夢の幕引きは幕開けと共に
楽しんでいただければ嬉しいです
「あっ、和樹くん。おはようございます!」
思わず目を細めてしまいたくなるほどに明るい朝日は俺の方へと駆け寄ってくる。
「早いな」
「いやいや、もう始業しちゃいますよ!?まぁ、私が早くからここにきてるってのは否定できないですけどね」
そういう朝日の視線の先には、早くから出番に備えてリハーサルをしている吹奏楽とダンス部員たちの姿が。
「・・・だって私初めてですから、こうやってみんなを引っ張って何かをするのって」
晴れやかな顔の朝日に、俺は見えない本心を探るように注目する。けれど俺が何も見出せないでいると、朝日は俺の方を向き直す。これまた彼女らしい様子でニコリと微笑んで言った。
「今日の忘年会、楽しみにしててくださいね!」
おいおい、今回の主役は三年生だろうが・・・。そんな小言は、笑顔の前では無意味だと知った。
–––––––––––––––
いつもの如く教師の話を聞き流すと、あっという間に放課後を迎えた。
放課後の忘年会は有志のみの参加だが、集会室は思っていたよりも人で埋まっていた。
三年生全体の三割ほどの参加だろうか。受験の追い込み時期であるのでこの程度の割合なのはしょうがないだろうと、俺は集会室の隅から参加者を眺めながらそう思う。
「あっ、あの人」
校庭側の円席を見て、俺は声を漏らす。そこには会長の思い人である、確か恵と言った先輩が座っている。
『恵先輩に、告白する』
二宮先輩のあの時の言葉が頭の中で響く。思えば、あの時の先輩からも今朝と同じ目眩を覚えたものだった。
俺にはない、熱すぎる未来への積極性みたいな、そんなものを。
だからこそ、俺はただ朝日や先輩の成功を祈ることしかできない。その熱を持たざる者として、当然の心構えだ。
すると、近くから何やら視線を感じて振り向く。
「何してんだ川霧?」
「・・!? べ、別になんてことはないわよ。うるさいわね。た、ただ、その・・・何してるのかって。サボり?」
「んでだよ・・・。ほら、特に仕事ない俺が舞台袖にいても邪魔だろ?気を遣ってんだよ、気を」
「やっぱりサボりじゃない」
冷たい眼差しの川霧。
本番直前となると、どんな事でも多少の緊張感は走るものだ。みんなソワソワして、なんなら緊張感のない奴や手持ち無沙汰にしている奴に攻撃的になるものもいるだろう。だからこそのリスクヘッジだ。自己防衛のためなのだからそんな目で見てくるのはやめてほしい。
「じゃあ逆にお前こそ何やってんだ。今日は会長代理じゃねーのか」
俺の当然の疑問なんて聞かないと言わんばかりに、川霧は俺の方をみずまだ幕が降りたままのステージをじっと見つめる。
もう今にも始まろうとしている、賑やかな会場の中で驚くほどに冷たい声色で、彼女は言った。
「・・・ねぇ、これでいいと思わない?」
俺たちの場所からは、開始を友人たちと楽しげに待っている三年の先輩たちの話し声も本番成功に向けた緊張感に溢れた舞台裏での最終確認の声が聞こえる。
まるで俺たちだけが取り残されているように、俺と川霧の二人だけは異様なまでに静かだ。だけれど、どうしてこんなにも落ち着かないんだ。
チラリと横目で川霧を見るが、変に静かな川霧の横顔にはやはり寂しさだとかは感じられない。むしろ、これでいいのだと自身に言い聞かすようなそんな穏やかすぎる川霧の表情に俺は戸惑う。
時計の針は、予定時刻へと差し迫っていく。
「おい、そろそろ戻れよ。挨拶はお前が–––––」
ブーと、なにやら音がする。
「さぁ、始まるわよ」
川霧の言葉を合図にしたように、集会室全体の照明はサッと暗くなり、低めの駆動音がしたかと思うとステージ上にスポットライトが輝いた。
そして、俺は目を疑った。この現状にというよりも、彼女の意志にだ。
「みなさん、こんにちは!今日は忙しい中、急なイベントに出席してくださってありがとうございます。今日の司会・進行を務めさせていただく泉奈々です、よろしくお願いします!」
俺は暗闇の中で一人、明るく立っている泉の姿に驚き、川霧を急いで見る。
「お前、あれはお前の仕事じゃ–––––」
「和樹くん、挨拶中は静かに」
他人事のように言う川霧には追及を拒む態度が透けて見える。
「いいのかよ、お前。ずっと会長になるために頑張ってきたんだろ?チャンスだったんじゃねーのか、今回が」
こいつにとって生徒会長の座はある意味で生きる糧だったわけで。ある意味で復讐なわけで。そして、彼女のこれまでの人生だったはずだ。
その為に本当は欲しかった友達も学校での居場所も投げ捨てて努力してたんじゃないのかよ。
気づけば挨拶を終わっていたのか、たちまち耳障りな拍手で思考は途切れる。
川霧は簡単な拍手を止めても、変わらず下を見たまま続ける。
「この空間を作ったのは彼女よ。なら私が挨拶をすべきではないし司会だってやる権利はないわ」
もう諦めたの
そう聞こえてきそうなほどに淡々とした口調は、まるで自分のこの判断の意味するところを理解できていないようにも思え、同時に
理解したくないと、目を背けているようにも思えた。
だからこそ、腹が立った。
別に川霧が裏生徒会を取るために生徒会長を諦めたならそれでいい。必死に悩んで悩んで、彼女自身がこれでいいと思って判断したなら、他人任せで意気地なしな俺が文句を言えるようなものではない。
でも、なら
なんでこんなにも今の川霧は嘘くさいんだ。
なんで「これでいいと思わない?」って疑問系なんだ。
なんで、そんなに優しい顔を、してるんだ。
俺はもう、取り返しのつかないところへと気付かぬうちに来てしまったのではないかという心地になる。すると、俺は左腕の袖に弱々しく、そっと縋り付く何かがあった。
「・・・お前がそうしたいなら、いいんじゃないのか」
俺は、小さく震える手で掴んできた川霧にそれだけ言うと、それ以上俺は何をするでもなく、楽しげな雰囲気に包まれた会場を見ては、下唇を噛んでいた。
虫のいい俺は、ひ弱な少女をここまで追い込んでしまっていたようだと、取り返しがつかなくなってからようやく気づいたのだった。
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