彼女の目に写るもの
ぼんやりと、自分でも何も考えているか覚えてもいないような状態でぶらついていると、たどり着いたのは、やはり空き教室だった。
朝日が頑張っているところに水を刺すようにならないかと不安に思いながら扉を開ける。
するとそこには、ただ一人ぼーっと外の景色を眺める茉白がいた。
夕陽であったり月の明かりに照らされることなく、ひっそりと座っているその姿が少し悲しげに見える、気がする。
そんな茉白は音に気づき振り返ると
「あ、色見くん、おかえり。川霧さんたちは大丈夫だった?」
といつもの感じで言って顔を窓の方に向け直す。
変わらないそんな様子に、俺の心は軽くなる。
「あぁ。そういえば朝日は?」
「なんか今日は部活が早く終わる日だから体育館の舞台に行って手伝ってくれる人たちと意見を出し合うんだーって飛び出してったきり、帰ってきてないよ」
「リーダーが板についてきたな、あいつ・・・」
あの積極性と人懐っこさは意外にこういう役への適性が高いのかもしれない。
だとしても急にどうしてあんなにやる気になったのかはわからないが。
まるで俺と茉白を近づけさせまいとしているようにすら思う。
「それより運営係はどう?泉さんが助っ人に来たんだよね。・・・文化祭の時みたいに問題を抱え込まないでよ?」
「大丈夫、むしろ順調すぎて怖いくらいだ」
「でも泉さんと川霧さんでしょ?組み合わせとしてはかなり悪そうだけど。なんというか、二人ともわがままだし」
「前から思ってたんだがお前川霧に厳しくない?」
「そうかなぁ?友達思いだなとは思うけど不器用だよね」
他人事(実際そうなんだけど)のように言う茉白は、どちらかといえば外の景色の方に意識が向けられているように感じる。
「なんか変なもんでも見えるのか?」
「ううん、何にも。面白いから見てるんじゃなくて落ち着くから見てる」
そう言われ窓の外を見ると、いつもとなんら変化のない、つまらない景色が広がっている。
こんなの見て何になんだか。と思ったが、見続けているうちに確かに茉白の言わんとすることがわかってくる。確かに窓の向こうの景色は変化のなく、つまらないもので、せいぜい風によって枝が小さく揺れる程度だ。
だからこその安心感のようなものをひっそりと感じる。
それに気づくと俺も茉白と同様に、ただぼぅと景色を眺めた。
しばらくすると、教室の扉が開かれた。
「あら、何か変なものでも見えるのかしら」
「ちげーよ、落ち着くから眺めてんだ。・・・ってか、川霧の方はもう仕事は終わったのか?」
扉の前に立つ川霧は、左肩に鞄を携えていて帰り支度は済んでいるようだった。
「えぇ。泉さんが『たまにはあんたも早退しときなさい、体力ないんだから』ってね。そもそもあの時に倒れそうになったの、誰のせいだと思ってるんでしょうね、全く」
イラつきを思い出したかのように吐き出す川霧。別に泉もそれを分かった上での配慮なんだとは思うけど・・・。まぁ変に川霧に言い返すと面倒にしかならないからな。黙っていよう。
川霧はぼやきながらいつもの椅子の座ると、俺たちと同じように景色を何も言わずに眺めたが、あまり自分の好みに合わなかったのか程なくして正面を向き直しいつものようにノートを読み始めた。
「ところで、どうしてあんなにも泉はやる気なんだ?正直生まれ変わったとか、そっくりさんとかを疑うレベルなんだが」
「謝られたのにまだ嫌味言うのって、女々しいよね」
「そんなんじゃねーよ・・。お前だって今の泉の仕事っぷり見ると絶対同じこと思うからな」
「うーん、まず、私は文化祭準備の時蚊帳の外だったから元の泉さんをそこまで知らないし、そもそも私たちの係の仕事を放り出して他所の手伝い言ってる色見くんも大概おかしいんだけどね」
「・・・怒ってる?」
俺の質問に何を答えるでもなく、再び窓のほうに顔を向けた茉白の表情は、今、彼女自身にしかわからない。
そんな俺と茉白のベストコミュニケーション(当社比)を見ていた川霧はため息まじりに、ノートを閉じる。
「おそらく会長推薦枠を狙ってるんじゃないのかしらね」
「会長推薦枠・・?んだそれ」
「はぁ・・・」
おい、より一層深いため息を吐くなよ
こめかみを抑えた川霧は、つまらないことを言うように説明を始める。
「現会長には次年度の生徒会長立候補者を推薦できる権利が与えられてるの。基本的に会長選挙には自分で立候補するのだけど、その推薦枠で選挙に出場する生徒は半ば強制的に会長になるの。一般的な生徒からすれば会長だなんて誰でもいいから当たり前と言えばそれまでなのだけどね」
要はコネ出世的な感じなんだろうか?
その時の会長が人格的に優れている人であれば、選挙だなんていう建前と思ってもない綺麗事を並べるだけの人気選挙よりかは信用に足る人間が選ばれるのかもしれないが・・・。
「まぁその権利を会長が行使するかは自由だから、二宮先輩がそれを使うのかはわからないけれど。噂では推薦されることを狙って生徒会に入った一年生の足の引っ張り合いから始まった不和が原因で生徒会がダメになった年もあったそうよ」
最後だけ楽しげな口調でそう締めくくった川霧。
要は泉はその権利をかけて、まるで人格が変わったような働きぶりをしていると言うことだろうか。・・・にしては、だいぶ不確実性の高い賭けな気もするんだが。
「というか、それだと不味くないか」
「何がかしら?」
もうノートに目を落としなおしている川霧は、横目で俺に視線を送る。
わかりきったことなのに、わざわざ問いかけてくる川霧の態度に俺はやや気を悪くしながら答える。俺だって、今の川霧に理不尽な現実を無理やり直視させるようなことはしたくないのに。
「まぁ二宮先輩が今年その権利を使うのかはわかんないにしろ、先輩からお前に任された運営の仕事、泉に流しちまってんじゃねーか」
「しょうがないでしょ。私じゃあの仕事を円滑に進めるのは無理だったのだから。それとも和樹くんはまた私のワガママでイベントを台無しにしろというの?」
「それは・・・違うけどだな」
「ならいいでしょ」
それだけ言うと川霧はチラリと時計を確認して立ち上がった。
もうその話は終わり、とでも言いたげな、主導権を握るような態度で川霧は俺たちを見る。
「それでどう、二人が良かったら一緒に帰らない?和樹くんがよく私のところ来て暇だって言ってるし早退しても構わないのでしょ?」
「それもそうだな。茉白さん、朝日には申し訳ねーが今日は帰るか」
俺は鞄を持ち上げながら茉白の方を見ると、静かに茉白も首肯しているので、俺たちは並んで久しぶりに帰ることになったのだった。
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「あー、さっきまで明るかったのに急に暗くなるわね」
日々の疲れを癒すように、大きく伸びをした川霧は群青に染まった空を仰いでそう言った。
「まぁもう冬だしな」
「そうねぇ。・・・ところで和樹くん、そんなマフラーしてたかしら」
ドキンと、心臓が変に跳ねた気がした。
いや、別に悪いことはしてないしやましいことはないよ?
でも、その、プレゼントしてくれた本人が俺の左にいるのに、俺の右にいる川霧にどう説明すればいいものかと悩んだだけだ。
そう、別に変な話ではないんだから
「まぁ、最近買ってもらってな」
嘘は言ってない。主語をぼかしたりして答えをはぐらかすのは、成美先生との対話によって自然獲得したスキルだ。攻めるなら成美先生を責めるんだな、川霧。
けれども川霧は特に歯切れの悪い俺の回答に疑問を抱くことはなく、じっとマフラーを見ると、社交辞令のように一言、「似合ってるわね」というので俺もまた「そりゃどうも」と短く返す。
俺は早く話題を変えようとキョロキョロとするが、一向に何か見つかる気配はない。
その時、隣の茉白と目があったが、当事者でもある茉白はいたって普通にキョトンと小首をかしげる程度だったのがこれまたムカつく。
別に限界まで薄めた人の感情しか持ち合わせてない茉白になんか期待している訳ではないけどさぁ!
「そういえばこうやって帰るの、久しぶりよね。・・・あの日も、叶わなかったのだから」
唐突な川霧のその言葉に、俺は言葉に詰まる。
あの日、と言うのは他でもない、俺たちが初めて学校外で遊んで、成美先生の家でご飯を食べた日のことだろう。
・・・それはつまり、裏生徒会解散の事実を告げられた日でもあるわけで。
「はぁ、全く勝手な話よね、あの先生も」
「別にお前が生徒会に行かなきゃ、裏生徒会は続くんじゃねーのか」
つい俺は本音を漏らしてしまう。あまりに自明だからこそ、俺の言葉に川霧は何も言わずただじっと下を見る。
『私が生徒会を諦めたらどうする?』と川霧に言われたあの時は、川霧自身を気遣って何を言えなかったが、俺一個人のわがままを優先するのであれば川霧に会長選挙への出馬をやめてほしい。それが本音だ。それほどに、俺は「今の」裏生徒会に執着しているんだ。
そんな俺の言葉に、川霧はポツリと呟いた。
「それで、正しいのかしら」
何を言わんとしているのかを掴めずに俺は、またしてもはぐらかす。
「正しいかどうかなんて選んだ後で決まることだろ」
そこで川霧は足を止める。振り返り、川霧と俺が見つめ合うと、川霧はまたこの前のように俺を試すように、俺を見る。
「そういえば二人は、どうして空き教室にいたの?別に何か依頼があったわけでもないのに」
川霧は静かに、俺と茉白を交互に見る。どこか昔のような冷たさを感じる視線に俺はやはり何も言えないでいると。
「私は好きだよ、裏生徒会が」
そう唐突に答えたのは、これまで静かだった茉白だった。川霧の視線を受け止め、茉白は続ける。
「色見くんは?」
「えっ、俺?ま、まぁ、俺もそれなりに気に入って入るけど・・・」
「はっきりして。好きなの?」
「は、はい、好きです!」
ピシャリと力強く聞いてきた茉白にあせり俺はほぼ茉白のおうむ返しのようになる。一体何がどうなっているのかわからないが、川霧は俺たちの様子を見て眉を顰めている。
「そんな周りくどく聞かなくても、はっきりと答えるよ。私たちは裏生徒会は好きだし、今が続けばいいのにって思ってるよ、川霧さん」
川霧は視線を逸らし、下唇を噛んで何も言わない、言い返さない。
まるで雰囲気としては茉白が川霧を責めている、そんな感じになっている。
ピリッとした緊張感の中、茉白は川霧に対し、少しだけ感情をのぞかせて続ける。
「でもそれが何?川霧さんには関係ないんじゃないかな」
「そ、それは・・」
「逆にさ、川霧さんはどうなの?裏生徒会のこと、どうおもって––––––」
「落ち着けって」
俺は焦って茉白に静止の声をかける。川霧の苦しく、耐え難い屈辱に耐えているような表情と、茉白の責め立てる一方的な声色に、この状況は必要以上の攻撃性を孕んで川霧を追い詰めているように感じたからだ。
俺は茉白の肩に手を置くが、茉白はそれでも川霧に視線を注いでいる。
川霧はぎゅっと片腕を抱くと、下を向く。頼りない街灯の灯りのせいで、彼女の顔はやつれているように、消えてしまいそうなほどに力なく映る。
「ずるよ、みんなだけ。・・・無責任だわ」
ポツリと川霧は呟いた。小さな声だった。それでも、十分すぎるほどに俺の耳に届いた。
悲痛な叫びと呼ぶには小さなそれは、震える音となって彼女の本心を音に乗せる。
「私だって、裏生徒会の日々は気に入っていたわよ。それでも、たかが数ヶ月に、これまでの必死な私の積み重ねが、負けるのが正解なの?周囲だって、気付けば外堀を埋めるように、私が会長になることを疑わない。それに従うのが正しいの?誰かの期待に応えるだけの判断が、正解なの?」
「・・・」
無責任。確かにそうだ。俺たちは裏生徒会の存続という俺たちにとっては大きな問題の行く末を、たった一人の女子生徒に委ねているんだから。改めてその重苦しい彼女の責務に気づくと、俺は何を言えばいいのかわからなくなって、俺は川霧を見るのをやめる。見ていられなくなる。どうしようもなく、無力な自分を実感するから。
もう暗くなった景色には、さっきまで揺れていた枝の数々を捉えることもできない。
俺も茉白も何も言えないでいると、川霧はそのままの視線で、決して俺たちの方を見ることはないままに
「ごめんなさい、先に帰るわ」
とだけ言い残すと、そそくさと俺と茉白を追い越して、去っていった。
そんな川霧の背中は、あっという間に小さくなっていった。
川霧の背中が見えなくなっても、彼女の行く先を眺めたままの茉白は何を言うでもなく、何かを探すようジッとその先を見つめていた。
準備最終日を前に、俺たちはまた、すれ違ってしまったのかもしれない。
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とてつもなくモチベーションが上がり、筆者が小躍りします




