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きっと、これは始まり

『保健室』

 その看板を見て、俺は息苦しさを解消するため息をつく。


「行くか」

 

 俺は気合を入れて扉を開ける。

 

 滑り悪く開いた扉の先では、吹き込む風がカーテンを揺らしていた。

 香るのは、僅かな春の残り香。

 

 そんな保健室で、俺の視線は小さな背中に釘付けになる。

 彼女が見ている窓越しには、嫌味なほどな快晴がこちらを笑っている。


 朝日の後ろ姿を見て、俺は何を言うべきか悩んでから、絞り出すように言う。


「悪かった」


 俺の言葉に、朝日は何も答えない。

 不安げに朝日の視線を追うと、弱々しくカーテンが揺れる。


 小さな息遣い


「結局、ダメでしたね」


 優しすぎる声色。・・・だからこそ、それは俺の心根を抉る。


「せっかく、凛ちゃん達に並べるって思ったんだけどなぁ」

「朝日、その、今回俺は–––––」

「私、体力だけは自信あったんですけどね」

 口早に言葉を重ねる朝日。その言葉の根本には、会話たるものがない。

「朝日、あのな–––」



「何も・・・、言わないでください」



 横顔でもわかるほどに潤んだ瞳。必死な声色。ベットのシーツを力強く掴む拳。


 きっと朝日は気づいていた。


 俺が、何をしようとしているのかを。

 あの雨の帰り道での確信は、間違いではなかったんだ。


「和樹くん、私には、何が足りなかったんですか」

「・・・別に、お前に悪かったところは何一つもないだろ。全部、俺のせいだ」


 吐き捨てるような俺の物言いに、朝日は歯にかむ。


 そう、きっと、朝日が悪いことなんてない。

 

それが選挙だろうが、裏生徒会での日々だろうが、それ以外のことであろうが、俺と朝日との関係で朝日が悪いことだなんて、何もない。あるわけがない。


 だから朝日が俺の前で悲しげにするのは例外なく、

 俺のせいだ


「ほんと、和樹くんは意地悪です。これじゃ反省のしようがないですよ」


 一瞬顔を窓の方へ向けてから、こちらに向き直った朝日は元気に言う。


「・・・悪い」


 俺は朝日に顔向けすらできず、床に言葉を吐き捨てる。

 きっと、これから言うことは俺の自己満だ。俺のためにしかならない。

 

 けれど、それでも、言いたくてしょうがなかった。

 俺の本心を。

 俺の我儘を。


「朝日。俺はやっぱり、裏生徒会が」

「待って!」


 朝日はシーツのあった手を伸ばして俺の手を取る。とても強く、固く。


「わ、わたし、私でいいなら!一からでも裏生徒会を始めましょう。そ、そうだ!どうせなら、凛ちゃんも忙しいとは思うけど時々呼んで、またみんなで放課後・・・ほうかごに・・・」


 俺の右手を最初は固く握っていた朝日の両手は次第に崩れ、もはや縋るように俺の手を握っている。

 肩は激しく上下して、朝日の伏せた顔の先にあるシーツはぽつりぽつりとその色を濃くしていく。


「それでも・・ダメですか?」

「朝日・・・」


 キュッと力のこもった指先に、俺は鼓動が早くなる。

 嫌な緊張に胸が締め付けられる。


 取り残された俺と茉白。そこに朝日が戻ってきて、時々川霧がやってくる。

 自分でも驚くほど鮮明にその絵は想像できる。

 

 きっと朝日があれやこれやと話題を上げて、茉白が相槌を打って、時たま川霧が呆れながらツッコミを入れる。

 どれほど夢見た景色だろう。思い出すだけで胸の辺りが暖かくなる。

 そんな思い出。

 

 ・・・そう、もう、思い出なんだ。

 

 俺は精一杯の現実逃避で目を瞑ったままに応える。


「それはきっと、俺が欲しいものじゃない」

「・・・」

「俺たちはもう、戻れないんだ、あの日には。だから」


 俺は言葉に詰まった。

 それは、俺の頬に、震える微かな柔らかさと温もりを感じたからだ。


「もう、こんな時くらい・・・顔、見てよ」

「・・・朝日」

「ハハっ、ひどい顔」

 

 目を真っ赤に腫らした朝日は、目一杯に笑う。

 か細い彼女の指先で、俺の頬を上に引っ張る。


「笑ってください。・・・私、好きな人に悲しい顔はしてほしくないんです」


 そういって、また笑う。


 呼吸が止まる。

 身体中を、何かが駆け巡る。


「あっ・・・あぁ・・」


 嗚咽寸前の何かが喉をついたその時、何かが頬を伝う。

 せっかく目を開けたのに、見ようとしたのに、俺の視界は一瞬でぼやけてしまう。

 ハッキリとした輪郭は、何もない。


「もう・・・泣かないで・・くださいよ」


 泣き出しそうな、いや、もう泣きじゃくっている彼女のその言葉に、俺は笑いながら泣いた。

 微かに感じていた朝日の温もりも、今自分が立っている場所も分からなくなった俺は朝日の震える感触に安らぎを覚え、静かに嗚咽する。

 

 しばらくすると、今度は俺の目に優しくハンカツが当てられる。

 ようやくクリアになったその視界には、未だ目を腫らした朝日の笑みが。

 もう一度、彼女の両手は俺の頬を包む。けれど今度は、さっきまでとは意味が違うようだった。その手のひらの力が、そう告げている。


「もう、和樹くんは、大丈夫です。だから続きを、聞かせて下さい」


 微笑む朝日には、憂いはなさそうで、その力強さに俺は痛感する。


 なんてこいつは眩しいんだろう


 俺は大きく息を吸う。


「朝日・・・。悪い、お前の期待には・・・応えられない」

「・・・そっか」


 ふっと暖かさは遠のいていく。


 それに名残惜しさと不安を感じる自分の意地汚さをひっそりと感じる。

 朝日は俺の言葉を聞くと、窓の外を見た。その横顔は、もっと遠くを見つめているようにも見える。


 瞬間、大きく風が吹く。

 やはり香るのは微かな春の香り。


「私、ダメだったかぁ。これで初恋も終わりかぁ」


 そう言って朝日はベットに腰掛ける。

 体は窓の方を向いていて、直接はその表情を伺えない。


 こんな時にかける言葉がなんなのか、人生経験の少ない俺には分からない。

 けれど、


 たった一つ。俺と朝日との関係だからこそ、言うべき言葉がある。

 言わなきゃいけない言葉がある。


「朝日。お前は俺の、憧れだ」


 その想いだけは、ずっと前から。そして、きっとこれからも変わらない。


「もう、本当にずるいですね、和樹くんは」

「・・・その、正直、嬉しかったから、その・・なんというか」

「もう、やめて下さいよ!」


 ぱんぱんと手を叩いた朝日は、上体を軽く反って俺の方に表情だけを見せてニヤリと笑う。


「私フラれましたけど、それが諦める理由にはなりませんから」

「・・・強いな、お前は」

「はい。なんてったって、ずっと和樹くんに憧れてましたから」


 より一層、笑みを深くした朝日は体勢を戻す。


「さ、もう私も大丈夫です。しばらく寝てから帰ります。和樹くんは体育館に行って下さい。だって凛ちゃんの晴れ舞台ですよ?中学校の頃からの夢ですもん」

「あぁ。そうだな」


 俺は朝日がベットに入るのを見てから、横たわった朝日の背中に別れを告げる。


「それじゃ、行ってくる」

「はい、私の分まで頼みますよ」


 『行ってらっしゃい』が返ってくることもなく、朝日はあっけらかんと言う。

 その事実に胸を痛めながら、その痛みを忘れてはならないんだと扉を開けた。


 その時、背中を押すように風が吹いた。

 

 やはりそれは春の匂い。

 やはりそれは、別れの匂いだった

すいませんが、少しでも続きが気になると思ってくださる方は、ブクマ、評価等で応援してくださるとありがたいです。

とてつもなくモチベーションが上がります・・

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― 新着の感想 ―
完結した話ですが 序盤は楽しく拝読してました。 ここに来て、読むのをやめました。 多感な年頃ですね
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