この怒りは誰のため
けれどその顔に気づくのはステージに近くにいて、かつ、こうなることを読んでいた俺くらいだろう。
それもそのはず。なんせあの紙は台本なんて書いていないただの俺の落書きだからな。
完全にテンポを崩された泉は未だ顔を上げられず、放心状態で立ち尽くす。
特に1-4の演劇はーーだ、泉。
俺は心の中で次の内容を教えながら、ポッケに忍ばせた台本を握りつぶす。
俺の耳にはさっきの泉の言葉がこびりついて離れない
『委員の支え』?ふざけるな。少なくともお前の会計員での振る舞いは支えあいや協力なんてものじゃない。
あんなんただの、優しさの搾取だ。
沸々と血が昇ってくる頭に浮かぶのは、ついこの前まで見ていた川霧と朝日の己の疲労に負けまいと必要以上に自分を追い詰めている顔だった。
気づけば拳の力は強くなって、キリキリと爪が手の内の肉に食い込んでいく。
あんな凄惨な状況を見て、「支え」なんて自己中心的で残酷な一言で片付けたコイツを、俺は許さない。
感謝や感動の気持ちが溢れたにしては長すぎる沈黙に観客は皆ざわつき出す。別に何を言っているかはわからない程度の声量だが、沈黙の中で放たれた小さな声は、波紋のように広がっていく。
「えっと・・・あ・・」
切れ切れの息で呟く泉の声はマイクを通して大きく拡散される。
スピーカーを通して響いたその弱々しい声が自分のものだと信じたくないのか、泉は耳を塞ぐようにしてしゃがみ
込む。
「大丈夫ですか!?」
たまらず司会の子が声を掛けるが、もはやパニックになった彼女にその声は届いていないようだ。
呼びかけに答えないので司会の子もどうして良いのかわからず心配そうに泉を見ることしかできない。
あまりに長い時間沈黙が続くので、生徒の態度もまばらになる。心配そうに視線を送るもの、早く終わらないかと苛立つもの、無関心なもの、面白がってみるもの・・・
けれど間違いないたった一つのこととして、誰も“期待していたしっかり者の泉”として彼女を見ているものはいない。
その事実が、誰よりもそのイメージを大切にしてきた泉奈々には耐え難い苦痛として、ステージ上の彼女を刺す。
そんな中――
「頑張って!!」
励ますように叫ぶ声はザワザワとしていた空気を一変させる。
聞き間違える訳が無い、朝日陽凪のものだ。
彼女の優しさに引かれるようにして、泉の友人達からと思われる声援が上がる。
その声は、ステージで一人で震える泉に届いたようで
堪えていた涙が頬を伝ってとめどなく流れていく。拭っても拭っても、その煌めきが消えることはない。声援に支えられ、ようやく立ち上がった泉は嗚咽と共に続ける。
「みんな・・・ありがと・・。みんなのおかげで楽しい文化祭でした。本当にありがとう・・!」
またしても頭を下げる泉に、今度は体育館内が揺れるほどに拍手が送られる。
泉は綺麗な泣き笑いをしながら、ステージを去っていった。
固い友情で結ばれた友達と悲劇のヒロインに同情をした人々の声援に支えられながら、満足げな彼女を俺は一人、静かに睨み続けていた。




