こうして依頼は後を引く
次の日、俺は昨日の一件の疲れのせいかいつもよりも眠気が強いせいであくびなんかしながら教室の扉を開けた。癒えない疲れのせいで布団から出るのに時間を要したため今の時刻は本来であれば俺が教室で時間を潰している時間だった。
それもあってか教室内は普段俺が教室に入る時よりも騒がしく感じた。
けれど、ほんの少しの違和感かもしれないが、その静けさが止んだ・・・気がした。
「・・・・・・・」
奥の数人から悪意のある視線を感じ、その方に視線を流す。するとその視線の先で一人、見覚えのある顔の女子生徒はニヤリと笑って俺を一瞥すると、それっきり顔をグループの方に向けた。
妙な違和感と胸騒ぎを感じながら、すぐになったHRに備えた。
まぁ、なんと言うか、今朝感じた違和感は大方の他所お通り、文芸部新井のグループによるものだった。
『“あんたは“余計なことしないでね』
ふと、新井に言われた言葉を思い出す。あの時は新井と対面するのが初めてだったと言うこともあり、困惑や驚き気を取られて彼女の言わんとすることが理解できなかったが、おそらく新井花が言いたかったことは、朝日のように文芸部の関係に踏み込んでくるなという警告だったのだろうと理解できる。
そして、その新井の願いが、俺に届くことはなかった。
俺の企みのせいで、と言えば大袈裟だが事実、俺が井伊に文集のデータを一時的に盗むことを提案したせいで彼女たちは締切の最終日まで自分を追い込むこともできずに不完全燃焼のまま文芸部が潰れることになったのだから。
弁明するわけでもないが俺からすれば優しさ半分の行動だった。安芸も、それに新井だってその表情から、あの状況が健全ではないこと自明だったのだから。
そこで俺はチラリと新井の方を見る。今となっては俺に対して悪意を剥き出しにしている彼女にその行動がバレないようこっそりと横目で見る感じで教室の奥の方を見る。
決して新井の気をひかないように彼女を見た。・・・すると
俺の微かな視線を感じ取ったのか、楽しげに会話をしていたグループの方に向けていた顔を、視線に気づくと冷たい眼差しと共に俺の目を見た。
その時間は1秒もないはずなのに、ひどく長く、胸が締め付けられるような気分になった。
昼休みにもなったことだし空き教室にでも行こう。そう思い立ち、俺は未だ新井の視線に刺されているような錯覚を覚えながら、教室を後にした。
空き教室に入って適当にパンを齧っていると至って普通に、なんの感情も感じさせないふうに扉が開かれた。
・・・と、言うことはそこにいるのは、
「茉白さん?」
言外に「何をしにきたんだ」と聞いた俺に、茉白は何も答えることはなく、静かに扉を閉めては俺の正面の椅子に腰掛け、いつもの小さな弁当の具を、その小さな口へと運んでいく。
別に昼休みに茉白と二人きりでご飯を食べることは今となっては珍しいことではない。気が向けばこの空き教室でご飯を食べるが互いの習慣となっていたからだ。
しかし、今日はこれまでの例とは違うのだ。何がかというと、それは空き教室にくる時間だ。俺も茉白も空き教室でご飯を食べようと思った日は昼休みになって割と早い段階で移動するのだが、今日はなんとなくすぐご飯を食べる気になれず昼休みも中程に先かかった今、俺は空き教室に来た。
そして、まるで茉白はそれを追うようにして、ここにきた。それも一切手をつけていない弁当と共にだ。
であれば、だ。
俺はなんだかいつもと同じような無表情の中に多少の違和感を覚えながら、様子を伺いながら聞いてみた。
「なんか用か?」
「・・・別に」
茉白は律儀に口に含んだ食材を飲み込んでから、ぶっきらぼうにそう言った。
・・・ほぅ
「そういや次の授業って予習いるんだっけか?今日してきてないんだけど」
「・・・さぁ」
・・・うん
怒ってる
間違いなく怒り心頭という感じだ。
何に対してかはわからんが、とりあえず茉白依真の心中が穏やかではないことはわかった。
特に表情に出るわけでもないし、語気が強まったりしているわけでもない。でも、なんというか、とにかくわかりやすいのだ。茉白依真の機嫌は。
それはきっと、いつもが「無」であるせいなのだろうと思う。そのせいで僅かな感情にブレがなんとなく伝わってくるのかもしれない。
って、そんなことはどうでもいい
目下の課題。それは、目の前の茉白に潜む地雷をくぐり抜けながらこの昼休みをやり過ごせるか、だ。
と、てんやわんやになりかけたが流石の俺でも察しはつく。というよりも俺は人の感情であったりを察するのは得意な方なのだ。・・・まぁ、きっとそれも、わかった気になっているだけなんだろう。と思うのは、あの時の新井のせいだろう。
「文芸部の依頼のことか?」
俺は確かめるような口調で茉白に呟いた。それを聞くと、茉白はそっと箸をおくと、きっと机の下で組んだであろう手を遊ばせながら、決して俺の顔をみずに、その手に視線を注ぎながら呟いた。
「・・・大丈夫?」
「えっ」
「大丈夫なの?その、クラスで新井さん達に意地悪されてない?」
「意地悪ってのは言い過ぎだろ、ただ・・・そう。腫れ物を触るように、みたいな感じだ。それに俺はそんな打たれ弱くねーよ」
「・・・・」
俺の言葉に強がり的なニュアンスを感じ取ったのか、茉白は言葉にこそしないが不安そうな雰囲気を醸し出す。なんというか、ここまで真剣に俺の心配をしてくれていると言うのは嬉しくもあり、不思議にも感じる。
「そもそも俺ぼっちだし。ハブられるとかそれ以前の問題というか」
「まぁ、それはそうだけど」
茉白はいつもの口調で俺の言葉を肯定してから、置いていた箸を手にまた弁当の具材を咀嚼する。
いつもより急いでいるように、余裕がないように喉が動いてそれを飲み込む。
そして意を決したように茉白は呟いた。
「ごめんね」
ご飯を食べるために上げていた顔をまた伏せ、そういった茉白は続けた。
「今回の依頼、色見くんに任せっきりだった。正直言うと、放課後色見くんと話してる時に色見君ならまた自分を犠牲にして解決しようとするんじゃないかってなんとなく考えてたこともあったの。それなのに、私は止めれなかった。朝日さんから聞いたよ。文芸部の子達が仲直りしやすくするために自分を全員の敵みたいに振る舞ったって。・・・でもさ、本当にその必要あったのかな」
そこでようやく、茉白は俺の目を真っ直ぐに見た。
そして今までの分を埋めるように、その視線は今の沈黙の中でも絶えず俺に向けられている。
俺の脳裏に浮かぶのは、あの文芸部の依頼に決着をつけた後の朝日との空き教室での会話だった。あの時も朝日に同じようなことを言われたのだ『どうして俺だけ嫌われるような役をしたのか』と。
だからもう、その件については反省をしているので、自分勝手ではあるが俺からすればほんの少しだけうんざりするところもあったので・・・
「俺のやり方が悪かった。だからもうその話は」
強引に終わらせよう。
けれど、
「・・・何が悪かったって思ってるの」
茉白がそんなことを許すわけはなかった。
未だなお真剣に俺を見つめる茉白は、まるで確かめるように、大袈裟に汲み取るなら、間違いは許さないとでも言いたげな様子で俺にそう聞いてきた。
なので俺は、つい慎重になるしかなかった。
まず最初に思いついたのは、朝日と同じく俺が嫌われ役をかって出た事だ。しかし、改まってきかれている以上、その線はないように思われた。
であれば何が悪かったのか
俺は漠然とした疑問に頭を悩ませる。もちろんその間、俺と茉白の間に言葉が交わされることはないわけで・・・
「ホントにわかったの?」
ジリジリと俺を追い込むように、そう茉白は確認してきた。
その真剣な眼差しに俺は嘘をつくことは憚られた。
「・・・悪い。その、よかったら教えてくれないか。・・・都合がいいのはわかってる」
だからこそ俺も、その眼差しを返すように茉白の目を見ていった。本来なら思いついてもないことを言うべきなのかもしれないが、俺にはそんな不誠実なことはできなかった。
そんな俺の心情を察してか、そこでようやく茉白はこれまで張り詰めていた糸が切れたかのようにこわばっていた体をリラックスさせていった。
「・・・はぁ、変なとこは真面目なんだから」
「わ、悪い」
茉白は水筒の水を一口飲んでから
「相談してくれなかったことだよ」
と言った。
「相談?」
俺は思っても見なかった茉白の言葉におうむ返しするしかなかった。俺のその様子を見て茉白はほんの少し呆れた様子で説明を付け足した。
「依頼を受ける時にいったよね?私たちは仲間だって」
「あー・・・」
確かそんなことを言ってたような気もするが・・。けれどあれは、川霧に強制的に気まずかった朝日と依頼をこなすように言われてムカついていた俺が茉白に『お前は裏生徒会じゃないんだから部外者だろ』とそんな風に八つ当たりを俺への詭弁みたいなものだと思っていたのだが・・。
「忘れたの?」
「いや、言ってました」
「それでよし」
また一口、茉白の喉は涼しげな音を立てる。
「なのにだよ」
そこで初めて茉白の声に色がついた。強調の色。これまでに聞いたことがないくらいにわかりやすく。
まるで思い出した今、また腹が立ってきたと言わんばかりに
「どうして相談の一つもなかったかな。きっと色見君だってあの方法が一番いい方法だとは思ってないでしょ?なのにそれを私に話してくれなかった。仲間なのにだよ?仲間なら一緒に悩んで一緒に行動して、その結果がいいものだろうと悪いものだろうと一緒に受け入れる、そんな感じないのかな(この辺りの言い方は変える)」
「おいおい、落ち着けってーー」
「どの口が言ってるんだろーね」
「はい、すいません」
すっかり強気な茉白の前に萎縮した俺は、さながら怒られた犬みたくシュンとして茉白に向くしかなかった。
これが本当の犬系男子、ってな!!
・・・やめとこう、マジで殺される。二度と口を聞いてもらえなくなってしまう。
「しょうもないこと考えてないよね?」
「エスパーか!?」
そこでようやく茉白はふふっと小さく笑った。
それがなぜか俺には嬉しかった。きっと安堵の気持ちもあったのだろう。ふっと心が軽くなるような気分だった。
けれど、茉白はすぐにいつもの感じに戻って
「いい?これからは何か悩んだりしたら相談して」
と、またこれほんの少し語気強めに言うものだから俺としても「はい」と頼りなく返事するしかできなかった。
それが気に入ったのか、気に入らなかったのかはわからない。
けれど、茉白はさっきよりも・・・その、そう。
気恥ずかしさを遠慮せずに言うなら、可愛らしい笑顔で俺に言った。
「だって、私たちは仲間、なんだから。ね?」
いつも無表情な彼女が見せたその笑顔に、俺は息を呑んだ。
その笑顔は一瞬であったはずなのに、脳に焼き付いたみたいにその瞬間がまるで永遠のもののようにすら感じる。
「だからね」
その鈴のように軽やかな声でようやっとその残像は消え、俺の意識は対面の無表情な茉白に向けられる。
「もう一回聞くけど、新井さん達の嫌がらせは大丈夫?なんともないの?」
今度は俺の目を見てはっきりとその心配の色を表して茉白はそう言った。さっき茉白は俺が文芸部の依頼であんな選択をしたことに対して謝っていた。であれば、この心配の念には少なくとも「私のせいで」と言うようなニュアンスも含まれているはずだ。だからと言って俺の答えは変わらない。別にさっきも嘘を言ったつもりはないのだから
「だから大丈夫だって」
「本当に?」
「あぁ、だから安心しろって。それに・・・もしなんかあったら、その時は、相談する」
「・・・うん、ありがと」
今、茉白がどんな顔をしているのかはわからない。俺は視線の先の便りなく揺れる枯れ木の枝を眺めながらその声色から茉白は満足してそうだと安堵する。
暖房の効きがいいのかやけに熱くなった体を落ち着かせるようにボーッと本格的な冬の景色を眺め心を落ち着かせていると、唐突な予鈴のチャイムに遮られた。
「あっ、もうそんな時間なんだね」
「だな。ここにくるのも遅れたししょうがねーか」
言って俺が席を立つ。その時、机の上にある茉白の弁当にはまだ半分ほど具材が残っているのが見て取れた。きっと、俺のその視線に気づいたのだろう。茉白は弁当を閉まって席を立ってから言った。
「流石にこのまま持って帰るのわけにも行かないよね」
「まぁ授業中に食べればいいんじゃねーの」
「あのさぁ、普通は授業中は授業を受けるんだよ?それに私そこまで食い意地張ってないよ」
「なら放課後にでも食べろよ」
そう適当に言ってのけ、茉白と廊下に出て歩いていると僅かに間を開けてから、茉白はつぶやいた。なんでもないような口調だし、その間に大した意味はないのだろう。ただ思いついたから言っただけだと思われる。
「あのさ、なら放課後一緒に帰らない?」
「はい?」
なら、の意味がわからず俺は素っ頓狂な声をあげる。
こうして俺は、今日の放課後の予定は半強制的にして決まったのだった。
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