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覗かせた悩み

 それからと言うもの、昼休みの後は二つの授業を受けるという至って普通な平常時間割なので特に新井のグループによる嫌がらせを受けることはなかった。まぁ元々直接的な嫌がらせはハナからなかったので特に言及することではないのかもしれない。

 精々遠くからこちらを見ながらボソボソと嫌味っぽく小声で会話をされたり、奇異なものを見るような訝しい視線で刺されるくらいのものだから。俺が変に意識しない限り、なんと言うこともない。


 二つ目の授業を終え、俺は帰ろうと斜め後ろの方に席がある茉白をチラリと見る。

 こんなのでも一応の配慮のつもりだった。今数人から悪意を向けられている俺とわかりやすく近くにいることで茉白に被害が出ないようにと。

 けれどそんなことお構いなしと言った感じにどうやら茉白は俺が彼女の方を見る前から俺に視線を送っていたようでばっちりと目が合ってしまう。


 やばい!と思い視線を急いで外すと、急に声をかけられた。


「帰ろっか」

「あ、あぁ」

「? どうしたの?」


 不思議そうな顔をして隣に並ぶ茉白と教室を出るその時に、背中に嫌な視線を感じたのはきっと気のせいだと、そう思い込んで扉を閉めた。

━━━━━━


 学校を出ても対して盛り上がるような話題が俺たちの中で交わされたわけでもないが、もうこの類の沈黙に慣れた俺としては特に気まづさを感じたりすることはなかった。これも進歩なのかもな、初めの方は気まずさで気付けば歩調が早まっていたものだったが。

 そんな風に思い返していると、思ったよりも早く俺たちは駅を過ぎた先に続く坂道を登ったところにある公園についた。 茉白は公園に入ってすぐそこにあるベンチに慣れたように座ってから自分のすぐ隣を小さく指差しこちらを見る。


 いやいやいや。流石に、ねぇ?


 俺は嫌味っぽくなっていないことを祈りながら、茉白と若干距離をあけて同じ長椅子に座る。

 さっきも言ったがコイツの純白さ加減には時々ドキリとさせられる・・・。まぁそういう意図だとか想いがある訳では絶対にないし、それを口に出したら引かれること確定なのでなんも言えないのがまたこれもどかしい。

 そんな俺の気苦労なんて知る由もなく、茉白はカバンから昼に食べ切ることができなかった件の弁当を取り出すとそれを開けていく。


「ごめんね、わざわざ一緒してもらって」

「まぁ、帰っても暇だしな」


 そう言いながら、早速具材を食べていく茉白を見て俺は・・・


「・・・なんか楽しんでないか?」


 なんというか、言葉で言い表せない僅かな浮かれ具合が見てとれるような、そんなことないような。そんなふんわりとした感覚を覚えた俺がそう聞くと、茉白は昼休み同様口に含んだものを全て飲み込んでから言った。


「そう見える?」

「なんとなくだけどな」

「うーん・・そうかもね。なんというか、いつもとは違う場所でお弁当食べるのって特別感があるっていうか」

「なんとなくわかるかもな。ってかそういう子供らしさあったんだな」

「・・・私のことなんだと思ってるのかな。言っとくけど感情がない訳じゃないからね、私。面倒だからあんまり表情とかに出さないだけで」

「そ、そうか」

「うん。だって、私これでもかなり本気で文芸部の件怒ってるからね?」

「本当にすいませんでした」

「・・・」


 怒りを思い出して、今にも俺を殺そうと睨んでいる・・・!

 とかではなく、もっと単純な理由で具材をまた一口、いつもより多めに口に含んだから無言になったようだ。・・・だよね?


「次からは相談する。・・・と、思う」


 茉白がもぐもぐしている内に安請け合いをしないための保険をかけようという魂胆で俺がそういうと


「じぇっふぁいだお?」

「は?」


 間抜けな物言いの茉白は、それを自覚して恥ずかしくなったのか少しだけ具材を飲み込むと右頬を膨らませ、口を上品に抑えて


「絶対だよ?」


 と、怒った口調で改めてそう言った。


『子供らしさあったんだな』


 さっき茉白に行った俺自身の言葉を思い返してから俺は・・・


「・・・何がおかしいのかな」

「いやっ、別に・・。・・・ククっ。悪かったって、笑ってごめんって!」

「・・・もう」


 何を勘違いしていたんだろうか。いつも無表情な茉白だって、こんなにも子供っぽいところがあるののになんで見逃してたんだろう。


「はぁ・・。はぁ・・・」


 ようやく呼吸が落ち着いてくると茉白は弁当を食べ終わったようで、弁当を鞄にしまいだした。用事も済んだしもう帰ろうかと心の中で密かに企むと、茉白は足をぶらぶらとさせながら、遠くを見ながら呟いた。


「私たちも、変わっちゃうのかな」


 隣にいる俺に言うというよりもボーッと考えていたことが漏れたような、そんな雰囲気はどこか哀愁や感慨が垣間見えた。


「私たち“も”」というのは文芸部を浮かべての言葉なんだろうか。


 安芸、新井、井伊。あの三人は部に入る前からの付き合いだったと言っていた。仲がいいから同じ部に入ろうと示し合わせて入った文芸部で、あんな揉め事になるとは当時は思ってもなかっただろう。一応の落ち着きを見せたあの一件から、あいつらが元の関係に戻れるのかなんて誰にもわからない。元からあった関係値を持ってしても、大きな問題の前では意味がないのかもしれない。

 ・・・で、あれば。裏生徒会から始まった俺たちの関係値では、一体何を乗り越えられるんだろうか。


 ふとそんな風に思ったが、寂しげに写る茉白の横顔にそれを言うのは酷な気もして俺は


「別に、変わるからって決まって仲が悪くなる訳じゃないだろ。他にも行き着く先はあるさ」


 変わること自体を否定はできずに、曖昧な答えをするしかなかった。

 すると茉白は俺の方を横目で見てから言った。


「・・・そうかもね。でも・・・わがままかもしれないけど、私は今のままがいいな」

「今のまま?」

「うん」


 今のまま。


 その言葉が真に意味するものはなんだろうかと俺は静かに考える。茉白の思う「今」とは、変わって欲しくないと願う俺たちの関係とは一体何を指しているんだろうか・・・。

 ここ最近の俺たちに起こった変化といえば、川霧の場合いくらか最初の頃の刺々しさがなくなり、今では会話の中で小さく笑うことも少なくない。それは小さな変化ではありながらも、確かに俺たちとの関係に変化が起きた証でもあった。


 朝日の場合は文芸部の一件から何か悩みが晴れたように、これまで以上に明るくなったように感じる。もちろんそれはテンションだとか、そんな容易な変化ではなくてもっと根本的な部分での変化のように感じる。


 俺と茉白は至って普通、というか俺たちは良くも悪くも我が道をゆくタイプの人間だからな。あんまし他人の影響で変わるみたいなことはないように思う。

 ・・・そんな四人の裏生徒会の関係。それが変わることなんてあるんだろうか。


「別に、変わんないだろ」


 俺はどれだけ考えてみても実感が湧かない未来に対して、そう楽観的とも投げやりだとも取れる答えを言うしかなかった。

 そんな俺の態度に、切羽詰まったような風に茉白はグイと俺に距離を詰めて不安そうに


「本当に?色見くんは自信を持って朝日さんと、川霧さんと関係が変わらないって言い切れるの?これからもみんな仲良く居続けるって心の底から言える?」

「ま、まて。落ち着いてくれ」


 急な大接近と、目の前で不安そうに怯えた感じの茉白の顔が醸し出す雰囲気に俺はたじろぐしかなかった。両手を軽く上げ静止の意思を伝えると、茉白も少しは冷静になったのか「ごめん」と小さく呟くと、元の場所に戻って力なく下を向いた。

 痛ましく、何も言わずに俯く彼女を前にして、俺はらしくもない気遣いをしようと少しの間考えてから


「その、お前にどんな悩みがあんのかはわかんねーけど、少なくとも俺は変わんないだろ。俺が変わらないなら、いくら他の奴らが変わってしまってもそこまで大きく関係が変化することはないんじゃないか」


 なんてよく分からない言葉をかけるのが精一杯だった。

 そんな言葉を受けても、茉白は同じように地面を這う何かを見ているかのように、動かない。


 そしてそのまま、小さく呟いた。




「・・・私は、どうしたらいいんだろう」




 俺はその意味がわからず、茉白の意図を読み取ろうと考えているうちに茉白はゆっくりと立ち上がって、俺の方を見て行った。


「帰ろっか」

「あ、あぁ」


 茉白に連れられるようにして、俺も椅子から立って一緒に公園を出た。茉白の家はすぐそこらしく、そこまで送りながら


『大丈夫か?』


 本当は、そう言うべきなんじゃ。今からでも、心配の声をかけてやるべきなんじゃないだろうかと、その悩みが頭の中をぐるぐると回っている。

 意味はわからないが今の茉白は真剣に悩んでいて、いつもの「無」な感じを見失ってしまうほどに考えすぎて自分を見失っている。

 なら、仲間として気にかけていると伝えるくらいの気遣いをすべきなんじゃないだろうか。


 しかし真に茉白の悩みの種がわかっていない状況で簡単に慰めや共感を口にすると言うのは、それこそ不誠実な気もして茉白に言葉をかけることは憚られる。

 すると、隣で顔を伏せがちで歩いていた茉白はその足を止めた。どうやらこの至って普通な二階建ての家が、彼女の家なようだ。


「家、ここだから。・・・その、今日はごめんね。・・・バイバイ」


 そう言って逃げるように家の中へと入ろうと彼女は素早くドアノブに手を掛け、扉が開く。そして茉白はその隙間に体を滑り込ませた。


「・・・あぁ」


 何に対してかわからない「ごめんね」は、変に耳元で反芻され、俺は頼りなく答えるしかなかった。


 ただ、


 泣き出しそうにも見える、ドアの隙間から見えた、小さなその背中がだんだんとドアで隠れていく瞬間は、スローになったような錯覚になって、同時にこのままでは意味もなく何か重大な間違いを犯してしまうような不安に襲われて


「大丈夫か」


 その不安でようやく喉に出掛かっていた言葉をつぶやくことができた。


―――ただ、ちょうど扉が閉まったせいで俺のその声が彼女に届いたのかは、俺にはわからない。

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