優しい陽射しは、届かない
「待ちなさい」
静かな怒気に満ちた声は後方からだ。
俺は聞こえないふりをして進む。
「待ちなさいって言ってるでしょ!!」
ひどく響く甲高い声、かけてくる乱暴な足音。
ソイツは俺の肩を掴んで強引に引っぱる。
「・・・泉」
「あんたでしょ、ふざけた真似したの」
「さぁ、さっぱり何のことーー」
「とぼけないで!」
「・・・」
狭い廊下に反響した声は、酷く俺に刺さる。
叫んだ勢いそのままに俺の胸ぐらを掴んで泉は続ける。
「あんたは反対しなかったわよね。私が『協力』しましょうって言った時」
「・・・形式上の賛成に意味は無い」
「なのに何?私が楽してるように見えたのがムカついてあんな子供じみたことしたんだ?楽したように見えた私を失敗させて、文化祭の最後をダメにして仕返ししたんでしょ?嫌いな私がみんなの前で赤っ恥かいて、楽しかったでしょ」
「あぁ、愉快だった」
「・・・ッ!!」
泉は強く俺の体を突き放し、おおよそ人に向けているとは思えないほどに殺意を込めた視線でこちらを射る。
「私はね、自分が出来ることを全力でやっただけ。自分ができないことを人に任して自分の強みを活かしただけ、それの何がおかしいの?助け合いの基本でしょ?」
怒りに任せ、泉は自分を「慰め」で固めていく・・
「朝日だってそれをわかってたし、私は申し訳ないとも思ってた。あの子は優しいからそれでも引き受けてくれた。あんたや川霧と違って、あの子は私をホントの意味で理解して支えてくれた」
けれどそれは酷く自己中心的で・・・
「それに悪いのは私じゃなくて、他の委員よ。あいつらがしっかりしてれば私がやりたくもない学年長になる必要なかった。でもアイツらは『どうせ泉は人前に立ちたがるんだからやればいいじゃん』って、期待の目で私を見てくるし、私だってみんなを裏切ることはできなかった。・・・私は完璧じゃないといけないから」
自分を大切に両腕で抱きしめた泉は、慰め続ける
「昔から私は目立ったけど、最初はみんなに注目されるし褒められるし期待されて嬉しかった。でも、いつからか完璧を求めるみんなの期待は私を苦しめるようになっていった」
被害者である自分を憂うような声色で・・・
「それでも私はみんなのために頑張ったの。みんなに求められる私を、完璧を、全うするように。・・・そんな私をあんたたちに否定される義理はないわ」
「・・・あんた達?」
眉をひそめた俺は聞き返す。
高圧的に泉は言い放つ
「人と協力することもできない孤高気取りの川霧とあん――」
「ッ!!」
パァンと乾いた音とヒリヒリとした痛覚
音と共に、急な痛みで赤くなった右頬を何が起こったかわからず泉は抑える。
俺は、なるべく落ち着くよう努める。
人の生き方を、道理を自分だけの物差しで簡単に否定した泉に対峙する。
「終わりか?言い訳は」
「・・・・」
「孤高気取りで何が悪い。協力とか支え合いとかそんな言葉で未熟さから目を逸らして、ぬるま湯に浸かって傷を舐め合うよりもよっぽど高尚だろ。川霧なんて誰よりも仕事を抱え込んでその上周りの状況まで把握して、自分の仕事量を調整してた。ああいうのを完璧って言うんだ。泉、お前は所詮完璧に憧れてなりきった気になっている・・・偽物だ。」
「・・・」
大きく目を見開く彼女。俺の言葉を飲み込まないよう、小さな口をかすかに動かすが、そこに言葉はない。
おそらくどこかで気づいていたはずだ。俺の言ったことに。
だから逃げるように、会計の仕事をほっぽり出したんだ。
「お前、言ったよな。周囲に期待されてるって。自惚れんなよ。一番お前に期待してんのはお前自身だろうが。完璧を求めている自分、周囲に信頼されている自分、その期待に応えられる自分、青春の中心にいる自分、そんな嘘の自分に酔ったお前は正常な判断ができなくなってんだよ。なんでもできるんじゃないかってな。でも、この文化祭ではそんな自分大好きなお前の目の前に明らかに自分を超える川霧が来たもんだから逃げたんだろ?別の分野でなら、アイツが苦手そうなところでなら勝てるんじゃないかって。そのためにはアイツの足を引っ張ろうと、自分の仕事を流すことを厭わないくらい、明確な差に、お前自身気付いてたんだろ?」
「うるさいうるさいうるさい!!」
聞きたくないと耳を塞ぎ声を荒げる泉に俺はこれまで塞ぎ込んでいた鬱憤を吐き出す。
「・・・俺はお前のことを許せない。俺の仲間2人潰しかけといて『協力』だ?ふざけんじゃねぇ。お前のくだらないに妄想のために、ありもしない青春に溺れるために、一体どれだけのやつが苦労して悩んで抱え込んだと思ってんだ」
ビンタをして痛む右の掌を強く握り締める。爪は肉に食い込んでジリジリと悲鳴をあげる。
これ以上感情的になるのは良くない。
「泉、お前は完璧なんかじゃない。お前もお前が見下していた『アイツら』と一緒なんだよ」
俺の声を聞きながらフラフラと立ち上がった泉は、残る力でキッと俺を睨みながら体を翻しながら目一杯の憎しみを込め、
「あんた、最低よ」
そう吐き出して、歩き出す。
・・・俺は遠ざかるその足音を聞きながら、ただジッと床を見ることしかできなかった。
最低。自負するのと他人から嫌悪の意を持って言われるのとでは訳が違った。
泉の表情と声と憎悪が脳に焼きついた俺は何もできず、呆然と立ち尽くす。
遠くから徐々に近づく足音にも気づかないほどに、放心していた。
が、すぐそこに足音の存在を認めると俺は振り返る。
そこには・・・
「あさーー」
パン!
「・・・最低」
涙で目を腫らしながら、華奢な体で全力の朝日のビンタを受け止めた俺はへたり込む。
けれど優しい朝日は決して俺に手を差し伸べることはない。
こちらを見ることすらしない。
ただただ確かな怒りを見せつけるのみで、遠く彼方の闇の中に、消えていった。
・・・朝日だけは優しいものだと、俺は甘えていたのかもしれない。自分の過ちを確かめるように、俺も自分を慰めるように頬をさすりながら思う。
キャンプファイヤの暖かな灯りは、俺には当たらなかった。
すいません、数日空いてしまいました。




