大儀そうに肩をほぐしながら続ける。


「私は演技が下手くそですからね。あの狐には完全にバレていたと思いますが」

 彼女が肩をひと回しすると、銀色の飾緒に曲線を描いている胸部が、ゆったりと揺れた。


 前線から受信した2度にわたる「退避完了」の電信――。


 今作戦における戦況推移について、違和感は拭えない。総司令部付きの通信兵はすべて、参謀部の息がかかった者たちだとはいえ、口裏合わせだけでかわせるような相手ではない。


 だが、トラフの問いかけるような視線を受け流しつつ、レイスは身を翻す。


「探られたくない腹は、探ろうとするヤツとの共有物にしてしまえばいいのさ」

 

 彼はそう言い残すと、書類の束を片手に副官が長時間拘束されていた部屋へ歩いていく。書類を持ちましょうかとの彼女からの手振りによる申し出を、片手で制して。


 調査団という絶対的な存在の方針により、事情聴取は1人ずつ呼び出しを受ける形で行われている。しかも、今回は相手が相手である。


 白い手を差し出したままのトラフを残し、廊下の角を曲がると、レイスはほほに力を込めた。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


少女ソルの空回り?に、ほんわかと心温まった方、

隙のない副官トラフが気になる方、

是非、ブックマークや評価をお願い致します。


このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。



【予 告】

次回、「査問 ②」お楽しみに。


――まるで、被告人席だな。

この場を少女が裁判と解釈していたのも、あながち的を外していなかったのかもしれない。


ブリクリウ一派によるレイスへの査問が始まります。

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