なんてことない終わりと初めての友達
会長からひょんな話を持ちかけられたあの日から数日。
一向に俺の中のモヤモヤは消えないでいた。なんなら膨らんでいっているようにも思う。
惰性で集まった空き教室は、今日も見た限りの変化はない。
「なんだか忘年会、あっという間に終わっちゃいましたね。そのせいで前よりも物足りなく感じるというか・・・」
その朝日のその言葉はいく先もなく教室に漂う。
きっと、みんな思い出しだのだろう。あの忘年会が、俺たちにとってどういうものだったかを。成美先生は俺たちに今回の話を持ってくる時に言ったんだ。
『お前らの最後の依頼だ』
それはやはり、残り数日を残す今学期で裏生徒会はなくなるという事実によるものなわけで。そのことにうっすらと気づいた俺たちは、きっと何も面倒ごとがくるわけでもないのにここで身を寄せ合う様に、毎日顔を合わせている。
だからと言って何か会話が盛り上がる訳でもないのだけど。雰囲気はさながら卒業式の後の名残惜しさみたいなものを感じさせる。
「でも明日で春休みだね、またみんなで遊ぶ?どこがいい?」
「いいね、それ。私はどこでもいいかな」
朝日の提案に賛成した茉白は俺と川霧の方を見る。俺は意思決定を迫るような視線から逃れようと横目で川霧を見る。
そして気づく。
川霧の表情はどこか暗く、気まずそうであるということに。川霧のその様子に皆が気づいたことを感じ取った彼女は、申し訳なさげに答えた。
「ごめんなさい。春休みは予定が詰まってるの。だから・・その、行くなら私のことは気にしないで」
「えっ、そっか・・。なら無しだね。こういうのはみんなで行くのが大切なんだから」
「いっ、いいのよ?私のことは気にしないで」
「だーめ、別に春休み以外で遊べばいいんだし!」
朝日の強気な姿勢におれた川霧は最初こそ呆れたように笑っていたが、その横顔は楽しげな風に変わっていく。
俺はその様子に暖かさのようなものを感じて微笑みそうになる。
「でもそっか。・・・なら、今度会うのは新学期か」
そんな朝日の呟きは、これまた行く先なく漂っては消えていった。
––––––この時俺は川霧の方ではなく、朝日の方を、見ておくべきだった。
こうして俺の一年最後の登校日が、終わったのだった。
––––––––––––––––––
気づけばあっという間に日は過ぎていき、新学期が始まった。
俺はこの春休み誰とも会わず自分の自由で不規則な生活していたためにゾンビのような顔で支度を済ませる。
元から学校は苦手というのもあるが、四月の学校の雰囲気は殊更苦手であるのでゾンビ具合に拍車がかかっているように思う。
俺は多少余裕なさげな登校時間になったことを反省しながら家を出る。
白い桜の花は時に舞って、落ちていく。もう既に落ちて人々に踏みつけられたそれを見つめながら歩いていると急に声をかけられ驚きのままに顔を上げる。
「・・・おはよ、色見くん」
「あっぶなっ、って茉白さんか。もっと存在感をだな・・・」
「ずっと下を見てたのは色見くんだよね?それに、なんだか顔色悪いし自分の心配した方がいいんじゃないかな」
茉白は別に怒った風でもなく至って普通な感じで俺の隣に並ぶと、俺たちは示し合わさず同時に歩き出す。
「今日、クラス発表だけど大丈夫?友達できそう?」
「心配すんな。んな傷の舐め合い、馴れ合いグループに属さなくても生きていける術は持ち合わせてる」
「うーん、もう手遅れだね」
少し呆れた声色で呟く茉白はさっきの俺のように視線を足元に落としたまま歩いている。
俺はその様子をぼんやりと眺めていると、ふと先の茉白の言葉を思い出して聞く。
「なぁ、俺たちって友達なのか?てかともだちってなんだ?」
「そういう言葉遊びは面倒だから川霧さんとやってよ」
「そういう意味じゃないし、てか川霧には本当に当たり強いのな、お前」
「二人ともめんどくさいからね」
やはり面倒臭そうに答える茉白はようやく顔を俺の方に向けるとそれから空を見る。
茉白は何やら考えているような素振りを見せるとやがてあっと思いついたように言った。
「何というか友達なのかって質問することで相手の認識を伺うようなことするの女々しいよね」
「うるさいな!さっきから口撃力高くないか!?」
俺は恥ずかしさを誤魔化すようにオーバーなリアクションを取ると、それを見た茉白はこれまた面倒臭そうな顔をする。それからいつもの感じに戻ると茉白は先を見ながら質問してきた。
「例えば、川霧さんとか朝日さんのことはどう思ってるの?」
「友達だ」
「・・・即答なんだ。それはどうして?」
「そういう話をしたからだ、川霧と朝日とな。『友達になってくれ』『わかりました』ってやりとりをしたんだ。だから明確に自信を持って言える。それだけだ」
「はぁ。・・・訂正。私以外、面倒だよね」
そう言った茉白は肩を落とす。
俺は勿論そんなやりとりが普通だとは思ってはいない。
けれどもこちらの方が、一般的な友情だなんて曖昧で不確かな関係よりも自明で居心地が良いのだ。
何事も不安定なものよりは安定的で堅実的なものの方が好ましいだろうに。
そんなことを思っていると、気づけば校門のすぐそこまで辿り着いていた。
入学式、と看板が立てかけられ青春の舞台である高校を華やかに見せるように桜の花々が散っている。見れば玄関の方に背の高い板と、幾人かの集まりが。
もっと人がいるかと思ったが、こんな時間というのもあってかみんな新しいクラスの方に颯爽と移動しているのかもしれない。
「遅れてきたのが幸いしたな。行くか」
去年とかは人が多過ぎて目視できるまでに時間がかかったもんだ。いつもよりも遅めに出たのも今日ばかりは正解なのかもしれない。
俺は茉白より先に板の方へ向かう。俺は文系なので文系クラスの方の板の中から自分の名前を探す。
うーん。確か二年からは成績で基本的には分けられるらしいので俺はてっきり番号が若いかと思ったが・・・。
そこで俺は袖を優しく引っ張られ、体が軽く傾く。
「あっ、あったよ。ほら」
おそらく踵を浮かしている茉白の透明な声色が耳元でこそばゆく響く。示す指先を見るとそこには確かに俺の名が。
俺が属しているらしい二年三組には朝日と茉白の名もある。
文理が違うので当たり前なんだけども、そこに川霧の名前がないことに妙な物悲しさを覚えているとチャイムが鳴る。
「やべ、予鈴だ。急がねーと」
俺は玄関の方へ急ごうと歩き出す。
すると、また俺の袖にささやかな重さを感じて振り返る。
するとそこで茉白と俺は目が合った。けれど茉白はすぐにその目を逸らす。そして小さくつぶやいた。
「友達、いてよかったね」
茉白のどこかよそよそしい感じの声に俺は少しだけ緊張する。そしてさっきまでの会話を思い出す。
「あ、あぁ。朝日な––––って痛い!なんだよ急いでるのに」
俺の腕を制服越しにつねった茉白の手を反射的に振り払うと、茉白は他所を見ながら、さりげなくもう一度袖をつかんできた。
余りにも普段では考えられないその行動に、俺は戸惑う。
けれど、茉白の表情を見て気づく。
そこには、照れだとかそんなメインヒロイン的は可愛らしさはない。
ただ何かに怯えているような、そんな不安がささやかにこちらを見ている。
それなのに、意地っ張りなその態度が、俺には可笑しく映り、小さく笑う。
訂正してほしい、面倒なのは私もなんだと
「そ、その・・・。二人も友達がいて、嬉しかったよ」
俺の回答は及第点だったのか、ふっと茉白は力を緩めると
「うん、私も」
と、彼女もまた小さく笑う。
「急ごっか。私たち、遅刻しちゃうね」




