窓越しの笑顔
別の日の放課後、ここ最近では朝日は空き教室に来ることは無くなった。
これも文芸部の安芸の依頼のためである。
と言っても、疎遠気味な俺に依頼の進捗などが朝日から知らされるわけもなく俺は本当に一切の手出しもしていない状況が続いていた。
「どうしたの、そわそわして」
「別に」
「どうせ朝日さんのことでしょ?」
「ちげぇから。裏生徒会のメンバーとして安芸の依頼が気になってるだけだから」
「・・・えっと、その依頼を断ったのは色見君だよね?」
「そうだったか」
俺は対して読んでもいない文庫本のページをめくる。つくづく読書はハードルの高い娯楽だと思う。精神状況が整っていないとろくに内容なんて入ってこないのだから。
ただの文字列を眺めては、紙をめくる作業に疲れ俺は文庫本を閉じると対面に座っている茉白がじっと俺の方を向いていることに気づく。
「なんだよ」
「ん?いや、喉が渇いてきたなーって」
「なんでそれで俺を見てるんだよ。・・・って買いに行けとか言われても俺は絶対にーー」
「え、いいの?」
「いや、だから」
「いいの?」
「・・・はい」
気づけば俺は空き教室から離れた自販機で紅茶と適当な水を買っていた。
あの野郎、最近俺の扱い酷くなってきてねーか・・・
そんなことを思いながら、廊下を進んでいくと扉越しに明るい声が聞こえる。
くぐもって聴こえるその声は、楽しげだった。
なんだろうかと扉の窓越しからチラリと教室の中を覗いてみると、
朝日が楽しげに安芸とおさげと長い紙を後ろでくくった女の子と楽しげに会話をしているのが見えた。
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと!!私特にあれが大好きでさー」
「わかるっ!あそこで伏線回収されるのが・・」
「あのシーンもいいでしょ!」
途中から盗み聞きを始めたので何がなんやらだが、おそらく朝日と安芸以外の二人が、一年の残りの文芸部の子たちなのだろう。名を井伊静と新井花と言ったか。もちろん顔までは把握していないのでどの名が誰かのなんてものはわからない。
遠目から見るには、安芸が言っていた様な崩壊寸前な空気は見えず、むしろ楽しげで仲が良さそうに見えた。安芸の言葉を流用して形容するならそれは、親友の様だった。
長居も怪しまれそうなので俺は文芸部の部室前を通り過ぎながら思う。
朝日のやり方が間違いだなんて、飛んだ思い過ごしだったと。
たかが数個、人からの頼み事を解決しただけで俺はつけあがっていたんだろう。
俺なら他人より上手く解決できる。頼られて然るべきなのだと。
たった一回の朝日の失敗を見て自分の方が問題解決をできる気でいた。
よく考えれば朝日の方が人とのコミュニケーションに長けているし、人の本当の欲求だってわかるんだろう。それさえわかれば持ち前の優しさで、その溝を埋めることだってできるだろう。
・・・人を顧みずに生きてきた俺とは、大反対だ。
廊下に寂しくひとつの足音だけを鳴らしながら、俺は空き教室に戻る。
だいぶ遠くの自販機に行っていた事もあって茉白の予想よりも時間がかかったかもしれないと思い、一応謝罪を挟みながら席に着くと
「全然大丈夫。ありがと」
言って机上に置いた紅茶を少し自分の方に寄らせるだけだった。・・・飲まねーのかよ
「で、何かあった?」
「は?」
今は自己嫌悪の真只中なので聞かれたくないので辛辣に、突っ伏して返事するが、茉白にそんな俺の気持ちは伝わっていないだろう。
「なんか元気ないからさ。大丈夫?」
「別に」
「そっか」
これ以上茉白から追求は飛んでこない。平和で静かな時間が流れる。
ただ俺は一心に、この静けさに消えたかった。
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