彼、彼女の思惑は交われど平行線
放課後、展示室の飾り付けを終えた俺は気がかりだった会議室に足を向けた。
俺の予測では、会計が文化祭の成功への一番のネックなように思えたからだ。
俺への依頼は、藤堂からの「人手不足の解消」であるが、その根本を辿れば俺の目的は文化祭の成功なわけで。であれば、不安視される現場に赴くのは至極当たり前だろう、と柄にもなく仕事に前向きな自分に言い訳を並べながら、扉を静かに開ける。
すると、やはり泉は誰かと話していた。
今度は男の先輩と思われる生徒だ。
泉の隣の席にいる朝日ですら、仕事に集中していることを見れば事態はやはり深刻なのかもしれない。あのお喋りが、誰とも話す余裕がないと言うのはよっぽどだろう。
このまま川霧に進捗の確認を兼ねた手伝いの催促は意味がないことはわかっているので俺は心の中で謝りながら、忙しそうにしている朝日に話しかける。
「なぁ、会計の仕事って間に合いそうなのか」
「いや、正直・・・って当たり前ですよ!問題ないです、任せてください!」
ぎこちない笑顔を一旦見せると、すぐに仕事を再開する朝日。
・・・だめだ、こいつはこいつで泉の依頼を一人で引き受けたもんだからか、責任感でおかしくなってやがる。
川霧は決して俺に助けを乞わない。それは性格的な問題であり、信条的な問題だろうし、向こうが俺に取り合わないのはわかっていた。一方でいつもは素直な朝日も今回ばかりはその通りではないときた。
どうしようもない俺は、少しばかし逡巡する。
・・・気に食わないが、この状況をどうにかするにはこれしかない
俺は数歩だけ足先を伸ばし、平静を装って話しかける。
「泉、何か仕事手伝えないか」
俺は先輩と見られる男子生徒と話している泉の背中に問いかける。
急に名前を呼ばれた彼女は振り返って、机上においてあった紙の束を少しだけとって俺に渡す。
「ありがと、色見。ごめんね、私忙しくて。助かるわ」
「あぁ」
にしては、目の前でくっちゃべってるけどな!
渡す際にポンと俺の方を優しく触った泉に若干自分の頬がぴくついているのを感じながら、それを受け取ると
「待ちなさい」
鋭く、刺すような声色は会議室の空気を一変させ、視線を一気に集める。
声の主、川霧凛は俺の目をまっすぐに睨め付けて、皆の目など気にせず淡々と俺を責め立てる。
「おかしいでしょ。あなたは会場設営でしょ」
「ちゃんと自分の仕事はする。その上で余った時間を多忙なこっちの仕事にさくってだけだ、問題ないだろ」
「おお有りよ。縦割り仕事なのにあなたがそれを乱すと他の委員にも迷惑がかかるのよ」
「そうでもしないとこんなの間に合わないし、お前が潰れーー」
「部外者がうるさいのよ!」
顔を伏せ叫ぶ川霧の声は静かな会議室に反響する。
「・・・あなたはただの人数あわせなの。でしゃばらないで」
深呼吸をして落ち着いた川霧は祈るような、細い声で呟く。
誰もこの緊張感の中、何も言えないでいると
「えー。でも、それは色見が可哀想じゃない?」
演技がかった言い方で、川霧を煽るようなことを言い出したのは泉。彼女の挑発とも取れる口調にまんまと川霧は眉をひそめ、泉の方を見る。
「わざわざ生徒会でも、委員でもない人が惨事を見て助けたいって言ってくれてるんだよ?それを部外者だってヒスるのは違うでしょ。困った時は支え合い。だよね、みんな?」
後方にいる他の委員の方を向いて、賛同を促すと、誰ともいわずに泉の発言への肯定の空気が流れ出す。
それを感じ取った泉はニヤリとその顔を歪ませる。
「川霧さんもさ、一人で全部やろうとするのはいいけど、限度ってのがあると思うよ?完璧な人間はいないんだしさ。少しくらいは協力しようよ、ね?」
子どもを宥めるような言い方と場の空気も相まって、泉の方が正論で川霧がまるで世迷いごとを唱えている、そんな雰囲気になる。
別に俺にはどちらを糾弾する権利がないから、俺は中立だが。俺は考え方とか物事への取り組み方は迷う余地もなく川霧よりな上に、俺には誰かと協力して何かを成し遂げると言う経験があまりにも少なすぎて比較をしようにもそのサンプルが足りないので泉の論と川霧の論、どちらがより正当性があるかはわからない。
ただ、ひとつ確かにわかるのは、この流れは誰も得をしないと言うことだ。
先の泉の発言を俺なりに解釈すると、彼女はこう言ったのだ。
私はこれからもずっと仕事は他人に任せる。だってそれがみんなが理想としてる“協力”の形でしょ?
と。そしてこの集団で川霧を攻めるようなこの空気は、後に彼、彼女らの首を絞める、はずだ。
だって今この瞬間、現在進行形で泉の論を肯定しているのだから。
なんなら泉に倣って仕事を投げ出す人が出てきてもおかしくない。そうなれば俺一人でやれることは何もないだろう、結末は、変わらない。
「・・・」
無言で下唇を噛む川霧は何も言えずに下を向いている。
「ま、まーさ!色見くんも増えたことだし、みんなで頑張ろ!みんなでやればきっと間に合うからさ、ほら仕事仕事!!」
手を叩いて、みんなの心を入れ替えようとする朝日は明るい声をみんなの方にかける。
それを皮切りに各々席に戻り仕事を始め出す。流石の泉も先輩がこの空気から逃げるように出ていったので仕事をせざる終えないようで仕事に戻る。
それでも川霧は、まだ暗い顔のまま、一人だけさっきの光景を見ているような、心ここに在らずといった感じでボーッと、ただ椅子に座っている。
悪いな、川霧。これも全ては仕事のためだ。
俺はその隣で、心の中で謝りながら、俺も遅れを取り戻すようになれない仕事にしばらく励んだ。
ただ川霧の仕事を減らすという真の目的は果たせなかった。




