無理をした理由
あれから程なくして去っていった二宮先輩を見送ると、俺は流石に冷えたので集会室に戻ろうと関係者しか入ってはいけないことになっている非常階の扉を開けた。この扉は舞台裏へと繋がっており、舞台裏は控え室になっているはずだ。
俺が扉を開けると、ドスンと俺の胸に何かがぶつかった衝撃が走る。
「痛っ!って、和樹くんじゃないですか!さっきまでどこにいってたんですか!」
「悪い悪い、二宮先輩とちょっとな・・・ってお前、なんだそのカッコ」
俺の胸にぶつかってきた朝日を離すと、朝日がドレスを身に纏っていることに気づく。
胸元あたりに装飾があるだけの簡素な物だが、それでも淡い海色のドレスは彼女のイメージとピッタリだ。
「じ、ジロジロ見ないでくださいよ!は、恥ずかしいんだから・・・」
朝日は眩しくなるほど白い肌を露出している胸や太もも辺りを忙しなく隠す。やや前のめりなその姿勢に俺は体が熱くなるのを感じながら顔を逸らす。
朝日も本当に恥ずかしいのだろう、いつもより潮らしい朝日は真っ白な頬を紅潮させて呟いた。
「な、なんか・・言ってくださいよ」
「えっ、あー、うん。似合ってるんじゃないか?」
「・・・和樹くんの意気地なし」
勘弁してくれと俺は胸の前で両手を上げる。そもそも「なんか言え」ってなんだよ。因縁つけてくるヤンキーかなんかかよコイツ。
俺は意識して深めの呼吸をとって自分を落ち着かせると、口をとんがらせやや艶っぽい朝日の方を改めて見る。
「で、何があったんだ?急いでる風だったけど」
「えっと・・・」
「川霧さんを探してたんだよ。いなくなっちゃったから」
「!? 茉白さんか・・・。びっくりさせるなよ」
「ごめんごめん、二人が狭い控室にも関わらずに堂々といちゃついてたから影を潜めてようかなって–––」
「あー、あーー!そ、そう。凛ちゃんがいなくなったんです!それでこれからやる劇で凛ちゃんがナレーターだから探してたんです。外には居ませんでした?」
茉白の声にかぶさってそう言った朝日は不安げな顔で俺の方を覗いてくる。
川霧が?あいつ、あの時も様子がおかしかったが、今日は一体どうしたんだ。別に今回の忘年会は準備がハードワークだったわけでもないし、何かトラブルがあったような様子を見なかった。
なら、きっと、これも人任せにした俺のせいなんだろう
「うーん、どうしよう。もう代役を立てるしかないのかな・・・」
「ナレーターは台本読むだけだしいいんじゃないのか」
そもそも俺と茉白と朝日で話してた時は、劇は時間が足りないから無しって話だったんだけどな。
でもまぁ、異様なまでに俺と茉白を係の仕事に近づけさせなかったのを考えれば辻褄は合うかもしれない。朝日は何らかの理由で劇がどうしてもやりたくて、俺たちがいると反対されると踏んだのだろう。
そんな無茶を突き通そうとする朝日は俺の言葉に悩むような仕草をとる。何をそこまで悩んでいるのか、俺にはわからない。
やがて時間が差し迫っていることもあり、朝日は渋々と言った感じで隣を見る。
「依真ちゃん、手伝ってもらってもいいかな?」
朝日は茉白の目をまっすぐに見て、そう告げた。けれど茉白は即答することはなく、間を空けてから問い直す。
「私でいいの?」
「時間もないんだ、受けてやれよ」
「・・・そう言う話はしてないんだけどな」
うん?どうことだ?
どこかイラついたような口調にも聞こえた茉白の様子に困惑し俺は押し黙る。
俺は比較的人の気持ちがわかる方だと思っていたが、今日はなんだか全員の気持ちがチグハグな感じで読み取れない。
そもそも人付き合いの少ない、他の価値観に触れることのない内向的な思考の俺にわかることはなく、わかった気になっているだけの自己満足なのではないかと自虐の念が湧き上がる。
「うん、依真ちゃんがいいの、私。急な話で迷惑だとは思うけど、お願い」
丁寧に頭を下げお願いする朝日。そこまでされたら茉白でなくとも無碍にすることはできないだろう。
以外にも茉白はまだそれでも悩んでいる風だったが、すぐに諦めたように頷いた。
「わかった。やるよ、台本もらってもいいかな」
「うん!ありがとう依真ちゃん、大好き!!」
「あー、うんうん。ワタシもアイシテルヨ」
いつも以上の棒読みで朝日をいなし、台本を読み込む茉白とそれに抱きつく朝日。そんな仲睦まじい様子は、さっきまでこの空間に満ちていた川霧の不在による嫌な緊張と、失敗の言い訳ができたことへの気色悪い安堵感みたいなものをさっぱりと吹き飛ばした。
もうこの空間には劇を成功させようという気概しか感じられない。まるでみんなが朝日のポジティブさ感染したように。
「さ!和樹くんは観客席に行ってください」
「それはそれでショックなんだが」
手持ち無沙汰に攻撃的になるタイプだったのか、お前・・・
「ちっ違います、違います!そんな悲しい顔しないでください!」
大げさに肩を落とす俺にあわてて慰める朝日。そんな彼女は少し恥ずかしそうに咳払いをしてから
「今日は、その・・・和樹くんに見てほしいんです」
と、扇情的なあどけなさを持ってか弱くこぼす。これまた潮らしい朝日の姿に俺は興奮を抑えきれず–––––––––!
「そ、それは・・・どういう」
「劇!劇のことだから!ほら早く行ってください!」
踏み込んでみたものの力強く背中を押されてしまい、俺は不完全燃焼感を抱きながら大人しく席に向かった。
もちろん観客の中に川霧の影なんて、あるわけがなかった。
少しでも楽しんでいただければブックマークお願いします!!




