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鏡合わせのヒロイン

「忘れもしない、あれは中二の運動会だった。私も凛ちゃんも目立つタイプだったから友達も多くてね。盛り上げ役として最後の種目のリレーに選ばれたの。特に足が速いわけでもないのに、私たちのチームに運動部が少なくて、空いた枠に入れられたの」


川霧に友達が多い?と首を捻りかけて止める。


それは気の毒に。俺は中等部にはいなかったからその時の様子はわからないが、相手に陸上部を筆頭とした運動部で固められていたらそれはほぼ負け確なわけで、目玉競技のしかも運動会最後の種目ともなれば、そのストレスは計り知れない。


「周りが選んだくせに本番になったら私たちが戦犯扱いされるのは分かりきってた。だから私は凛ちゃんにアンカーを代わってもらったの。負けが分かったのに本気で走りたくないし、何より注目されて手を抜いてるのがバレたくなかったから。それとなく走って、それとなくみんなで『惜しかったねー』って適当にやれば楽だから」


でも、彼女は違うはずだ。少なくとも、俺の知っている川霧凛は、何事にも全力だから。


「でも、凛ちゃんは全力で走ったの。誰から見てもわかるくらい必死に。全然早くもないし追いつく様子もなかった。でもあの子がゴールする頃にはみんなあの子を褒め称えてた。そしたら勿論みんなの矛先は私にきた。息が上がって苦しそうな凛ちゃんのすぐそこで、汗をほとんどかいてなかった私に。みんなの顔が、目線が怖くて、自分の間違いに気づいた時にはもう足が震えてた」


当時を思い出したのか、声を不安定に荒げて、自分の肩を抱いて苦しそうに話す麻耶は、その手に一層力を込めて続ける。


「そしたらあの子が、平然とした顔で私に言ってきたの『なんで手抜いたんですか』って。怖かった。走ったばかりで息も上がってるのに、機械みたいに冷たい声も顔も何もかも!気づいたら私は泣いてた。子供みたいに泣き叫んでた。それを見ると周囲も流石に私を責められなかった。代わりに今度は泣いてる私をただジッと真顔で見てる凛ちゃんがみんなの標的になった。他のチームから見れば凛ちゃんが私を泣かしたように見えるものね、あの子の芯の強さは誰もが知ってたから、私が彼女の行き過ぎた正義感で泣かされたんだって」


可笑しいものを見るように、自虐気味に薄ら笑う麻耶は一体誰を笑っているのだろうか。


「それからは速かった」


吐き捨てるような声色で。麻耶はスカートの裾に手をやる。握る拳は力んで震えていた。


「凛ちゃんは孤立して行った。たかが行事でムキになって人を泣かせるなんてってね。最初は私も有栖も気にしなかった。だって事実は違うんだから。でも、他のチームだった友達と遊んでると嫌な空気になるの。・・・あの子は優しいから、わたしたちに気を遣って離れて行ったわ。自分といると楽しい時間が台無しになるって言いたかったのかしらね・・・あのバカ」


身をていして大好きだった友達を守った彼女は何を思ったのだろうか。どれほど辛かっただろうか。


「気づいたらあの子は、今みたいになってた。寄ってこようとする人皆んな突き放して一人で過ごすようになってた。昔見せてた可愛い笑顔も、怒った顔も何もかも、霧に隠したみたいに見せなくなって周りを拒んだの・・・例えそれが昔の親友でもね」


苦しい親友との別れの思い出を語り終わった麻耶は顔を伏せた。彼女が何を考えているのか、俺にはわからない。


・・・ただ俺は怒りでおかしくなりそうだった。


どうしようもなく、不器用で友達思いの馬鹿野郎も、後悔しながらも行動しない目の前の奴らも、知り合い一人も助けられなかった俺にも腹がたってしょうがない。


「きっと、今回の仕事を一人で抱え込んでるのは、私たちに・・・いや、自分自身にかしら。成長したって事を見せつけたいのよ。私は一人でもこんなにやれるんだ、あの時の自分は間違ってないんだってね」


言葉を失った。


かつての親友は事もなさげに彼女の心を見透かした。


もしその読みが当たっていたとしたら・・・彼女は今、過去の楽しく笑って過ごした日々を全否定している事になる。


なんでそこまでして・・・


「・・・俺なら、どうにかできるかもしれません」


知らないうちにこぼれていた言葉に二人は顔を上げる。大袈裟な反応に少しだけ本当にできるか不安になりながらも、とめどなく湧き出るこの感情を抑えられない。


俺の足は気付けば廊下に向かっていた。


「色見くん」


呼び止められ、声の主である藤堂を見る。


「凛を、・・あの子を頼んだわよ」


俺なんかに期待してくれていることは、その強い目力だけでわかる。


「ごめんね、厄介ごと押し付けて。今の凛、攻撃的だし無理しなくていいからね?」


そんなバケモンと戦うみたいに言わなくても・・・


「なんとかなりますよ・・多分」


俺は謎の自信を胸に、教室を出て川霧がいるはずの会議室へと向かった。

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