ようやく言えた不正解
次の日。つまりは選挙までのこり3日。
俺はストレスで胃をキリキリさせながら放課後を待った。
いや、日和ったとかじゃないから!
朝日は休み時間になると、まるで殻で身を守る生物のように、周囲に友人を纏っているため話しかけにくいのだ。
大丈夫、結局諦めて帰るとか、そんな半端なことは絶対にしない。
だってさっきから授業が終わる度に茉白から
『一限、終わり』
『二限、終わり』
って謎のカウントが送られてくるんだから。
多分カンストすると不幸が訪れるタイプのギミックだ。
ついに茉白から『六限、終わり』と送られてくると、周囲は急に騒然とし出す。
帰りの予定、部活の愚痴、そんな様々な他愛もない会話の中から、後方の声に聞き耳を立てる。
どうやら朝日はもう帰り支度を終えたようで、教室を出ようと周囲に別れを告げている。
「それじゃーね!」
明るいその声を、俺が聞き逃すわけがなかった。
俺も同じタイミングで立ち上がると、廊下へと向かう。
朝日は後ろの扉からそのまま右折して進んでいくため、前の扉から出た俺は徐々に離れていく朝日の背中に焦りを覚える。
廊下を移動する生徒を躱しながら、その背中を追う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!朝日」
俺の言葉に、朝日は足を止める。
よかった。声が届いた。
その当たり前だったはずの事実に、俺は心が軽くなる。
けれどすぐに朝日は、今度はタッと小走りで進み出す。
「お、おい!」
今度は立ち止まるなんてことはなく、朝日はどんどん進み、階段を上がっていく。
☆☆
一体どれだけ走ったか。もう足腰は長いこと痛みを覚えている。
けれど、
俺は屋上へと続く階段の先に見える扉を見つめて思う。
「もう、逃げれないぞ」
それは朝日なのか、俺自身に向けられた言葉なのか、わからない。
長細く息を吐いてから、俺は扉を開ける。
大きく風が吹く。
うっすらと春の残り香が鼻腔をくすぐり、心がキュッと締め付けられる。
その先で、いまだに俺に向けられた背中が一つ。
「・・・朝日」
その声掛けに、朝日は振り返らない。
「その、悪かった。あの時、俺はただ『お前と噂されるのは、俺自身は問題じゃな
い』って言いたかったんだ」
返ってくる言葉はない。
何が足りないのか、何を伝えるべきかわからない自分が情けない。
どれだけ待っても、聞こえるのは遠くの部活動の喧騒だけ。
「私は、嬉しかったんです」
やっと聞けた声は、周囲の喧騒や風にかき消されそうなほどにか細い声。
頼りなく震えながら、懸命に続きを紡ぐ。
「和樹くんと二人で選挙の準備したり、放課後にスイーツ食べたり、どうでも良いこと話したり。そんな、二人だけの小さな思い出があることが、嬉しかったんです」
笑いながら言っているはずの朝日の声は、どうしようもなく俺の胸を苦しめる。
「だからこそ、変に噂になったのは、嫌でした」
確かに周囲の目を気にせず、あんな風に振る舞っていた俺たち自身にも責任はある。
けれど、それをあえて囃し立てるのは気に食わなかったのだろう。
「大切な、私だけの・・・私と和樹くんの思い出を、あんな風に悪意を持って言い回されるのは、悲しかったんです」
朝日は自身の背中を、柵に預けることなくまっすぐ立って、まっすぐこちらを見る。
彼女はもう、後ろに何もない場所に立っている。
そんなただの立ち位置にすら、覚悟の違いみたいなものを見出しては悲しくなる。
この感情は朝日とは違う悲しさだと言うことは、間違いなかった。
そんな風に考えていると、朝日は「でも」と続けた。
その声に、俺は改めて朝日の顔を見る。
その表情はどこか自嘲気味な笑顔だった。
そして彼女は後ろを振り向いた。
「私、ダメですね。それでもどこか心の隅で喜んでる自分もいたんです」
遠くで、鳥が鳴いた気がした。
瞬間、俺は悟る。
きっと、今日を境に、俺と朝日の関係は決定的に変わってしまう。戻ることはできないんだと。
だからと言って、俺は何かができるような人間ではない。だからまた俺は立ち尽くす。
そんな俺を見て、朝日は言う。
「私と和樹くんが噂されるってことに、怒らないといけない。不快だって言わないといけない。そのはずなのに、私は軽く否定するくらいしかできなかった。したくなかった」
朝日はまた笑う。
「もう私、逃げません。進むしかないんです。だから、この気持ちとも、サヨナラです」
今日一番の春風が吹く。
朝日の髪先は、それを受けてまるで宙を舞うように揺れると
「大好きです、和樹くん」
ようやく振り向いた彼女の表情は暖色な明かりに照らされ、キラリと目尻の涙がきらめていた。
口角を上げて笑う彼女は、戸惑う俺に指を刺す。
「朝日、」
「でも!返事は選挙が終わるまで、言わないでください」
「・・・どうして」
「だって、約束だったじゃないですか」
朝日はこちらに歩み寄ると、俺の両手をそっと握る。
その彼女の手には、この前のような暖かさはない。
「私が、会長になると、振り向いてくれるっていう・・・約束だったじゃないですか」
コツンと頭を俺の胸に預けた朝日は、俯いたまま何も言わない。
俺はそんな朝日を見ることもできず、ただ遠くに沈むいつかの朝日を眺めていた。
続きが気になると思ってくださる方や少しでも楽しんでいただけた方は、ブクマ、評価等で応援してくださるとありがたいです!
とてつもなくモチベーションが上がります・・




