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これはきっと、彼のため

「行ってどうすんだよ?」


隣を歩く茉白に半ば強制的に連れ出された俺は行く意味がないというニュアンスで質問するが、茉白はこれまた無表情で間抜けな声で応える。


「さぁ?ただ現場に行けば何かわかるんじゃないかなってだけだよ」


「そもそもメンバーが揃ってるかもわかんねーぞ?この前俺一人で行った時は安芸しかいなかったし。」


「やっぱり行ってたんだ」


「・・・気づいてたんだろ?」


「どうだろね。でも、今日はみんないるんじゃないかな」


「どうして?」


「だって朝日さんがいないってことは文芸部の仲裁に行ってるってことでしょ?」


だから朝日はそもそも文芸部に行ってるのかもわからないんだぞ。行く必要はないだろと反論が喉を通りかけた時。


それに、というましろの少し小さく低いトーンに俺は嫌な予感を持って隣を見る。


茉白は足を止め、少し伏せ気味であった顔をこちらにあげるとやはり無表情で


「一回部室に行った癖に今日は嫌とか都合良すぎるんじゃないかな」


「・・・すいません」


情けない謝罪に何かいうわけもなく歩き出した茉白を急いで追いかけ、並ぶ。


けれど文芸部の部室に着くまで、俺たちは何も話さず、ただ同じ歩調の足音が廊下に鳴るばかりだった。






それは文芸部の扉に近づくにつれ大きく聞こえてきた。


「だからもう無理だって!!安芸だってわかるでしょ?」


「で、でも!このままじゃ部がなくなっちゃうんだよ、それもいいの?」


「そもそも文集ができたところで出来の悪さなんて目に見えてる。文集なんて、やるべきじゃない」


言い合いは絶賛ヒートアップ中のようで、飛び交う声全てが怒気を帯びている。


所々声の切れ目に鎮火を図る朝日の声が聞こえるが誰一人として耳を貸す様子はない。


「どうする?今入ってみる?」


言って無防備にも扉に手を伸ばしかけた茉白の肩を強く引く。


「バカっ、今入ったらそれこそ飛んで火に入る夏の虫だろ。目の前の大炎上がわかんねーのかよ」


「冗談に正論ぶつけられると、やり場のない怒りが生まれるよね」


「・・・悪かった。せめてお前だけは平常運転であってくれ。隣でも別の火事が起きたら俺は焼け死ぬぞ」


こんな時に冗談はやめてくれ・・・肝が冷えて死ぬかと思ったぞ・・・。


扉の上部についている小さな窓を二人で覗き込みながらそんな感じで言い合っていると、朝日がこれまでよりも張りのある声で部員をなだめる。


「みんな落ち着いて!!みんなはこの部が好きなんでしょ?なら文集作らないと。この部がなくなっちゃうよ?」


「でも朝日さん、このままじゃ間に合わないし取り返しがつかないこともわかるでしょ?」


「難しいかもだけど、またみんなで力を合わせればきっと上手く行くよ!親友のみんななら大丈夫だよ!」


井伊静の正論に対して朝日は苦し紛れに反論する。それは誰も傷つかないことを目的とした慰めのような言葉だった。だからこそ、もがき苦しんでいる党の本人たちには、空虚に感じたのだろう。今度は新井花がイラついた様子で朝日の言葉を無視して井伊に睨みを効かせた。


「私は確かにこの部が好きだし部員のみんなだって好き。だから一応作品だって書いてる。誰かと違ってね、しずか?」


挑発するような新井の視線を受け、さも不愉快そうに井伊は冷たく言い払う。


「所詮私たちみたいなのが書いた作品なんてたかが知れてるから偉大な先輩達の顔に泥を塗りたくないだけ。作品を作らないから部活を蔑ろに思っているなんて単純で幼稚な考えね、花。ゴミみたいな文集を作る方がこの部を侮辱してるわ」


「・・・チッ。うざいわね」


「・・・」


ギリギリ井伊に聞こえるくらいのボリュームで舌打ちをする新井。二人は決して目を合わさず思い思いの方を睨んではイラつきをあらわにしている。


・・・怖いなー、怖いなー。女子の喧嘩って怖い!


ピリピリとした緊張感が部室を支配し、朝日すら何を言えないでいるとその思い沈黙を貫いたのはきっと誰よりも、この文芸部を愛している安芸だった。


「で、でもみんなこの部が好きなんでしょ?なくなっちゃうんだよ?」


おずおずとした様子の安芸に、もはや感情を抑えることをやめた新井は前の方の髪をくしゃくしゃとしながら強く言う。


「この部が好きでしょ・・・?私は・・・こんな今の部活好きでもなんでもない!!」


切実な叫びは廊下にまで響いたかと思うほどに、真に迫っていた。


若干声が上ずりながらも新井は続ける。


「私が好きだったのはみんなで好きなものについて話して、ワイワイみんなで暇を潰す、そんな文芸部。そりゃ物語を書くことも好きだけど強制されるのは嫌!書いてもクズみたいって言われるし、そんなんならこんな部活なんて潰れればいいのよ!!」


「花、別にクズってのはーー」


「うるさい!あんたのたまに人のことを考えない言い方、こっちはずっと頭にきてた。毎回自分のことを棚に上げて小馬鹿にしたような態度がムカつくのよ!!」


今度こそ、しっかりと新井は井伊の目を見て本心の奥底にしまっていたドロドロとした感情を吐き出していく。


「安芸もよ!私だってあんたと同じでこの部が大好きよ。だからこそガムシャラに作品作りに向き合うあんたの姿が眩しかった。私は全然書けないしアイデアもない。部が好きで守りたいのに何をできないのがもどかしかった。そんな気も知らないで文集作ろう、花ならできるって。その期待が辛かった!!」


安芸の方を向いて新井は心中を吐露していくが、次第に床にへたり込んでいく。


けれど井伊静も安芸文香も決して近寄ることはなく、今の自分の立ち位置を確かめるように床を見て、苦そうにした唇を噛んで顔を伏せている。


嗚咽する新井の背中に駆け寄った朝日は何を言わずその震える背中をただたださするーーー


――が、その手はパッと新井の手によって弾かれる。


まずい


俺は扉の引っ込み部分に手をかけ何かあればすぐに教室に飛び込める体勢をとりながら中の会話にこれまで以上に耳をそばだてる。


「やめて、触らないで。そもそもあんたも不満だった!これは私たちの問題なのに急にやってきたかと思えば『みんな仲良しなんだから』って、そればっかり。仲がいいってのは本音でぶつかり合うことをとがめる言葉じゃない・・・。あんたは私たちが文集、この部について真剣だからこそ熱が入りだすと毎回そう言って止めてきた。・・・本音を言い合えない関係なんて私たちじゃない。それなのにあんたは上っ面だけの仲良しごっこで満足して、結局このザマじゃない!!」


新井の声が徐々に朝日を攻め立てるものになるほど、背中をさすろうとしていた朝日は一度大きく見開いた目を細く、力なく視線が落ちていく。


新井のいうことを呆然とした様子で聞いている。


あまりのショックで聞こえていないのではないかと不安になるほどに今の朝日には生気がない。


「それにーー」


怒りで震える新井の口が大きく開く。


たった今朝日に非難を浴びせようとしたちょうどその時――




「おい、文集作りもせずに人を責めてこれがこの部の活動なのか?」




射るような視線を受け止めながら扉に立って、俺は、嫌味たっぷりに言い放った。

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