好きな人
「さーっ、やりますよ!凜ちゃんにこのままじゃ負けちゃいます」
「お前さ、そのバイタリティはどっから来るの?あいつの話聞いてた?お前の結果は良くて副会長だって言われてんだぞ」
「え、そうだったんですか!?お前は120%でがんばれってことだと・・・」
愕然、といった感じで両手で口をふさぐ朝日。
こいつポジティブすぎんだろ・・・。お前なんでもポジティブに翻訳するコンニャクでも食べてんの?
朝日は俺の視線にゴホゴホと咳ばらいをすると改まった口調で言う。
「でも、それって凜ちゃんが対等に私を認めてくれてるからだと思うんです。わざわざ副会長だなんて、最初の頃なら『あなたが選挙に出る?どうでもいいわ、敵にすらならないもの』みたいな感じだったと思いますから」
嬉しそうに目を細める朝日に偽りはないように見える。実際川霧は朝日を他の人間よりも大切に思っている節はあるので朝日の解釈は正しいように思える。
けれどそれは、より川霧に勝つことが難しくなったということでもある。
もし川霧が朝日を対等に見ず、舐めているならばつけ入る隙もあるのかもしれないが、今回ばかりはその線は厳しそうだ。
・・・まぁ、それ自体が必ずしも悪いことだとは思わないが。
「はぁ、本当に面倒なことになった・・・」
「大丈夫です、絶対。私、和樹くんとならなんだってできる気がしますから」
より一層笑みを深めた朝日に連れられ俺は鼻を鳴らす。
どこまでもこいつは真っすぐで、どこまでも眩しいのだ。
そんな姿に俺は心の中で敬礼をしてから宣言する。
「決めた、俺は政策だとかお前のスピーチを考える手伝いはしないからな」
「なら無理じゃないですか、真剣に考えてくださいよ」
「真剣に考えんのはお前だよ・・・。なんでそんな真顔なの?」
驚きが返ってくると思ったが、目を丸くして俺が嘘を言っていると思っていそうな朝日の言葉に俺は肩を落とす。
「お前の目的は川霧とか・・・俺に、追いつくことなんだろ?ならここで俺を頼っち
ゃダメだろ」
「もちろん、わかってます。冗談ですよ」
大人びた声色でそう告げる朝日を見る。
開かれた窓からは、春の匂いをのせた風が吹き込み、朝日の髪を軽く撫でている。
優しい笑みを浮かべた朝日は、俺の目を見てから手元の紙に視線を落とす。
「だって、あまりに和樹くんが当たり前のことを言うから。そもそも、そんな発想が出る時点で和樹くんは過保護すぎます。小学生の頃から私、ちょっとは成長したんですから」
朝日は腕を組んで、ふんっと胸を張る。
・・・まぁ、成長はしてるか。視覚的には
「だから和樹くんは自分のスピーチを考えてください。私にとっては和樹くんが味方にいることが大事で、それ以上は、何も、望んでませんから」
変に感傷に浸ったその物言いは、適当な相槌をすることを許してくれそうにはなく、俺はただじっと、その様子を見ていた。
––––––––––––––––
あの日以降、俺と朝日は放課後自教室の隅で作業を進めることとなった。と言っても俺の方は特にやることもなく、唯一の仕事である応援演説の作成も本人の前では腰がひけるので俺はただ課題をこなし時間を潰すことに専念した。
うめいたり雑談したりと騒がしい朝日に付き合うのが仕事といったところだろうか。
俺はチラリと真剣な顔つきの朝日を見る。
普段の馬鹿っぽい感じで・・・というか馬鹿さで忘れがちだが、朝日は校内でもそこそこ人気な女子なのだ。
正直自教室で机を合わせ、朝日と顔を突き合わせるのは落ち着かない。
少なからず残っているクラスメイトや廊下を行き来する生徒から好奇の目を向けられるのだから。
まぁ流石に放課後になってからしばらく経つと、教室も廊下も人気がなくなるからそれまでの辛抱だ。
今日もまた、二人きりになると朝日は取り留めないことを聞いてくる。
「うーん、和樹くんは何か学校への要望とかあります?生の声があると考えやすいんですけど」
「そうだな、留年の仕組みをなくすことだな」
「まぁ、学校によってはないんですもんね。って、それ私が言ったらなんか、こう、説得力がないというか・・・」
朝日は自分の成績の悪さを嘆き頭を抱える。
公約は誰から見ても分かりやすい判断基準なだけあって、朝日も慎重になっているのだろう。他の立候補者と被らないようにと。
その点、さっきの案はいいと思うんだけどなぁ。だって川霧から成績最下層な奴らのための公約なんて出るわけがないだろうし。実際問題、実行可能かは置いておいて。
朝日は、はぁとため息をつくと今日もまた綺麗な茜に染まる空に視線を送る。
「そういえば、私たちが再会した時って留年の危機でしたね。なんだか懐かしい気分です」
「あれをそう捉えていいのかは疑問だけどな。再会って言っても俺はお前のこと覚えてなかったし、留年って話もある程度はマジだったのかも知れんが結局は成美先生の雑用係を作るための口実の側面が強かったしな」
「再会の部分は間違いないですぅ、私はずーっと覚えてましたから」
俺に顔は見せないままで、明らかに膨れっ面な朝日は足をバタバタとさせる。
彼女と俺が小学校時代に同じクラスだったのは、もはや疑いようのない事実なのだけど如何せん記憶力が弱い且つ他人にそこまで興味のない俺は、裏生徒会のメンバーの中で朝日だけ昔から関わりがあると言う事実に変なこそばゆさみたいなものを感じている。
そんな時だった、朝日はなんてことない口調で呟いた。
「和樹くんは、今好きな人っているんですか」
「は、はい?」
思っても見ない質問に俺は慌てて朝日を見る。
けれど彼女は未だ用紙を見つめており、いつもの雑談のための話題に過ぎないようだ。
・・・変に力んだ俺が馬鹿みたいだ。
変に緊張するな、色見和樹。落ち着け、なるべくいつもの風に応えるんだ。
「いねーよ。そもそも俺の友好関係知ってるか?鎖国状態だぞ。そんな中で好きな人って、次元一つ下げるしかなくなるだろ」
「・・・」
あれ、滑った?やめて恥ずかしくなるから。
俺はらしくない、まさに青春!といったテーマについて話すだけで恥ずかしくなっているというのに、その上こんな恥辱まで受けるなんて・・・。
俺は気まずさを振り払うように聞く。
「おい、人に聞いといて自分が言わないのはズルだろ。お前はどうなんだよ」
・・・え、時が止まったんだけど。
俺はさっきまでとは違う沈黙の重さを感じ、内心慌てふためく。
いやいや、相手から話しかけてきた話題が地雷とか不可避だろ!?
思えば、どうして柄にもなく踏み込んだのだろうか。
俺は身分不相応な会話をしていることに気づき、こそばゆさを感じ始める。
「あー、もうやめだ。ほら、公約ささっと考えろ。これがなきゃスピーチだって出来やしないんだから––––––」
「いますよ、好きな人」
唐突なその声に、俺は言葉に詰まった。
そのせいで出来た間を気遣ってか、朝日は続ける。
「その人は、ずっと私の憧れなんです。本当に何もかも私とは正反対なんですけど、一緒にいて楽しくて、周りがパァッて明るくなる感じがするんです」
声色、言葉、そして甘っずぱい心の中の柔い部分を言い当てる言葉を探すそのわずかな時間には、純粋で純真な好意がありありと現れていて、俺は軽く顔を伏せる。
眩しすぎる彼女に、何を言うべきか逡巡してから
「・・・そうか。そいつが優しいやつなら、いいんだけどな」気づけば俺は、祈るよ
うな口調で、そう呟いていた。
「はい、その人は危なっかしいくらい優しいです」
脆い笑顔で、朝日は笑った。
その瞳は、夕焼けのせいかいつもより爛々と輝いていた。
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