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依頼人の親友だったもの

数日後、俺は放課になると、勝手に空き教室に行こうとする足をなんとか堪え、文芸部の方へ向けた。


別に協力する気はないし、茶々を入れに行くわけでもない。ただ、昨日のどこかわざとらしい朝日の様子に嫌な予感を感じたからだ。


だから別に昨日の朝日の言葉が本当ならそれでいいし、もし俺たちを依頼から遠のけるための嘘なのだとしたら・・・


・・・それはそれでどうしようとかも考えてはいない。なんせただの確認だけを済ます気なのだから。そのために誰にも言わずここにきているのだ。


ようやくついた文芸部の部室。普段は使わないような棟の隅の方にあるのも合間ってかどこか特別な雰囲気を醸し出している教室の扉をゆっくりとなるべく音が出ないように開く。


教室で適当に時間を潰していたから、そろそろ部室にメンバーが集まって作業をしているだろうと考えてのことだったが・・・


「あれ、色見くん?どうしたんですか」


口調こそ似てはいるが、容姿から受ける印象は朝日とおおよそ真反対の安芸文香は一人文芸部の部室で筆を取っていた。


ただでさえ大人しさを表した容貌は、目の下の濃いクマのせいでもしかしたら死んでしまうのではないかと不安になる程に痛ましい。


・・・てか、今気づいたがなんで朝日は俺にだけ敬語なのだろうか。まぁいいか。


壁際にある本棚には、俺が読んだことないほどの分厚い本が所狭しと並び、安芸の近くにはUSBやら消しゴムやらが入った小物入れや過去の文集と思われるものが積まれていた。


「他のみんなは?まだきてないのか」


「もう文集制作の時間もないので各々が集中できる環境でやろうという話になって。二人は家に持ち帰ってやってます。私は一人静かにやるのが好きなので・・・」


「そうか。そりゃ悪いな」


「あ、いえいえ!そういうわけではないので気にしないでください!!」


安芸の近くの椅子に腰を下ろした俺に慌てふためきながらフォローをしてくる。意地悪を承知で言った手前、ここまで真に受けられると逆に俺の方が申し訳なくなってしまう。


ペンを置いて、面接中かと思うほど身を固く、礼儀正しく膝の上に拳を置いた安芸に俺は質問をする。


「どうして文集が必要なんだ?」


「えっとですね、この前も言ったように私たちは全国に行く様な作品を書けていないので大々的に見える活動履歴として必要だと、先生に言われまして・・・。文集が完成しない場合には部は潰れると言われまして・・・」


なるほど、それはだいぶ面倒くさそうだ。


だからこそこんなにも文集制作に苦悩しているんだろうけども・・・


そこで俺は安芸の気を害さないか少しばかり不安に思いながらも提案をしてみることにした。


「そもそもだ、なんでそんなに文集にこだわる?少なくとも俺がお前の立場なら正直部の歴史なんかどうでもいいし文集作りなんてやらず自分の好きなように部活動に励むんだが」


「そんなの好きだからですよ」


それは、これまでの弱々しさや緊張を感じさせない、底抜けに明るく、そして少しそれを恥じるように安芸は笑う。


俺はつい目を見張る


俺にこんな綺麗な笑顔ができたことがたったの一度でもあっただろうかと


安芸は大切なものを指を折って数えていく様な仕草で楽しげに言う。


「作品を描くことも、みんなで過ごすこの部も、あの時間、あの空気も、この場所も。全部、私にはとても大切で大好きだから・・・」


「・・・」


「だからこそ、形に残したい。いいことばかりじゃないかもしれないけど、そんな私達なりの青春を、できれば最高の形で残したいんです。だから私は、どんなに辛くても文集作りはやめられないんです、たとえ命を削っても」


照れ臭そうに微笑む安芸は、夕暮れの光を受けて酷く美しい。


真摯な意見に俺から何か言うこともなく無言でいると、安芸は急に慌て出す。


「す、すいません!急に熱くなっちゃって!!べ、別にそこまで聞いてないですよね、お恥ずかしい・・・。朝日さんにも同じ様なこと言っちゃったんですけど引かれてないですかね・・・」


「素敵だと思ったぞ」


心の底から俺はそう思う。


「あ、ありがとうございます・・へへ。・・でも」


そう言って安芸は悲しそうに放課後の部室で一人呟く。


「みんなにはそうじゃなかっーーー」


その時、安芸の声を遮るようにして俺が閉じていたはずの扉が力強く開かれた。


扉前に立つその女生徒は俺を見て言った。


「・・・あんた誰」


別に嫌味な感じではなくただ知らない人を見て少し驚いたようなその生徒は安芸にチラリと視線を送る。その視線を受け安芸は俺のほうに手を向けながら簡単な紹介をした。


「あ、静ちゃん。この人は色見くんって言って・・・まぁ知り合いみたいな・・感じ、かな。色見くん、こっちは井伊静ちゃんで、文芸部の部員です」


「まぁ、部室に来るってことはそうだろうな」


「た、確かにそうですよね・・。ってあれ!どうして静ちゃん部室に?今日は家に帰るって」


「別に、ただ忘れ物を取りきただけ。嘘をついたわけじゃないから」


と淡々と答える井伊は、探しにきたものがあったのか机の上の文庫本を取るとかけていた鞄にそれを入れると


「・・・フミ、今日は休んだ方がいいよ。顔色だいぶ悪いし」


と初めてここで端正な顔立ちを心配そうにして安芸の方を見た。口調と言い雰囲気といい周囲が見える母親分みたいな感じがする。であれば今この瞬間で言えば安芸が母親に宥められる子供、と言うことになるが。


安芸はそれこそ気まずいことを聞かれた時の子供ような口調で微笑みながら言った。


「大丈夫だよ、もう少しで一つ作り終えるから。それが終わったらちゃんと休むから」


「・・・私たちじゃ無理だと思うけど」


若干申し訳なさそうに呟いたことで二人の間の空気が少し、凍ったような気がした。わずかかもしれないが、その無言の空白が俺には長く感じられた。なので俺は初対面の井伊に対して言った。


「井伊は文集作りに非協力的なのか?」


「そうね。私たちなんかじゃ部の歴史に泥を塗るみたいなものだしね」


「そ、そんな事ないよ!!頑張ればきっと・・・!」


そんな風に励ます安芸を、井伊はどこか憐れむような顔で眺めては


「意地悪で言ってる訳じゃないのよ?・・・ただ、花だって安芸だって慣れない量の執筆抱えて体壊れそうだしそう言うのを込みで私は反対してるだけだから。それだけは、勘違いしないで欲しいわ。・・・別に、私たちはこの部がなくなっても一緒にいられるんだから」


「わかってるよ、静ちゃんがこの部が嫌いじゃないことくらい!大丈夫だから。任せて!」


健気に笑って返す安芸の表情をみてから伏せた井伊の表情は少し、苦しそうにも見えた。


けれど次に井伊がその顔を上げた時には、これまでの冷たさすら感じるほどの表情に戻っていた。


そしてその体を入ってきた方の扉へと翻しながら


「それじゃ、私は帰るから。安芸も早く帰るんだよ」


「うん。お疲れ様」


「バイバイ。・・・色見もね」


「あぁ」


律儀に俺にも別れの挨拶をしてから井伊は教室から姿を消した。


やがてその井伊の、親友の、足音すら聞こえなくなった部室ではただ一人、苦悶を表すような安芸の途切れ途切れの筆の音が、ひっそりと聞こえるだけだった。




それから俺も帰ろうと、まずは荷物を取るために自教室に向かった。


教室につき、置いてあった鞄をとって机の中に手を突っ込んで忘れ物がないか適当に確認し終えると


「おい」


そんな輩みたいな、低めの女の声が近くで聞こえた。もうこのクラスになって一年も近いと言うのに、ほぼクラスメイトの名前を覚えていない俺からすれば、そんなヤンキーいたんだくらいに聞こえた声を聞き流していると


「おい、お前だよ」


トントン、と俺の机がこずかれた。


あん?と随分失礼なやつだなと思いながら、その声の方へ顔を向ける。


すると、そこには・・・


「あんたが色見?」


「そうだけど」


無愛想で明るい茶髪を短く切ったどちらかといえばチャラそうな女子が俺を軽く睨んでいた。


なんだこの友達いなそうな無愛想は??


・・・というと俺と気が合いそうにも聞こえるが全くもってそんなことはないんだろうなとまとう攻撃的な雰囲気がそう告げている。


「あのさ」


「?」


そのままの目線で、女は続けた。大事な忠告をするような、重々しい感じで 。



「“あんたは“余計なことすんなよ」



それじゃ、とそれだけ言うとその女は俺の隣を通り過ぎていった。


彼女が言った意味がわからなくて、その真意を読み取ろうと必死に頭を悩ませる俺の後ろで聞こえるクラスの喧騒の中、なぜかそれだけは強調されているかのように聞き取れた。


「もう、花遅い!」


「いやーごめんごめん。部の方で忙しくて!」


そんな同じ声なのにウケる印象が真逆な声色を聞いてハッとした。


『花だって安芸だって慣れない量の執筆抱えて体壊れそうだし』


彼女もまた、文芸部員なのだと。

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