懐かしむのは、戻れないから
教室に着くとほとんどの生徒は揃っており、雑談なり読書なりで時間を潰していた。そんなクラスの後方で友人と談笑している朝日を見付ける。朝日は俺と茉白に気づくと顔をパァと明るくして小さく手を振っては、その顔をすぐに友人たちの方へと戻した。
よそよそしい態度に見えるかもしれないが、朝日なりに俺たちと自分の友達とを取り持つための優しさだろう。事実、このクラスでいつもみたいに『和樹くん、依真ちゃん!!』みたいな風に絡まれても困るし、談笑中の腰を折るわけにもいくまい。
俺は朝日に首だけで挨拶すると、茉白と別れ自分の席を探す。
そこは窓際ではあり列の中間の位置で、可もなく不可もなくと言った感じのロケーションだ。
俺は、生徒のカバンが置かれているせいでより狭くなっている机同士の隙間を縫うように、下を見ながら慎重に歩く。
すると俺の視界は俺に立ち塞がるように出てきた両足を捉え、俺は足を止める
その正体を見上げると、俺は自分の体が少し重くなるのを感じた。
「新井・・・」
「・・チッ、邪魔」
そう言って俺の席の二つ前ほどの席に座る新井は俺を見て気分悪げに窓の景色に視線を送る。
そんな姿に視線を奪われたままに、俺も着席する。
別に見惚れたどかそんなのではない。ただ、思い出したのだ。俺が新井たち、文芸部にした仕打ちを。都合がいいことに、俺は忘年会に始まった裏生徒会の存続の話題に頭が一杯だったため、自分の中で罪の意識が薄れていたことに気づく。
俺はどこまで自分に甘いのだろう。きっと俺は心のどこかで思っていたんだ。コイツらにした俺の罪は、もう時間が軽くしてくれたんだと楽観的に、客観的に受け止めていたんだろう。俺は文芸部員の居場所を奪っておきながら、自分の今の居場所だけには縋るようにしているのはなんて自分勝手なんだろうか。
俺はもうすっかり蘇った罪悪感に押しつぶされそうなままにHRを迎えた。
何一つとして、新しい担任の言っていることは、頭に入らなかった。
今日から始まる新学年。俺は去年、果たして何を残すことができたのだろう。
––––––––––––
入学式のために俺たちはいつもより早く放課後を迎えた。俺は一瞬空き教室へ行くかという考えがよぎったが、もうそれは叶わないのだと気づき嘲笑する。
もう裏生徒会がないのであれば、高校の最初の頃のように家に即帰宅する生活に戻るだけだ。そう思い俺は鞄を持つと廊下に向かう。
「今日、空き教室行く?」
昨年度と同じ感じで茉白はそう聞いてきた。
「あのなぁ、もう裏生徒会は––––」
「空き教室、行くよね?」
珍しく茉白から目力のようなものを感じる。それが自分自身でも信じられず、呆けて茉白を見つめてしまう。
「・・・?どうしたの?」
「いやっ、なんでもない」
「ほら、遅れちゃうよ」
強引な茉白は、今朝と同じように俺の袖を引っ張ったまま、教室を後にした。
そうして俺たちは、もう来ることはなかったはずの空き教室に着く。
思い出されるのは、忘年会中にいなくなった川霧を見つけた時の記憶。
それはつまり、裏生徒会の存続という未来が確実になくなり、川霧凛と俺のすれ違いが発覚した時のことだ。
もう、ここは「思い出の場所」になったのだ。そう無理やり自分を納得させていると、茉白は何の躊躇いもなくドアを開けた。
すると、
「・・・あら、もうここに集まる必要も理由もないのに、どういう要件かしら・・・って、和樹くん」
川霧は、まるで時を繰り返すようにいつもと同じ場所で同じ風にノートを開いていた。
いつも通りだった涼しげな表情は、俺を見つけたことで一瞬にして曇る。
「なんでお前がここにいんだよ」
「・・・別に、そんなの、お互い様でしょ」
俺は無意識に責め立てるような口調になる。けれど川霧はそんな俺の視線から逃れることはなく、真っ直ぐ受け止めるように俺を見る。
それがまた俺を苛立たせる。
一人だけスッキリと立ち直っているような態度が鼻につく。
「し、色見くん?」
戸惑ったような茉白の声にも構わず俺は続ける。
「・・・もう、裏生徒会は、なくなったんだ」
自分でも、信じたくはない。けれど間違いない事実。
口にして、音として改めて認識したことで、俺は唇をかむ。
俺の言葉に、茉白は少し考えてから理解したように川霧をみる。
「・・・川霧さん、そっちにしたんだ」
「責めたければそうしなさい。私は『裏生徒会が大事』と言いながら見捨てた裏切りものなんだから」
めんどくさい川霧の物言いに、茉白はいつものようにため息をついたり、冷たい言い返しをするでもなく、ただじっと川霧を見つめる。
その視線から川霧は逃れようと、横目で景色の方を見た。
「考えとか、やりたいことは簡単に変わるんだろうしし別にいいよ。ただ、それならもっと胸を張らないと」
極めて優しげな口調で茉白は続ける。
「だから、しっかりと、川霧さんの口から言ってほしいな。これから、どうするのか。私たちが、どうなるのかを」
「やめてよ、優しくしないで」
川霧は俯いてからポツリと呟いた。
そして、顔を挙げると茉白と俺の方をキッと睨む。
「あなた達はここが大切だったんじゃないの?どうしてそんなに達観してるのよ!私だって、もうここには行っちゃダメだ、自分には資格がないって思ってたのに、気づけばここに来てしまってた。そこであなた達が来た時、ある意味良かったと思った。ここでしっかりと蔑まれ、非難されたら諦めがつくって。なのに、どうして・・・」
「だって川霧さんも、ここが、裏生徒会が、好きなんでしょ?なら、無神経に責めたりなんかしないよ」
川霧はキツく、唇をかむ。
「だからさ、お願い。川霧さん、判断を聞かせてよ」
「・・・・」
「私は・・・。私のせいで、この場所は・・・」
その声は震えていて、死体蹴りのような行為に俺は顔を顰める。
川霧の喘ぐような息遣いを感じられるくらいの静寂が訪れる。
外から聞こえるのは酷く賑やかな声。
俺たちの沈黙を刺すような甲高さが耳障りで、俺はチラリと川霧の向こうの大窓に目をやる。
ビュぅ!と風が吹き、桜の花々が荒々しく散る。その瞬間に力強くドアが開けられた。
「凛ちゃんだけじゃない」
静かな痛ましさに満たされた教室に、朝日のその声は響く。
見ると朝日は、俯いて大きく深呼吸をする。
そして、顔をあげると優しく微笑んだ。
それはきっと俺に向けたものではなかった。
「私も、立候補する」
俺と茉白は、朝日の叫びに圧倒され何も言えず、川霧は吐き気でも堪えるように口を片手で覆い、もう片方で便りなくお腹を抑え何を言わない。
教室は突如に静けさで包まれる。
俺は、目の前で明確に過去が、俺がこれまでの人生で一番楽しく、悩んだあの日々が、崩れていっている事実に指先が震えだす。
もうやめてくれと、言おうとしても喉は強張って動かない。
時計の音は、残酷に一定のペースで騒ぎ続ける。
「私だって、選挙に出る。今日はその話がしたくてここに来たんだ。でもまさか、みんなもう集まってるなんて。・・・だから凛ちゃん、話す順番が早かっただけで、この居場所がなくなる理由を、一人で背負わなくていいよ。私だって、自分勝手な理由でここを潰しちゃうんだもん、私たちは一緒だよ」
「全然、違う」
「・・・そうかもね。私、最初ははさ、少し・・・なんだろ、劣等感?って言うのかな、そんな感じがあったんだ」
「・・・」
急な朝日の懐古する口調に川霧は眉を顰め、朝日の方は見ないままに聞き入る。
「私はこんな風にバカだし自分勝手だし要領悪いしで、それに比べ凛ちゃんはすっごく頭が良いし、和樹くんは変に行動力あるし、依真ちゃんはきっと誰よりもここを大好きだろうし。一体、ここで私は何があるんだろうってずっと不安だった」
そう言うと、朝日はスカートの裾をギュッと握る。
気づけば夕日の激しい茜が差している。その日差しは朝日だけを照らし、彼女の瞳にすわう固い意志をより一層に輝かせる。
「私、変わりたいんだ。これまでみたいに、みんなの跡を追って行動するんじゃなくて、自分のために。私自身のために強くなりたい。みんなに、肩並べるために」
熱を持ったその視線を、朝日は川霧に注ぐ。川霧はついには彼女の視線から逃げられず、その熱を一心に受け止める。
友達の決意を受け止めるには、あまりにその表情は曇りすぎていた。
「だから、ありがとうね凛ちゃん。思えば、私の憧れは凛ちゃんだったんだと思う。だから近くにいたいって、仲良くなりたいって思ったんだと思う。凛ちゃんからすれば私は頼りなかっただろうし、私みたいな落ちこぼれといるのは嫌だったのかもしれないけどさ、かっこいいな、こうなりたいなってずっと思えて行動できたのは、凛ちゃんのおかげだよ」
「やめて、あなたの勝手な物差しで考えた同情も共感もいらない!そんなつもりじゃ・・・なかったのに」
後悔で消え入りそうになった川霧の声は、儚くそして虚しく響いた。
大切なこの居場所で、自分らしく過ごしていただけの川霧は、思わぬ形で自分のせいでその居場所を無くしてしまうと言うその事実に、悔いている。
何もかもが、遅かったんだ。一体どこから俺たちはズレていたのだろう。
誰にとっても裏生徒会《この場所》は大切はなずなのに、どうしてこうも、対立をするのだろう。ここで得た思い出とか思いをバネに進むもの、今の現状維持を望み動かないもの、どうしてこうも、別れてしまったんだ。
もう、諦めるべきなのかもしれない。この過去への執着を。
教室にはもう何回めかの沈黙が訪れた。チラリと茉白の方を伺うと、彼女はその目線は手元から動かず、ぼーと考え込んでいるようにも思えた。
「でね。ここからは個人的な話というか、依頼というか、なんですけど」
一人呟く朝日。改まったその口調のまま、朝日は顔を上げると立ち上がった。
そして今度はその熱を持って俺を見る。
「和樹くん、私の応援演説を、やってくれませんか。お願いします」
そうして丁寧な礼をしながら、片手を俺の方へと伸ばす朝日。彼女は床に視線を送りながら続ける。
「私、和樹くんとならどんなこともできる気がするんです。成れない私にすら、成れてしまう気がするんです。だから、お願いできませんか」
切実な声色のその言葉は、俺はどう答えれば良いのかと思い悩んでいると、変わりたいと強く叫んだ彼女の手がか弱く震えていることを捉え、ことの重要性に気づき、それがさらに俺の気を重くさせる。
そんな俺の様子を感じ取った朝日はゆっくりと顔を上げると、気まずそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、急でしたよね」
「・・・悪い。返事は少し待ってくれ」
「はい。待つのは得意ですから」
俺は苦笑して朝日に返す。
朝日はしたかった話を終えたのか、これまでずっと教室に立ち込めていた嫌な雰囲気を晴らすような、明るい声色で言う。
「ごめんね急に来て、一方的に話しちゃって」
そして声のトーンを落とす。
「でも、これで・・・終わりだから。もう解散しよっか。凛ちゃん、ごめんね。相談もなしに決めちゃって。でも、私後悔はしてなから。結果的に、この場所を無くしちゃったとしても。だからさ、自分だけを責めないで。私も同罪なんだからさ」
優しく撫でるような、そんな朝日の言葉に川霧は虫の居所が悪いといった感じで眉間に力を込める。そして川霧は荷物をまとめると立ち上がる。
「・・・あなたのそんな捨て身の優しさで、私たちを終わらせたくない。私たちにとって唯一の居場所を・・・そんな思いで終わらすわけには、行かないわ」
「ちょ、ちょっとま–––––」
「私は会長になる。ならないといけないの。それを邪魔するなら、朝日さん。あなたであっても、手加減はしないわ」
それだけ言い残し、川霧はそそくさと空き教室を出て行き、朝日は追いかけるために走り出そうとしたが、彼女の胸中を察したのか力無く笑ってつぶやいた。
「二人とも、ごめんね。でも、凛ちゃんだけが悪いんじゃないってことは強調したいんだ。親友だから」
「大丈夫、わかってるから」
「・・・ありがと。それじゃ、私も行くね。こんな私だけど、これからも仲良くしてくれると、嬉しいな」
「当たり前だよ」
茉白は優しく笑って不安げな朝日にそう答えた。朝日は安堵したような表情をしてから「バイバイ」と言って、彼女もまたいなくなった。
教室に残ったのは、いつまでも変わらない俺と茉白だけだった。
立ち尽くしながら考える。俺のような人間に訪れる春が、出会いの季節なわけがないのだと。それに気づくと俺は静かに嘲笑した。
もう裏生徒会は、無くなった。
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