個人面談
あれから俺と茉白は並んで帰ったが、特に盛り上がるわけもなく、それはもう静かな帰路だった。
時たま茉白は横目で俺の方を伺っては不機嫌そうにしていたが、怖いので目をあわせずに無心で正面を見続けた。
あのね、ため息するのやめよ?案外怖いの、それ。
もちろん家に帰ってから応援演説の原稿を書くなんてこともなく、俺は何をせず惰性的に放課後を潰す日々が続いた。
そんなある日のことだった。
相も変わらず俺と朝日が放課後の閑散とした教室で作業をしていると、俺を呼ぶ声がした。
「おい色見・・・って、お前ら本当に自分の教室で見せつけてんのか」
久しぶりに聞いた気だるげな声でだる絡みをしてきた成美先生は、廊下の窓に肘をついて俺たちを見ていた。
「なんですか、もう用事はないんじゃないですか?」
「そうツンケンするなよ」
成美先生は俺たちの様子をもう一度確認してから小さく笑う。
「悪い朝日、こいつ借りてくぞ。こい、色見」
有無を言わさぬ速度で腕を掴まれた俺は、成美先生に引きずられるようにして教室を出た。
☆☆
「さぁ、面談だ。入れ」
連れてこられたのは数学科準備室。
数学の教師が授業のための備品なり教材なりをしまうために存在する部屋だ。
まぁ、実質成美先生の休憩室になっているんだけども。
おおよそ学校の内装にはそぐわない大きなソファーに深く腰をかけ、足を組んだ成美先生は、対面にある同様のソファーに座れと顎で指示してくる。
俺がソファーに腰掛けると、成美先生は足を組み替える。
「聞いたぞ、お前朝日の応援演説やるらしいな。航からは会長に推薦されなかったのか?」
「されましたけど断りました。柄じゃないし」
俺の回答に成美先生は「そうか」と適当に相槌を打ってポケットから缶コーヒーを取り出す。
「意外だな、私は選挙自体にかかわらないと踏んでいたんだがな」
俺は突沸のように湧き上がった感情をグッと堪える。
わかっている。裏生徒会がなくなったのは、成美先生のせいではない。
ただ、あまりにも他人事のような態度が鼻につく。
「できることならそうしたかったですけど」
俺の言葉に成美先生はピクリと片眉を動かす。
「こうせざるおえなかった理由とは?興味があるな」
「・・・別に、ただの依頼ですよ」
茉白との個人的なやり取りを他人に漏らすのは申し訳なく、俺は言葉を濁す。
すると成美先生は缶を机に置くと目を伏せて呟いた。
「もう、裏生徒会はないのにか」
「別に、俺個人が受けるなら関係ないでしょ」
むきになった俺に、成美先生は何も言わない。
ただ静かに、正面の俺を見据えるだけだ。
時計もないこの空間では、わずかな沈黙が長く重く感じる。
「それは一体、誰のためなんだ」
唐突な質問。けれど俺はもうその答えを知っている。
「自分のためです。他の誰かのためとか、そんな綺麗なもんじゃないですよ」
裏生徒会を続けたい、これは茉白の口から語られた思いであると同時に、俺の願いでもある。
であれば、今回の茉白の依頼は他の誰でもない俺自身のためだ。
本来は俺が俺だけのためだけに行動すべきだ。
けれど俺には資格がなかった。だから俺は茉白を巻き込んだ。
ほろ苦さを覚えながら、成美先生を見つめ返すと、先生はふうっと息を吐く。
「・・・救われないな、君も」
「えっ?」
俺は先生の含みのある言葉に戸惑う。
「『自分のため』であるなら、なぜ茉白の依頼で動くんだ」
「それは・・・」
俺には自分本位で動く資格がない、そう判断したからだ。
けれどこの結論だけを伝えても先生には伝わらないだろうと考えた俺は、一体どこから話すべきか逡巡する。
すると先生は俺の答えを待たずに続けた。
「それはきっと、わからないからだ。自分の位置が」
「位置?」
成美先生は疲れた時のように天井を見上げ少し浅く腰かけ直す。
「裏生徒会を続けたい君、頑張る友人を妨げてはいけないという君、友人を見て自分も前に進まなければと焦る君、そんないろんな自分が自分の中でぐちゃぐちゃになってるから、他人に頼るしかないんじゃないのか」
「先生に何がわかるんですか」
先生の言葉が進むほど押しつぶされそうな心地になり、最後には強い口調で反論してしまった。
睨む俺を目だけで捉えた先生は「悪い」と呟いてため息をつく。
ひどく消耗した様子で先生は変わらず上を見つめている。
「どうしていいか分からない、そんな状態で悩んで出した結論が正しいわけがないんだ。ましてやその結論に他人を関与させれば、待っているのは孤独な辛さだぞ」
まるで自分は俺のいく先を知っている、そんな風な物言いに俺は戸惑いを覚える。
「そもそも、俺のためだって言ってるじゃないですか。別に、どうしていいか悩んでいるわけじゃない」
「ならどうして返事を保留したんだ」
「それは・・・」
自分に言い聞かすような発言に鋭い質問をする成美先生に苛立ちながら俺は足元に目を落とす。
自分の位置、か
俺はもう迷わない。そう決めたつもりだった。
俺は俺と茉白のために裏生徒会を守る。それが例え川霧と朝日の夢を邪魔することになっても。
そのはずなのに、俺は成美先生の言葉に、まるで図星をついたように、息苦しさを感じた。感じてしまった。
結局、俺は前に進んだ気になっていただけなのか?
そんな不安と疑問が頭をよぎると、本当に自分の足元がぐにゃりと歪むような錯覚がして小さく頭を振って改めて先生を見る。
天井を仰いでいた成美先生はおもたそうに自分の上半身を起こすと膝の辺りに肘を置いてこちらを見た。
その顔を見て、俺は言葉を失った。
こんな先生の顔は、見たことがなかったからだ。
「お前はきっと、後悔する」
そう呟いた先生の表情は憔悴しきっていて、両目は焦点があっていない。
「だから頼む、色見。今回の応援演説、降りてくれ。でないと、私はきっと・・・」
やがて先生の焦点が俺に合うと、切実な声色で囁いた。
「お願いだ。このままでは君も、傷つくんだ。君にはこの道を通ってほしくない」
光が消えかかったその瞳は、それこそ最後の命の灯火でも灯しているような儚さがあった。
そんな儚さを前に、俺は先生を心配しながらも、静かに怒りを抑えていた。
きっと成美先生は、なぜかは分からないが俺に自分自身を投影している。
そして、だからこそ、痛切に呼びかけているのだ。
今のお前の行こうとしている先は地獄だぞ、引き返せと。
このままじゃ、私と同じお前は、私と同じ地獄を見るぞ、と。
ふざけるな
俺の必死な悩みを、そんな気安く自分にもそんなことがあったなだなんて大人のアルバムに溢れた写真の中の一枚みたく扱わないでくれ。
お前にとっての地獄が、俺にとっても同様だと何を根拠に言っているのだ。
そんな屈折した苛立ちが沸々と湧いてくる。
自分の顔を覆うようにしている先生の腕にある腕時計が目に入る。
もう時間だ。俺にはやらないといけないことがあるんんだ
そう思い立って、俺は立ち上がる。
「先生が俺を気にかけてくれているのはわかりました。でも、俺は大丈夫ですから」
「色見」
「それじゃ俺は行きます」
そう言って俺は背中を先生に向けて廊下へと向かう。
扉に手をかけると、後ろから声が掛かった。
「お前は、強くなったな」
言葉の割に、嘲るような口調に振り返ると先生は自分の片手を抱き寄せるようにして視線は伏せていた。
俺はなんて返せば分からず少し悩んでから、明確に浮かんだ答えを口にした。
「ただ、諦めただけですよ」
それだけ言って、俺は扉を閉めた。
そして俺は下唇を噛む。
強くなった。それは一番俺に似合ってはいけない言葉だ。
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