霧では隠せぬ怒り
会議室では、会計の係の人たちと混ざって川霧さんは忙しなくその手を動かしていた。今日も彼女の隣には他の委員の数倍の資料が重ねられている。やはりこの状況は健全ではないのは明らかだ。
自然体を心がけて、俺はいつもの席、つまりは川霧の隣に行く。けれど椅子には座らない。
「少し話いいか?」
俺の声は聞こえているはずなのだが、心なしか打鍵音が大きく、かき消されているようにも感じる。
「麻耶先輩たちの出し物なんだが」
「それならもう決まったの。変更はできないわ」
手を止めずこちらも見ず、それでも俺が言いたいことを先読みして防ごうとしてくる。
「そんなの可哀想だろ、先輩たちは実質的に最後なんだしやりたいことをやらしてあげるべきだ」
川霧はピタリとさっきまで動いていた手を止め、こちらをギロリと睨んでくる。
「いい加減にして。あなたも手伝ってるんだからわかるでしょ、進行が遅れてるの。それをただの情だけの理由でさらに遅らせるの?私は別に意地悪でやってるんじゃない。ただ一人でも多くの人に楽しんでもらうために行動してるの。ここにいる会計の生徒たちも当日は参加者の一人なのよ?早く仕事が終わる方がいいに決まってるでしょ」
やはり引く気はないと言った様子の川霧は用意してきたのかと思うほど流暢に話し出す。一切の批判を受け入れない強気の姿勢に俺は内心たじろいでしまう。けれど、同時に安心した。彼女の行動がただの嫌がらせではないということに。
もし、みんなのためのイベントの運営で私情を持ち込まれたらどうしようかと考えていたが、川霧に限ってそれはない。なんせ、情と仕事は別物だからな、俺たちは。
「なら、お化け屋敷をさせるべきだろ。やりたくないことをさせるより楽しめる人が増えるだろ」
でも、ここにきても怒りは収まらない。
「だから、それをするには時間がないのよ!」
「なにに時間がかかるんだ?」
俺の質問に当たり前だとばかりに高飛車な態度の彼女に対しての。
「もう先生には外の場所の確保をお願いしたからそれの変更、また予算の見直しにクラスでの準備。とてもじゃないけど間に合わない。できたとしてもお粗末なものになるわよ。特に予算は後から追加ばかりされるようなら、無理ね。人手が足りないもの」
まるで自分の意見が正しいと信じきったような、そんな態度がだ。
実際彼女の方が準備の手間については詳しいので、その領域については彼女は間違えてはいないのだろう。
けれど、自分に間違いはないと言ったその態度が鼻につく。
「それは誰でもない、お前のせいだろ」
「なに?」
川霧は明らかに敵意を剥き出しな顔を向けてくる。
しかし、彼女も奥底で気づいているはずだ。彼女もまた泉と同じく、ワガママで会計を振り回しているということを。
「人員が足りないなら自分だけじゃなくて他の人も呼べばいいだろ。それでも川霧さんはしなかった。自分の考えを貫くことだけに必死になって。言い訳ばっか考えてほんとの最善策を模索しなかった。・・・お前の責任だ」
「あなたが手伝うことになった日のことを言っているのなら無駄よ!私はあなたの参加を認めたわけじゃない。ただ民意で協力させているだけ」
「ならこの遅れはどうするんだ?人員の追加をするわけでも、泉の態度を諫めるわけでもなければ、他のメンバーに仕事を分担させることもない。お前が他人を信用できないのはわかる、だけど自分の感情を優先した結果がこれだろ?お前が仕事の大部分を自分でやらないと満足できないから、他人を信用できないから、抱え込んでこうなって、そんでお前自体が潰れそうじゃねーか。誰も得してねーぞ」
俺の言葉にもう我慢の限界が来たのか、川霧さんは立ち上がって少し声を荒げる。
「なに?私が一人でやれば誰も傷つかないでしょ?私が我慢したら全てが丸く収まるの。どうして群れて傷の舐め合いしてる人たちが褒められて一人で全部抱え込んで解決しようとしてる私が責められるのよ!!できない事を出来るように・・・こんなの、理不尽よ」
川霧さんは両手を力よく握りしめる。彼女は悔しさと怒りと嫌悪が混ざりきった顔を横にやる。
やっぱり俺と彼女は似ている。その胸のうちが他人であるのに理解できる。痛ましいほどに
「大体人にすぐ頼るのがいけないのよ、何考えてるかもわからない、すぐ裏切るかもわからない他人に依存するくらいなら・・・!」
「意地になって一人で精神削りながら難題をこなすのが成長か?ふざけんな。成長ってのは変わることだろうが。今のお前は自分の成長って幻に酔った、ただの臆病者だ。周囲の人間を邪険にして遠ざけて、そのツケが回ってきたら成長のためだ?馬鹿言うんじゃねえ」
つい、言葉を飲み込みそうになってしまうだが、言えずにはいられなかった。
「・・・自分を、可哀想だと慰めるのはやめにしろ」
言葉は宙に漂って、誰に言ったかわからなかった。
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