いつまでも、きっと無自覚に傷つける
仲直りする。
言うは易く行うは難しである。
と言うのもあの日以降、朝日は放課後になるとすぐ教室を出て行くようになったのだから。それに、俺の方もそんな朝日の動向に安堵している節がある。
けれどこのままだと、会うたびに茉白の態度が冷たくなるので、良い加減どうにかせねばならない。
いや、マジで最近やばいから。図書館に行くと『来るとこ、ここなの?』みたいな冷ややかな視線で、一切口を聞いてくれないのだ。・・・そのくせ毎日図書館に居るのだから謎である。
放課後、また今日もそそくさと帰宅する朝日の姿を眺め終わると、俺は胸中の不安を消すように課題に集中する。
俺は友達がいないため、俺の脳は自教室を勉強するためだけの空間だと認識しているのかもしれない。それくらい集中できるのだ。
・・・悲しきかな
どれだけ周囲が騒がしくても課題に取り組んでいる時の俺は止められない。
「ちょっと」
そう、それこそ教室がザワザワし出しても。
そう、それこそ声をかけられたとしても!
「話聞きなさい−–−ッ!」
「痛っ!?」
唐突な側頭部の衝撃に俺は我に帰る。
見ると、見下し気味に腕を組んでいる川霧が。
そして川霧がこのクラスに来たからなのか、それともその上あの川霧が俺に話しかけているからなのか、不思議そうに騒ぎ出す周囲の生徒たち。
このタイミングでこの態度。俺は確かにアホだが鈍感ではない。これはきっと、朝日関係だ。そう確信する。
俺はそう全てを悟ると、黙って荷物をまとめて立ち上がる。
「ついてきて」
その様子を確認すると、踵を返し、凛々しく廊下へ闊歩する川霧。
俺はただ、そんな彼女の後ろを黙ってついて行った。
着くとそこはもちろん空き教室だった。
川霧は俺を最初に空き教室へと誘ってから、後ろ手で勢いよく扉を閉める。
「良い加減にして」
冷たくそういった彼女に、俺は合わせる顔がなくて、俯いた。
「いつまでぐずぐずしてるの。あの子、ずっと辛そうじゃない」
「しょうがないだろ、あいつが俺から逃げるんだから」
何もできない自分への苛立ちは、逆上となって口から溢れる。
自分の浅ましさが、嫌になる。
「和樹くん、これは経験者としての命令。多少無理をしてでも接点を作りなさい。それが、人を傷つけた側ができるせめてもの償いよ」
「俺があいつに近寄ること自体が、あいつを傷つける場合もあるだろ」
「バカにしないで。あの子はそんなに弱い子じゃない。もしあなたの歩み寄りが不快なら、はっきりとノーを言える子よ。・・・そんなことくらい、わかってると思っていたわ」
川霧は怒りと呆れが混じったような視線で俺を見る。
わかってる。俺から出る言葉は全部言い訳なのは、俺自身が一番、わかってる。
「でも今は少しは待つべきじゃ」
「バカ言わないで。もう時間がない。私は、間違いに気づいたのはだいぶあとだった。でもあなた達は、まだ間に合う」
その瞳には切ない力強さがあった。
だからこそ俺はその瞳に飲み込まれそうになる。
「私はあの子とあなたとの間に何があったか知らないし詮索をする気もない。でもね、ライバルでもあり大切な友人を杜撰に扱われるのは我慢ならないわ」
一方的な物言いに、俺は資格がないとは分かりながら苛立ってしまう。
「俺と朝日の問題だ。別に良いだろ、どうでも」
俺と朝日、そして川霧。それぞれ単一の関係は、今でも変わらない。
けれど、俺と川霧と朝日を含んで、一緒に繋ぎ止めていた裏生徒会は、なくなったんだ。
なら俺と朝日の問題は、俺と朝日だけに選択が委ねられた問題のはずだ。
そんな俺の子供じみた言葉を聞くと、川霧は俺を睨みつけ俺の方へと歩き出す。
目と鼻の先。そんな距離感まで俺に近づいた川霧は俺に手を上げる。
思わず目を瞑る。
すると、俺の頬に優しい手が触れた。
目をそっと開けると、川霧は儚げに笑っていた。
「・・・あなたの考えはわかったわ。なら、もう何も言わない」
それだけ言うと、川霧はまた弱々しく笑う。
ふっと、微かに感じていた温かみも一瞬で消えていく。
それが俺をどうしようもなく不安にさせる。
「それじゃ、さようなら」
振り返ることなく去っていった川霧に、俺は固まったように、呼吸することすらできなかった。




