土砂降りは何も聞こえない
次の日、俺たちの地区は突然の大雨に襲われた。
ここ最近急激に冷え込んだりと、なんだか天候が落ち着かない。
「あー、どうしましょう。私、傘持ってきてないんですよね」
演説練習のため空き教室にやってきた朝日は、窓の外を眺めながらそう言った。
「確かにお前、天気予報とか見なそうだしな」
「そうですね!私の場合、友達とかに借りれますからね!」
・・・。あれ、朝日ってそういう事言う人だっけ?
俺が静かに傷心していると、朝日は呟いた。
「もう一回、やります」
「・・・そうか」
ンンッとを軽く喉を鳴らした朝日は、顔を正面にむけ遠くに視線を送る。
ここしばらくずっと見ている光景だ。
演説が完成した朝日は、その日から空き教室で演説の練習を繰り返していた。
それこそ、喉が壊れるんじゃないかと言うくらい。
支援係である俺は本来なら止めなくてはいけなのかもしれないが、ただ見ることを選んでいた。
そんな後ろめたさを隠すように、俺は朝日の様子を眺める。
「みなさん、こんにちは。二年三組の朝日凪です。みなさんは–––––」
カラッと明るい声色が教室に響く。
演説の内容を暗記している朝日は、その視線を下げたりはしない。
あれから、朝日が屋上での一件について何か一語ることはなかった。
それこそ、まるであの記憶は嘘だったんじゃないかと思うほどに。
俺の方はというと、色々考えることがあると言うかなんというか・・・
そんな風に落ち着かない心地でいると、朝日は演説練習に納得がいったのか、俺の方を振り返る。
「よし、今日はこれくらいにしましょう!」
荷物を手早くまとめ終わった朝日は鞄を持つ。
「じゃ、私はこれで」
「いやいや、傘どうすんだよ」
早々と帰ろうとする朝日を俺は呼び止める。
とっさの土砂降りに、貸し出し用の傘がないことは確認済みらしいし、このままでは朝日はずぶ濡れで帰らなければならなくなる。
「え・・・走る?」
「脳筋すぎるだろ」
マジっぽく言うなよ。なまじ足が早いからガチで考えてそうで怖いよ
ンンッと俺は咳払いをすると、クールに言う。
「そ、その。か、傘貸すけど」
「和樹くんどうするんですか?」
・・・・
「「走る?」」
俺と朝日は共に小首を傾げ、朝日は小さく笑う。
「冗談ですよ。なら、私も傘に入れてもらって良いですか?」
「あぁ、そうだな。それがいい」
思ったより普通な朝日の態度に、なんだか経験値の差を感じ色々と悲しくなる。
雑談をしながら玄関に向かうと、想像よりも雨の音が強く俺と朝日は声が漏れる。
俺が持ってるのは折り畳み傘なので、これでは結局ずぶ濡れかもしれない。
そんな風に思いながら傘を刺して、玄関を出る。
「あ・・えっと、お邪魔、します」
傘のサイズが小さいせいか朝日は遠慮気味に俺へと体を寄せてくる。
傘を叩く雨音は、まるで俺たちしか世界に存在しないような錯覚を生む。
周囲は暗く、街灯もまやかしのように頼りない。
「そろそろだな。選挙」
「・・・はい」
感傷的な朝日の相槌に、俺は隣を見る。
普段であれば絶対に許されない近さにいる彼女は、俺の視線に気づいたのか、伏せがちだった顔をあげて、可愛く笑う。
「きっと、どんな最後が来ても、私には十分すぎるくらい、素敵な思い出です」
優しすぎる声色は、雨音の中でもハッキリと伝わった。
ほとんどもたれ掛かる様に体を預ける朝日は、頼りない。
そんな朝日の隣にいる俺は、どんな最後を彼女に望んでいるんだろうか。
「朝日。俺は、その・・・・今回」
ふっ、と俺の口に指が当てられる。
驚きながら朝日を見ると、目が合った。
「それ以上は、言わないでください」
そう言って、苦悶の表情ながら笑う。
瞬間、俺にはある確信が湧いて出た。
朝日は、気づいていたのか。俺の願望に。
何が原因で朝日に悟られたのか、俺にはわからない。
けれど朝日は、自分が望むものを俺が望んでいないとわかったまま、ずっと俺と毎日顔を合わせていたのか。
それがどれだけ彼女を痛め、苦しめてきたのか。いつも通りの笑顔の裏で、彼女は何を思っていたのか。
俺には、何もわからない。
「お願いですから・・・」
俺の体は、一層朝日に近づいた。
俺の腰あたりには、震える細い腕がそれを包んでいる。
朝日は俺に一方的に抱きついたまま、顔を俺の胸に預ける。
深く傷ついたであろう朝日を、慰めるために包容することすら、手が塞がった俺にはできない。
「私は、会長なりたいんです」
ギュッと俺のシャツを、朝日は弱々しく握る。
「だからもし、和樹くんに別の目的があっても、私は、私は!ぜーたいに、賛成なんかしないですからね」
すぐそこで俺を見た朝日を顔は、濡れていた。
それを見た俺はきっと、戸惑いの表情を浮かべていたのだろう。
「あ・・・あれ、なんでかな。傘さしてるのに、ハハ」
そう言って俺の腰に回していた腕で涙を拭う朝日。
「よし」と小さく言った朝日は俺から離れる。
急に俺と朝日の間の温度が下がる。
「それじゃ私、行きますね!」
「いや、雨が」
「大丈夫です。私、ここから近いですから!」
「いやそれでも」
「じゃあ明日、頑張りましょうね!」
俺の静止の声なんて聞かず、朝日は傘の外へと駆け出していった。
追いかけないと。そう思っているはずなのに、俺の足は動かない。
すぐにその背中は、暗闇へと消えていった。
今の俺には、雨音すら聞こえない。
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