時は無常に過ぎてゆく
暇つぶしになればうれしいです
「入ってくれ」
あれから先生の車で誘拐された俺たちは、先生によって案内されたリビングへとお邪魔していく。
・・・なんだろ、本当に一人なのかと疑うほどには大きい家だな。大きめのソファーもあるし・・。
そんなことを思いながらも俺たちは部屋の中央にあるコタツにはいる。
あぁ、この徐々に体の先から芯へとあったかくなって行く感じが、乙だよなぁ・・
「おい色見、荷物の整理手伝ってくれ。働かずもの食うべからずだ」
「え〜、もう俺今日は十分働きましたよ」
俺が机に突っ伏して、文句を垂れていると、向かい側で座っていた茉白さんは何も言わずスッと立ち上がると、キッチンのほうへと向かっていく。
「おや、茉白が来たのか。色見に任せて休んでいいんだぞ?」
「別に私は疲れてませんから。それに、いまは色見君ダメになってますから」
「あ?そりゃいつもだろ」
「確かに、それもそうですね」
・・・・
なんだか物凄く失礼な会話が聞こえてくるような・・・。
まぁいいけどな!このこたつい心まで温められた俺は、そんな程度の嫌味で気持ちを荒げたりはしないのだ。今の俺の心は平和そのものなんだから。
いったいどれほど経っただろうか、すっかり暖かくなってきたコタツのせいでウトウトしているとコトンと、机の上にある俺の顔近くに何かしらが置かれた音がした。俺はその衝撃で目がさめる。
俺はすぐ隣に置かれた皿に伸びている手を視線で辿るとそこには俺の方を無表情で見下ろしている茉白さんがいた。
お皿は置き終わって、手をはなしても未だこちらを無表情でこちらを見つめている。
・・・これ、俺に怒ってる?『準備もせずにご飯だけ食べるなんて、いいご身分だね~』みたいな感じでキレてるのか!?でもここで俺が変に焦ってぺこぺこするとそれはそれが原因でまた怒らしそうだしな・・・
なんて考えていると
「寝ると風邪ひくよ」
優しく言って茉白は俺に背を向けた。
「は、はい」
・・・あれ、おこってはないっぽい?
そんな俺の驚きを見ることもなく、そのまま茉白はキッチンの方に戻っていく。
怒られなかったが、それはそれで気まずいので俺が姿勢を正していると、先生が鍋。他のみんなが鍋に入れる具材やおにぎりが乗った皿を持ってきた。おかげで机には食材が並び余裕のない感じになった。
俺以外のメンツが仕事を終え、こたつに足を伸ばすと茉白が取り皿を配り、手を合わせ食べ始める。
出汁が染みた野菜と肉を噛むたびに、旨味が広がり箸が進んでいく。
みんな疲れているのか黙々と食べ、しばらく経つとコップにたっぷりと注いだお茶を飲み干した先生がそのコップを机に置いて
「そういえば、そろそろ2年だが生徒会長を考えてはいるのか、川霧」
と、まるでその日にあった学校での出来事を聞く親のような雰囲気で川霧に尋ねた。
川霧はその成美先生の視線を受けながら上品に口に運んだ野菜を飲み込んだ。そしてこれまた気品ある感じに口元を拭いながら、さも当たり前のように答える。
「もちろんです。そのために一年の頃から入ってるわけですし。」
「そうか。まぁお前なら選ばれてもおかしくないだろうしな、頑張れよ。・・・で、他の奴らはどうなんだ」
そう言って成美先生は俺たちの方に目線を動かした。
真っ先にその視線を受けた朝日は焦ったように両手を胸の前でパタつかせる。
「えっ!?わ、私は正直むずかしーっていうか。そういう真面目な仕事向いてないっていうか・・・」
「そうか?お前の何事も真剣に取り組む姿勢は貴重だと思うがな。それに、優秀である必要はないさ、集団には得手してそういう、やる気だけある。みたいな人間がいた方がいい。私は応援するよ」
「それ褒めてるか微妙ですよ、先生」
「・・・茉白はどうだ?」
「私はそもそも巻き込まれて今の状況があるわけで・・・。正直生徒会にいる自分は想像できないです」
「それもそうか」
ごめんなさい・・
巻き込んだ張本人の俺は、また茉白さんに冷ややかな視線を送られぬように顔を伏せ、ことなきを得る。
・・・あれっ、やっぱり怒ってる!?
そんな風に悩みながらも取り分けた具材を突いていると、成美先生からそれ以上の質問は飛んでこず、またしても少しの沈黙が訪れた。
・・・先生俺には聞かないってことは、もう俺は免除されたってことでいいのかな!?なんて都合がいいことは思わない。これは、アレだ。否定権がないやつだ。流石の俺でももう学習した
「でもふぁ、凛ふぁんの他に誰ふぁ出るの?・・・ンンっ。正直凛ちゃん以外に想像できないっていうか」
「まずあなたは口にご飯があるまま喋らないで。でもそうね・・・泉さん、あたりじゃないかしら」
思っても見なかった人物の登場に俺は思わず川霧を見る。
その驚きは他のみんなも同じだったようで、成美先生以外の皆が川霧を見ていた。
だって川霧と聞けば思い出されるのはあの文化祭準備での惨状だ。
泉奈々は一年の文化祭実行員であったにもかかわらず、自分のやりたいことを優先して動きすぎたせいで他の委員に大きく仕事の皺寄せが言ってしまったのだ。別にあいつのやり方を否定するわけではないが、単純にあの時について言えば、彼女にそれをして許されるほどの能力がなかったのがいけなかった。実際ここにいる川霧や朝日は倒れる寸前まで、文化祭のために身を削ったのだから。
そんな奴が生徒会長になることを企むなんて、理由としては推薦なりのための実績ずくりという邪なものなんじゃないのかと疑わずにはいられない。
・・・まぁ別にその動機が不純かどうかなんて人によるんだろうけどさ
「アイツが人の上に立つのは無理だろ」
「流石に言い過ぎですよ!!」
「いやいや、お前だってあんだけ痛い目見たんだ。少しはわかるだろ?」
「ま、まぁ。あの時はキツかったですけど・・。そ、そう!あれから成長したかもしれないじゃないですか」
「ないな」
「色見くん奈々ちゃんのこと絶対嫌いだ!?」
当たり前だろ、と心の中で吐き捨てながら、あまりの憎悪が口から漏れぬよう俺はおにぎりを口に詰め込んだ。
ほんと、どんだけ朝日はいい奴なんだ。あんだけ仕事を押し付けられたら俺なら二度と関わりたくないと思ってしまうが、彼女はそうではないようだ。・・・というか、なんでナチュラルに泉擁護側なんだよ、鶏すぎんだろ記憶力・・・。
泉の名前を聞いたことに始まった俺の中の湧き上がる嫌な感情はおにぎり程度じゃ抑えることはできず、もはや誰に言ったのか自分でもわからないが、どこか自虐的な口調で言った。
「人はそんな簡単に変われねーよ」
俺は何の気なしに言ったのだが、川霧も朝日も、そして茉白も何も言わないために沈黙が流れた。
俺はそれに違和感を覚えながらも、ただみんなご飯に集中しているのだと決めつけ俺もそれに続いた。
―――しかし、次の成美先生の言葉からその沈黙は明らかに重苦しいものへとなる。
「そうだ。言ってなかったんだが、裏生徒会は今年度でなくなるからな」
瞬間、川霧も朝日も驚いたように目を見張った。
と言っても、その表情は単純な驚きというよりも急に親の不幸を知った時のような受け入れんとする意志と、それでも受け入れなければならない現実への恐怖に強く支配されている驚きのように見えた。
しばらく面食らった後、真っ先に疑問を声にしたのは朝日だった。
「ど、どうしてですか?」
「あ?そりゃ川霧が生徒会長になるなら、生徒会としての仕事にプラスで裏生徒会の仕事をやるのは無理だろ。それに来年度も私が生徒会を持てるかわからんからな。もし私じゃなくなれば生徒会は本来の忙しさに戻るだろうし」
「で、でも!今年度、凛ちゃんはどっちも上手くやってたんですよ?な、なら成美先生が来年度生徒会を持てば、私達もこのままでいいんじゃないですか?」
必死に既定事実に穴を探すように、思いつく限りの反論をぶつける朝日の声色は、信じたくないという強い想いで、震えていた。
そして、そんな朝日とは対照的に、成美先生はなんだかいつもよりも冷たい口調で言い放つ。
「どうだかな。今年度、私はだいぶ無理を通したせいで今の感じだと来年度は別の先生になる方向で動きそうだしな。こればっかりは私にはどうもできん。それに・・・」
「それに、なんですか?」
「私はあくまでも生徒会のサポートとして裏生徒会を立ち上げたんだが、もし今のまま誰か特定の生徒だけに肩入れするようなことが続くのならそれは看過できん」
痛いところを突かれたと感じたのか、朝日は食卓に乗り出し、体を前のめりにして成美先生に抗議した。
「な、なら!今の活動の方向をやめて生徒会の雑務をこなすようにしたらーー」
「それだと川霧の仕事量が増えるだけだ。2年になると一年の頃よりもやることが増えるんだ基本2年は役職持ちだからな。そうなると、もし雑務だけをするにしてもそれは川霧が生徒会に一切の関与をしない場合に限る、ということになるな」
冷静に俺たち裏生徒会に残った唯一の生存方法を示した成美先生はそこでようやく川霧の方を見た。これまでずっと黙っていた川霧の方を見た成美先生の視線を追うようにして俺も川霧の様子を伺った。
そして目を見張った。
・・・だって、あんなにも感情をむき出しにした川霧を見たことがなかったから。
川霧は片方の腕を抱き、悔しそうな顔を、きっと朝日に見せないようにそっと伏せていた。前髪をすけた先の表情はひどい苦痛に歪んでいた。
そりゃそうか。
だって、今置かれている状況は川霧が一番辛いのだから。
川霧は生徒会長になるために一年から生徒会に入り、忙しいだろうが裏生徒会と両立して活動をしてきたんだから。そんな彼女にとって、生徒会役員としてのキャリアと裏生徒会のどちらかを決断するのが簡単なわけはないのだ。
きっと、どちらも大切でかけがえのないもんだから。
―――だから川霧は、成美先生からの自身の進退を案じた視線と朝日の切実な願うような視線から、逃れるしかできず何も言えないでまま、時は過ぎていった。
「まぁ、どうなるかは分からないが現時点では、裏生徒会は解散の可能性が高いということだけ覚えておいてくれ」
そう言って強引に締め括った成美先生の態度は、もうこの件についての話はしないとその意志をありありと示していて、誰一人として、口を開くことはなかった。




