慰める以外のやさしさ
朝日の消え入りそうな悲痛な声を聞きき、新井の声を遮るようにして部室の中へと入った俺は新井と井伊から排他的な視線を浴びる。
・・・てっきり茉白も一緒に来ると思ったんだけどなぁ
すっかり敵意の方位を朝日から俺へと移した新井は俺をキッと睨むと
「なに?また他人が来て文集はどうしたですって?関係ないでしょ!これは私たちの問題よ」
突き放すような言い草の新井の発言を聞きながら、やはり呼吸がおかしい朝日の方を見る。
さっきよりは落ち着いてるようには見えるが、このままピリピリとした部室の中に放置するのは良くないと、本能的に判断する。
直感で今は、文芸部つまりは仕事ではなく、目の前の少女の方が大切だと判断した。
「そうだな。文集を作ろうも作らないもお前ら次第だ。そこに俺らが何かいうのは野暮ってもんだ。・・・朝日さん、俺たちはここまでだ。帰るぞ」
朝日と対照的に、俺が自分達に関心がない態度なのがおかしく映ったのか、新井はへたり込んで未だ一言も発せていない朝日に近づく俺を呆気に取られた様子で目で追っている。
「立てるか?」
「・・・」
首を振るわけでもなく、ただこちらに怯えた顔を向けてくる朝日は何も言わない。
いや、何も言えないと言った様子だ。これは重症なのかもしれない。
俺がさらに数歩踏み出し、腕を彼女の脇あたりに通そうとしたその時――
シュッと俺の隣から何かが飛び出す。
「・・・茉白さん?」
「私が肩かすから。行くよ?朝日さん」
言って、よいしょと朝日を支えながら茉白は早々と部室を出ていった。俺もそれに続きながら、廊下に出るなり安芸の方を振り返らず背後で扉を閉めながら俺は呟いた。
「・・・悪い、安芸」
愛している文芸部の存続の望みが、ほぼなくなった彼女から帰る言葉は無かった。
文芸部の部室を出て空き教室に着く頃には、朝日の呼吸も落ち着いてきて普通のものに戻っていた。
けれど、その態度にいつものような活発さはない。疲れ果てていつものように振る舞うエネルギーが足りないと言った様子だ。
「大丈夫?朝日さん」
「・・・うん。ありがと」
茉白は隣に座る朝日の体調を気にかけるが、朝日は言葉の割には口調に活気がない。誰の目にも朝日の調子がすぐれないのは明らかだ。
空き教室には、俺と茉白の二人でいる時とは違う落ち着かない沈黙が流れる。
自分の息遣いすら気遣ってしまうくらいには居心地が悪い。
そんな中、朝日は言いにくそうに一回顔を伏せた後に、対面に座る俺を伺うような様子を見せる。
「あの・・・さっきは情けないところをお見せしました。ありがとうございました」
「別に、いつもが気丈なわけでもないだろ。お前の情けないところはこれまでも見てきた」
「・・・そうですね。ごめんなさい、偉そうなこと言いました」
すっかり弱っている朝日は俺の軽口すら真面目に取り合ってしまうくらいにはメンタルにきているようだ。
まさかの返答に俺は気まずさを感じていると
「もー、色見くん。不器用通り越して性格悪いだけだよ、それ」
「別に今更だろ」
「ほらー、そういうとこ」
茉白の応援を受けなんとか場の空気を保つ。
やはり茉白は周囲の人間の機微には敏感なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は朝日に慣れない口調で諭すように
「まぁ、その、なんだ。もう文集は諦めろ。この問題は別に朝日のせいでも安芸たちのせいでもない。強いていうなら運が悪かった。それだけだ」
と慰めてみた。
この言葉が俺の目の前で肩だけでなく顔すら落としている彼女に意図したように届いているかは本人にしかわからないが。
そんなまま、朝日は微動だにせずに答える。
「・・・私がもっと、みんなの気持ちをわかってあげれてたら、まだいい方に転んでたと思いますか」
朝日の態度と空気も相まって、さながら懺悔室で懺悔を聞くシスターのような気分になってしまう。
「ならない。文集をつくると言っても作品を完成させたとしてもその質が教師たちの要求ラインに達するとも考えにくい。どのみち無理だった話が悪運のせいで一つ先の段階で頓挫したってだけさ」
シスターというには適当すぎる返しだし、慰めるにしても乱暴な口ではあるが、罪を感じている人間を慰めるという点では同じようなものだろう。
「・・・私なんかじゃなんにもならないってことですよね」
「だからそう自分を責めるな」
今回の文芸部の進退に関しては、もとより俺たちなんかでどうにかできる問題では無かった。
だから朝日が自分を責める必要はないのだが、真面目な彼女は何も果たせなかった自分を許せないようだ。
またしても沈黙がやってくる。朝日の暗さで教室までも暗くなっているような、そんな感覚にすらなる。けれど何か間を持たせようと適当な慰めなんて帰って朝日の気を悪くするだけなことは俺ですらわかるので、やはり何もできない。
現状をどうにか変えたいがその術がなく、仕方なく膠着する。そんなもどかしさを感じていると
「・・・ごめん、私用事あるんだった」
と、茉白は鞄を肩に掛け席を立つ。
そそくさと廊下に向かう茉白を俺は呼び止めようとするが
「お、おい。ちょっと、まーー」
「それじゃーね、二人とも。遅くなり過ぎたらダメだよ?」
聞く耳持たずと言った感じでヒラヒラと手を振って教室を出ていった。
ということはもちろん残されたのは俺と朝日の二人なわけで・・・
さっきよりも空気がずっしりと俺の内臓に圧をかけてきているような気がする。空気の質量が変わるわけはなんだけども。
茉白のやつ、あまりにもな空気に耐えかねたのか?ひどいやつだ、俺だけ一人にするとは・・・絶対明日報復してやると意を決していると、ズボンのポッケが震える。
なんだろうかと何気なく携帯に手を伸ばすと、そこにはなんと茉白からのメッセージが。
それは酷く投げやりで手短に
『朝日さんのこと、頼んだよ』
と書かれてあった。
おい、本当に投げ出してんじゃねーか、ふざけんな
俺は茉白への怒りで雑にスマホをポッケに戻すと、投げやりに朝日に問いかけた。
「なんでそんなに落ち込む。何回も言うが、これは俺やお前じゃどうにもできないことだったんだ。それを気に病む必要はない。むしろなんとか文芸部のために励んだことを誇るべきだと思うがね」
「・・・私、何もわかって無かったんです。安芸ちゃんたちのことも。・・・・自分のことも」
その表情は悔しさや、後悔やそういった類というよりも、怒りに染まっているように見えた。
「私みたいな嘘つきにわかるはずなんてなかったのに。・・・どうしてできると思っちゃったんだろ」
「別にみんながみんな文芸部の奴らみたいに馬鹿正直に感情をぶつけたりするわけじゃない。人付き合いの中で小さな嘘の一つや二つ、むしろ普通だ。落ち込むことじゃない」
俺の中では慰めのつもりの言葉であったが、なぜかその言葉により一層、朝日の顔は険しいものになる。
朝日は低く、少しだけ責めるような口調になって
「・・・小さな、ですか」
と呟いた。なんとか俺は聞き取れたが、その意味はわからずに朝日に視線を送るのみで何かそれに対して気を効かした事を言ったりはできなかった。
もちろん、朝日にたったの一度としてそんなことを言えた覚えはないが。
すると朝日は同じ口調で続ける。
「みんなはどうしてあんなに遠慮せずに言い合えるんだと思いますか」
まるで何か俺で試すような聞き方につい俺は言葉に詰まる。
みんな、というのはおそらく文芸部のことを指しているのだとすると、思い出すべきなのは先の言い合いの様子なのだろう。
なんとなくではあるが、朝日にかけるべき回答はわかる。そして同時にーーー
―――朝日が欲しているのは、真摯な回答なのだということもわかる。
しばし、どちらにすべきか逡巡したのちに、俺はいつもと変わらない“感じ”で答えた。
どう転ぶかはわからないまま
「友達だからじゃないか?変に気を使う必要がない、安芸風にいうなら親友だからこそって感じなんだろ。俺には友達がいな...少ないからわからないが」
自虐的な発言を付け足して愛想笑いでも引き出せるかと思ったが、その俺の努力虚しく、朝日は下唇をぐっと噛んで、何も言わないでいた。
友達だから遠慮はしないのではないかと、朝日が求めている真摯な遠慮のない態度で応えては見たものの、最後に俺なりのアイスブレイクをつい付け足してしまうという遠慮をしてしまうのは、暗に俺と朝日の距離感が現れたのかもしれない。
すっかり暗くなった外を見て俺は切り替えるように立ち上がって言った。
「さ、俺たちも帰ろうぜ。文芸部の案件も終わったんだ、残っててもやることはないさ」
「・・・はい」
呟いた彼女は静かに、そして重い足取りで俺の後ろをついてくる。
それは校舎を出ても、変わらなかった。
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