誠実と噓と矜持
俺は朝日と並んでゲーセン内を歩いているが、特にその間朝日が何を言うこともなく、そのことが違和感に感じ俺自身も何を言う気にもなれないでいた。
騒がしい店内の一角を曲がると、そこには五人ほどの友人グループと思われる集団が道を封じていた。そのせいでもう一つ向こうの角を曲がろうと歩き出すと、ようやくそこで朝日はゆっくりと、口を開いた。
「あ、あの。今更っていうか、何回目っていうか、そんな感じなんですけど・・・。改めて、文芸部の件、ありがとうございました」
「別にお互い様だろ。朝日が頑張ってなかったら俺は何もできなかったし」
俺は周囲に並ぶゲーム機の数々をみながらそう言った。
事実、俺は最初、文芸部の依頼に手を出すつもりはなかった。けれど朝日が尽力している姿とその結果文芸部の奴らに責められている姿を見てようやくそこで俺は腰を上げただけだし、その上俺のやり方のせいで依頼が無事に解決したわけでもない。
だから俺だけを褒めるなんてのはお門違いだ。
俺が変わらず歩いていると朝日は俺の隣で小さく下を向いてから、ひっそりと付け足すように呟いた。
「そうかもしれないですけど、その、私が言いたいのは私の依頼についてのことで・・。」
そこで俺は思い出す。
朝日の依頼、それを聞いたのは確か、朝日が嘘で固めた仮初めの友好で文芸部をまとめようと画策しそれが失敗に終わった後のことだった。
器用な朝日は、文芸部の彼女らのように衝突を恐れずに本心を曝け出したことがないが故に、あの関係に“戸惑い”と“憧れ”を抱いたのだ。
自分の過去の行いは間違いだったのか。自分もできることなら嘘をつかずに生きていたい、と。
そうして彼女は言ったんだ。
『見てみたいです、本当の友達を。本音で語り合える仲を』
「私、不安でおかしくなりそうでした。自分がいいと思ったことを文芸部のためにしたのに、それが否定されちゃって。あぁ私のこれまでの人生って偽物だったのかな・・・って。でも、そんな時に、和樹くんは私の生き方を否定せずにその上で私の依頼まで受けてくれたんです。ほんと、どんだけお人好しなんですか、和樹くんは」
「・・・なんのことだか」
優しく笑った朝日に視線から逃れるようにして俺は隣のゲーム機を眺めた。改めて俺の行動を考察されるのがなんだか気恥ずかしく、つい無愛想な振る舞いになる。
そんな俺の様子にまた小さく笑って朝日は続ける。
「聞きましたよ、井伊さんから。実はUSBは井伊さんが持ってて文集のデータを先生に提出したって言うのは嘘だ。って」
「はぁ?」
あいつ、誰にも言わないことを約束してたはずなのに裏切ったのか?まぁ、他人の井伊を鼻から信用していたわけではないが、ここまで易々と約束を破られてはいっそ清々しくなって笑えてくるほどだ。
そんな俺の嫌な態度に、焦ったように朝日は首を振った。
「別に井伊さんは和樹くんを裏切ろうと思ってたわけじゃないと思います。きっと心配してくれたんです、和樹くんのことを。和樹くんが一人で責任を背負い込むために、私たちに説明を十分にしないせいで私たちに嫌われちゃわないか不安だったんだと思います。」
根拠もなくここまで言い切れるのは、井伊のその時の表情がよっぽど俺に気を使っていたからなのか、朝日がただ単純なやつだからかなのかはわからないが、少なくとも俺に対して井伊が敵意を持っていたわけではないようで安心する。
すると、そんな俺の横顔をちらりと見ていた朝日は急に軽く下を向いて、いいずらそうに続けた。
「それで、私思ったんです。和樹くんはもしかしたら、あえて私に嘘をついてあの依頼を落着させることで私のことを肯定しようとしているんじゃないかって。私は嘘をついて生きてきて、文芸部の人たちにそれを否定されちゃいましたけど、そんな生き方もいいんだぞって。本物を追い求めるからこそ嘘が必要なんだって。実際、あの嘘のせいで和樹くんは文芸部の子たちには嫌われちゃいましたけど。それも多分、和樹くんを敵対視させて文芸部の子達に自分達を被害者と思わせることで、仲直りをしやすくさせるためなのかなって。本当の仲良しなら、そんな一回の大きなすれ違いなら越えられるって信じて。・・・あってますか?」
そして伺うように、自分の考えの是非を恥ずかしそうに俺に問うてきた。
そりゃそうか。朝日は今、『私のために頑張ってくれたのか』なんて自意識過剰な質問をしているんだ。恥ずかしくもなるか
「・・・自分を高く見積もりすぎだ、バカ」
「な、なんでそんなこと言うんですか!?いいじゃないですか乙女なんですから夢見ても!!どうせ、私はバカですよ、ふん!」
プンプンといった感じでそっぽを向く朝日。ここまで過剰に反応してくれるのも、少し前まで雰囲気が悪かったことへの謝罪の意味も込められているもかもしれないなんて考えてしまう。
だから、
「・・・まぁ、でも、その」
「?」
不器用でも、無愛想でも、これだけは言わなければならない気がした。
「ありがと、なんか報われた気がした」
「どういたしまして、です」
そう笑った朝日は、とても柔らかで大雨の後の晴天のような清々しさで、満たされていた。
その笑顔に俺はつい足を止めてしまうと、朝日は不思議そうな顔をしてから俺の方にぐいと近寄って来て−―
「ちょ、ちょっとま——」
「あ、猫デビだ!これ大好きなんですよね!!」
――通り過ぎ、俺の側にあったクレーンゲームに張り付いた。
・・・まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどね。急に体が近づいてきてびっくりしただけだから
朝日はいろんな角度から中の景品を眺めては「うわ〜」とか「かわいい!」とか口々に、興奮気味に呟いている。
とても可愛いとは思えないその見た目に、俺は自分の顔が険しくなるのを感じる。
俺はその筐体の上の方に掲げられているラミネート加工された紙に目をやる。
『巷で話題のキモカワ系ぬいぐるみ!』
そう。俺が顔を顰めたのは、先ほど朝日が見て大興奮していた猫デビである。
もういっそこのクレーンゲームという監獄から出てこないでほしいと思うほどに憎たらしい見た目をしたソイツを朝日は目を爛々とさせて見つめている。さながら後ろ姿はショーウィンドウに張り付いた子供のような無邪気さがあった。
猫の顔に悪魔的な耳と尻尾が生えたデフォルメされたぬいぐるみがメイド服を着たよくわからん見た目の何がそこまで良いのか俺はわからない。
いわゆる地雷系のファッションに親和性があるようで、その目は可愛らしくクリクリとしたもので、完全にそういった痛々しさだけの要素で完成されている訳でもない。
朝日はもうこれをやる気でいるらしいので、俺は先に並ぶアーケードゲーム類の方を指差しながら言った。
「じゃー、俺は適当にその辺回っとくから――」
「いやいや一緒にやろうよ、何しれっと1人行動しようとしてるんですか!?」
「だって俺、ソイツ欲しくないし・・・」
「そ、そんな?!」
両手を上げ信じられないといった感じの朝日はそれから急にンンっと咳払いをすると、変に落ち着きを見せた。
「・・・ねぇ」
そこで朝日は俺の袖を優しく引っ張った。
甘ったるい声で周りの騒音は聞こえなくなる。
上目遣いで、すぐそこにある大きな目は艶っぽく潤んでいて――
「ほしいの。だから・・その、さ。一緒にしない?」
そんならしくない色っぽさに絆されそうに――
「嫌だ」
「すっごい素直だ!?」
――・・・は、ならなかった。
精々変な汗の量と鼓動の速さがいつもの2倍になっただけだ。全然そんなんじゃ効かないよ?
「そもそもこんなのアームとかのせいで変に回数やることになってお金と時間がかかるだけだろ」
ぶっきらぼうに冷静な意見を告げると朝日は必死な様子で言い返す。
「そんなことないですよ、すぐ取れます!それにこう言うのは商品じゃなくて、経験にお金払ってるんですー!」
・・・なんか胡散臭いこと言い出してないか?
「その考え方だとすぐに取れると朝日と遊ぶっていう経験が安上がりになっちゃうぞ」
「た、確かに!!」
朝日さんは考えてもいなかった角度から言い返されたのか、再びしどろもどろになりながらまた言い訳を探している。
本当に猫デビが欲しいのか、俺の態度にややしょんぼりとした姿になった朝日を見ているとなんだか申し訳ないような気もしてきてーー
・・・はあぁぁぁ
「わかった、やるよ。やればいいんだろ!」
「なんか投げやりじゃない!?」
俺は半ば意地になって筐体に向き合う。そこそこぬいぐるみの見た目がしっかりしていることを考えれば意外にサクッと取れてしまうかもしれない。
財布を出そうと鞄を漁ると朝日の腕がひょいと伸びてコインが投下された。
「いいのか?」
「うん!私が欲しいんだし、それに和樹くんに貰いっぱなしってのも悪いですしね」
微笑む朝日さんに俺は気恥ずかしくなり、急いで猫デビを取るべくゲームの方へ向き直す。
正直俺が朝日に出会ってから何かあげたようなつもりもないし、もっと言えば俺は裏生徒会に入ってからはみんなに助けられたことの方が多い気がする。そんな俺が特別なにかしている訳ではないのだし、朝日がそこまで神経質になる必要はないのではないかと思う。
『和樹くんに貰いっぱなしってのも悪いですしね』
朝日にとってはまだ“あの依頼”は終わってないのかもしれない
俺としてはもう文芸部の件とそれに伴う朝日との関係修復という同時多発的な“依頼”を達成したつもりだったが、朝日当人がそう思えていないのであれば、俺はいち裏生徒会役員として依頼解決に努めなければならない・・・のかもしれない。
であれば、このヘンテコなぬいぐるみを朝日のために獲ることで、この長く続いた依頼を終わらせよう。
そう思い俺はレバーを握る。そして緊張しながら手元のレバーを操作する。するとアームは弱々しく震えながら移動しては、頼りなさげにクッション目掛けて降下していく。
アームの力は想像通りに弱く、ぬいぐるみを掴んだと思った次の瞬間にはぬいぐるみはアームからするりと落ちていく。
正直諦めるべきなのではないかとすら思ってしまうほどに絶望的だ。
しかし、依頼となればそういうわけにも行かない。
俺は自分にそう言い聞かせて再びレバーを握る。
朝日は不安げに俺を見ている。
俺は正直、嘘をつくことは嫌いだ。
嘘を嫌うからこそ、自分に正直に生きてきた。そしてその結果が、なんとも寂しい学校生活だったのだと思う。
嫌なことはしないし、興味ないものを『みんなの間で流行ってるから』とかで知ろうとしたこともない。
なぜなら、そんなありもしない興味だとかで取り繕った友好なんて意味がないと思うからだ。みんなが好きだから、みんながやってるからとかが指標の生き方は一体誰の人生なんだろうか、そう思ってしまうのだ。
自分の人生なのに、自分を殺して騙して何になるのか
だから、俺は嘘は嫌いだ。自分に正直に生きていたい。
無理なら無理だと突っぱねたい
その癖、何回目かになる目の前の失敗の様子を眺めながら、俺は気付けば力強くレバーを握っていた。
——だが
もしこの取れる気配のないぬいぐるみを取ることが、朝日の依頼なんだとしたら、彼女の生き方を肯定するためなんだとしたら、俺はそんな自分に嘘をついてでも、やらないといけないんじゃないだろうか
根拠もなく、そう思う。
もう一回、もう一回
何度でも、俺は柄にもなくやり直す
そしてついにーー
ゴトン、と重力に伴って見た目の割に重そうな音と、若干の振動を感じて意識が醒める。
俺は取り出し口に手を伸ばし、ゴワゴワとした質感のぬいぐるみを掴む。
「はい、取れたぞ」
「え、いいの!?」
「いやだから俺はこれ、要らねぇって・・」
朝日が俺がこれを欲していると勘違いしていたことと、俺に実質的な奢りをしようとしていたことに驚きながらも俺は強めに朝日の胸元に猫デビを押し付けた。
そこまでされると流石の朝日も受け取らざるおえず、胸元の猫デビを一度掲げるとパァッと顔を輝かせ、ギュッと抱き寄せた。
「か、可愛いー!」
いや、それ自体はそんなに可愛くないと思うけどね、断固として
蒸し蒸しとした空気感の中、可愛らしい女子高生と若干の地雷臭がするぬいぐるみという異色な組み合わせだけが熱気をかき消すように輝いていた。




