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航跡 ヴァナヘイム国興亡記  作者: 秋山 文里
第2章 ヴィムル河流域会戦

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【2-14】芋虫


「航跡」続編――ブレギア国編 の執筆を始めました。


https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。


物語の流れや話数配分が整えたのち、こちらにも投稿して参ります。



2023年12月15日追記





【第2章 登場人物】

https://ncode.syosetu.com/n8102if/7/

挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



 ヴィムル河沿いにて、新たな戦場が生まれようとしている。


「正面に展開するのは、対岸で我が軍を打ち破った小賢しい相手に違いない」

 イース少将は頬の贅肉ぜいにくを揺らすと、狼の戦旗掲げる前面の敵部隊へ攻撃を命じた。


 ヴァナヘイム軍「上流組」と、帝国軍「対岸迎撃隊」との間で激しい銃弾の応酬が始まった。


 しかし、後者のイース隊は、この場に急いで駆け付けていた。せっかちな司令官を先頭に、騎兵が先行するといった、バラバラの状態で進軍していたのである。


 そして、あろうことか、そのまま戦闘を開始してしまったのであった。



 もっともイースにも言い分はあった。


 4月26日も14時を回ろうとしていた。じっくりと部隊を編成していては、すぐに夕暮れ・日没を迎えてしまうだろう。ぼやぼやしていては、夜のとばりを幸いにして、ヴァナヘイム軍は逃亡してしまうのである。


 敵を討ち漏らすことを危惧した彼は、全軍が整うのを待たずして、攻撃開始を命令したのであった。


 水際を叩けなかったのは残念だが、一刻も早く逃げ帰りたいヴァ軍が、組織的な反撃など試みることはあるまい――それが、イースの目論見もくろみだった。


 前面の敵は、手傷を負った味方を抱えている。それらを守りつつ、徒渉したばかりの弱々しいヴァ軍など、恐るるに足らず――イース隊の幕僚たちもたかくくっていた。



 だが、強引な追撃をかけた時点で、彼らは敵の術中に陥っていたといえる。


 両軍の激突した場所は、ヴィムル河に沿った細く狭い地形であった。帝国軍はたとえ全軍の態勢が整っていたとしても、その数を生かすことはできなかっただろう。


 狭隘地きょうあいちに急行軍の事情も重なり、せっかくのイース暫定師団5,000も、足の速い者から順番に細長い縦陣となってしまった。


 結果として、帝国軍は敵の火点へ兵を逐次ちくじ投入する形となり、陣容を整えていたヴァナヘイム軍に効率よく殺傷されていく。



「閣下、狙い撃ちにされます。御馬からお降りください」


 イースの鼻先をヒステリックな音を立てて銃弾が飛び去っていった。


 幕僚の進言に従い、彼は慌てて馬を乗り捨てた。さらに、悪目立ちする赤いマントも急ぎ脱ごうとするが、手が震えて思うようにいかない。


 それにしても、ヴァナヘイム軍の展開の見事さには、イースとその幕僚たちも脱帽するほかなかった。当初の目論見がまるで見当違いであったことを、銃火を交わして彼らは思い知らされている。


 相手は、簡易な野戦陣地まで築いていた。まさか、敵の指揮官は、ヴィムル河を渡った直後、この場で戦闘が開始されるのを予想していたとでも言うのか。


「ええい、撃ち負けておるではないか……そうだ、機関砲はどうした。あれで押し返せッ」


「し、司令官閣下、現在、機関砲は我が軍の手もとにございません」


 イースのまるい拳が再び空を切った。

「なんだとぉ……」


 そうであった。この作戦が始まる前に、参謀部の連中に野砲だけでなく機関砲まで徴発されていたのだ。



 ――こんなことなら、もっとそでの下を要求しておくべきだった。


 地面に伏せながらイースがケチなことを頭に浮かべている間に、彼の麾下の攻撃は急速に弱まっていた。


 敵はその呼吸に合わせるように、自ら築いた野戦陣地を乗り越え、前進を開始する。


 ヴァナヘイム兵の無数の軍靴が生み出す地響きを知覚するや、イースは腹這はらばいになったまま後方へ逃げはじめた。言葉にならない悲鳴を上げて。


 生きた心地がしなかった。


 マントに覆われた丸い背中が、味方兵を押しのけながら地を這っていく。セラ=レイスが見たら、「赤い芋虫」とでも形容したことだろう。


 しかし、その()退()も数メートルで停止した。


 押し分けていた土に腹がめり込んだためと、彼自身の少ない体力が、限界に達したためであった。


 腹這のまま、イースは前方を振り返った。


 敵の旗印――咆哮ほうこうする狼――が間近に迫っていた。まさにヴァナヘイム兵が彼を射程にとらえようとしている。


 彼は泥まみれのまるい尻を敵に向けていた。そして、口から涎を、股間から小便を垂らしながら、断末魔の叫びを上げようとした時だった――。



 地を震わすようにして迫ってきたヴァナヘイム軍が、突如停止したのである。



 そして、それ以上は前進せず、潮が引くように整然と後退しはじめていく。



「閣下!」

「閣下!お怪我は!?」


 汗と涙と鼻水と涎と小便……全身体液まみれになった指揮官は、幕僚たちからの問いにも応じず、敵に尻を向けたまま奥歯をカチカチと鳴らしていた。


「閣下、追撃をなさいますか」


 いつの間にか、後方から多くの味方が到着したらしい。前方の敵は、既に姿が見えなくなりつつある。


「つ、追撃だと……」


 ――あんな恐ろしい相手と、これ以上やり合えるか。


 イースは、なんとか体を起こしたものの、腰が抜けて、立ち上がることができない。何よりも全身からただよう臭気がひどかった。


「着替えをもてッ」

 幕僚たちは、司令官の見苦しい姿をさらすまいと、悪臭に耐えイースをとり囲んだ。


 そして、ヴィムル河の水でひたした冷たいタオルで体を拭い、軍服を改めることで、ようやくイースは人心地ついたのだった。


 しかし、彼の脳裏には、敵の戦旗に描かれた狼の紋章が、いつまでも消えなかった。


「……我らはこれより、下流の敵を迎え撃つ」

 指揮官の力ない命令を合図に、イース隊は、川下に向けて静かに軍を返していった。



***



 ミーミル隊が救援にかけつけられなかったヴァナヘイム軍「下流組」は悲惨であった。


 下流組の指揮官、ディック=フューリス准将は、数時間にわたって河畔で待ち続けたが、ヘルゲ=ウプサラ准将の部隊は現れなかった。


 僚友の合流を諦めきれないように、フューリス率いる下流組は、ヴィムル河を左手にゆっくりと南下して行った。


 その先、天然の袋小路に迷い込み、帝国軍の銃弾によって咀嚼そしゃくされ消化されていったのは、上流組に遅れること同じ展開であった。


 だが、彼らには、血路を切り開いてくれる味方は姿を見せなかった。


 銃弾入り乱れるなか、かろうじて生き延びたヴァナヘイム兵は、()()の入口に引き返そうとしたが、前方の様子を知らない味方兵は、次々とここに向けて進んでくる。


 ヴァ兵同士で押し合い、へし合うところへ、周囲から帝国軍の銃弾が輪をかけて襲いかかった。


 それでも、下流組のうち、生への執着が強い者は存在した。味方兵の死体を盾にして銃弾の包囲を逃れると、ヴィムル河まで這い出したのである。


 ()()の帝国軍から逃れるため、彼らは勢いそのままに、河の流れに身を躍らせた。


 しかし、それらのほとんどは、あまりにも冷たい水流に体の自由を奪われた。そして、水面下に没すると、2度と姿を現さなくなった。


 背嚢はいのうも小銃もサーベルも捨て、かろうじて対岸に流れ着くことのできた者は、ほんの一握りであった。


 その少数も、待ちうけていた帝国軍――上流から反転したイース()()師団――に、次々と殺傷され、再び河のなかへ蹴落とされていった。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


戦旗「咆哮する狼」が赤い芋虫……イース少将のトラウマになりそうだなと思われた方、

ミーミルがもう1人(下流にも)居れば……と思われた方、

是非、ブックマークや評価をお願い致します。


このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。



【予 告】

次回、「祝勝会 上」お楽しみに。


呼吸を整え、かけるべき言葉を何度か口ずさんだあと、少女は扉を少しだけ先に押した。

「は、入るわよ」

口ずさんだ甲斐もなく、声は震え嚙んでしまう。


突如向けられた母国語とは異なる言語に、レイスは顔を上げた。その視線を直視できず、ソルはそっぽを向いてしまう――。


従卒少女ソルと青年将校レイスの2人にご注目ください。

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