共犯
しばらく俺は、人目も気にせず泣き続けた。
その間、茉白は背中を摩ったり、宥めたりせず、ただじっと俺の横に静かに座っていた。
その距離感が、俺には心地よかった。
やがて俺の嗚咽が落ち着くと、茉白は何でもない風に語り出す。
「私ね、裏生徒会、大好きだったの。でも、川霧さんも、朝日さんも大切な友達だからさ、どうすればいいんだろって。でも正直、私は今のままがずっと続いてほしいな」
珍しく本音を覗かせた茉白は、まだ遠くを見つめたまま、足をゆっくりとパタつかせている。
「すごいよね、二人とも。半年以上さ一緒にいたのに気づいたら遠くに行っちゃったー、みたいなさ」
悲しげな声色で、茉白は小さく笑った。
「私はふたりが選挙で成功してほしいって思ってる。それでも、どこか胸の隅のほうで悲しい気もして。でも、それじゃだめだしそんな事思ってもダメだから、友達ががんばるんだから応援しなきゃってそんな独りよがりな思いを抑えようとしても、それでも何回も二人に生徒会に入ってほしくないって思っちゃう。それでもふたりには夢を叶えてほしい。わたし・・・・わからないよ・・・色見くん。私は・・・なんなのかな」
それは全く持って論理性がなく、めちゃくちゃなワガママだった。
それはつまり、俺と茉白が似ていることを意味していた。
「こんなの子供みたいなワガママで、全く友達のこと考えてないから、あー私って冷たいのかなーって自分にガッカリもして」
そこで茉白と俺は見つめ合う。
二人とも力なく笑う。
全くだ、こんな幼稚な自分にがっかりする。
「まぁ、でもあれだ。あいつらだって自分勝手なんだ。俺たちだって恨むくらいのことは許されるだろ」
あえて大袈裟に言ってみると茉白は「そうだね」と笑う。
別に俺らがあいつらのことを憎んでいるかと言われればそうではない。あいつらからすれば当然の判断で、利他的に行動をする人間なんかいないのだから。
俺たちも、あいつらも互いに自分勝手でワガママなのは、もう十分に知っている。
ただ俺らと川霧、朝日との違いを上げるとすれば、その勝手を行動レベルにまで引き上げているかどうかだろう。俺らは、いや、少なくとも俺にできることとすれば、まるで将来に望みのない人間が社会に責任転嫁するように、不平不満をぼやくしかできない。俺はもう、痛感したから。他人の人生に踏み込む資格のある人間ではないと言うことを。
「いっそのこと、色見君も選挙でちゃう?応援するよ、私。情けで」
「会長みたいなこと言わんでくれ」
「会長って二宮先輩?何言われたの?」
きょとんと思っても見なかったと言うような表情のましろ。
そうか、あの話は誰にもしていなかったのか。
それから俺は茉白に、あの忘年会後にあった件を一通り話した。先輩目線からの俺の評価が自己認識と食い違う部分が多く、気恥ずかしかったのであくまでも概要だけにとどめた。
「・・・やっぱりあの会長、変だよね。主に頭が」
「最近お前の攻撃性が高くなってて俺心配だよ」
「・・・それで、立候補する気はあるの?」
「いや、多分ないと思う」
「何、多分って。それに自分で言っといてだけど、そんなことしたら私、怒るから」
実際、少しだけ考えていたことだ。俺が会長選挙に出てもし会長になれば生徒会本部に裏生徒会のメンバーをそのまま移籍させることはできるのではないかと。会長が俺か朝日か川霧になれば、書紀の枠に茉白そして副会長になれなかった三人のうちの誰かを指名すればいいのではないのか、と。
そうなれば俺が会長になる必要もないのだが、如何せん川霧と朝日がこの択を取るとは思えないのだ。
あいつらは“成長”したのだから。俺とは違うんだと、知ってしまったから。
もちろん俺のワガママをアイツらに話すのもなしだ。それではきっと、意味がないから。
だからこそ俺は立候補するのが一番期待値が大きい択なようにも思っていたのだ。
けれどそんなことを許す余地もなさげな茉白の歯に衣着せぬ物言に俺が面食らっていると、茉白はこれまで裏生徒会に残るはずだった俺に裏切られたとでも思ったのか、不安そうに体を寄せてきた。
「!?」
「・・・ちょっと疲れたから、しょうがないよ」
まじかで聞こえる茉白の透き通った声に、俺は全身が強張る。
隣を見ると、安らかそうに瞳を閉じている茉白の顔がすぐそこにあって、小さな呼吸の音すら聞き取れる。
思えば、こいつを見たのは入学式の日だった。式が終わった後の中庭で茉白を見つけ、その存在の透明さに、つい見入ってしまったものだ。
茉白の横顔を見つめながら、思い出す。
裏生徒会、最初の依頼主は茉白だったことを。
あれから滅茶苦茶にらしくない生活が始まったんだったな。
『私は今のままがずっと続いてほしいな』
ふと浮かぶのは、さっきの茉白の言葉。
そのフレーズは、俺の心そのもので、苦しいほどに、その気持ちがわかってしまった。
それこそ、また勘違いをしてしまいそうになるほど。
「私たち、似てるのかもね。不服だけど」
「・・あぁ」
きっと俺は変われない。
昔も、今も、そしてこれからも、同じ間違いを繰り返すんだろう。俺はそう確信する。
だって、今も、らしくない考えが、頭をよぎったのだから。
「もし、俺が『裏生徒会を続けさせられるかもしれない』って言ったらどうする?」
「・・・・」
茉白は俺から体を離すと、俺の顔をじっと見る。
気づいてしまった俺は、興奮を抑え、なるべく平坦に言う。
「だけど俺には、そんな資格がない。だから、茉白さん、頼めないか」
俺の言葉に茉白は唇をキュッと噛む。
「・・・何の話か、わからないなあ」
「ただ俺には裏生徒会を存続させられる方法を見つけたかもしれないってだけだ」
「そんな夢みたいな方法があるなら言ってよ、私がするから」
その口調からするに、茉白もきっと気づいていたんだ、その方法に。
「・・・どれは無理だ。今の状況からするに、俺しかできないんだ」
俺と茉白の間に、強く冷たい風が吹く。
その間もずっと俺たちは目を見合う。
見つめ合うとかそんなものではなく、どちらかというと猫の喧嘩の前みたいな緊張感がある。
「・・・だめ、絶対に」
「どうして!これなら、お前の望みを叶えられるかもしれないんだぞ」
「私のためなの?」
強い口調で、そう呟いた茉白に、俺は言葉が詰まる。
もはや睨むと言った方が適切な剣幕で、茉白は続ける。
「それさ、結局誰が喜ぶの?苦しんで決断を出したあの二人?それとも私や色見くん?何をするのか私は知らないけど、それで本当にこれまで通りの関係でいられるの?」
「ま、待てよ。なんでそんなに怒って––––––––」
「怒ってない」
食い気味に否定する茉白からは、俺の考えは何があっても否定するという強い意志が見て取れる。
そりゃもちろん、俺の目標が達成されると言うことはイコールであいつらの人生を滅茶苦茶にしてしまうことになるわけで。
だからこそ、俺にはできない。
誰かの人生を駄目にしていいだけの、資質がないのだから。
「これはきっと、俺のためだ。でも、今更俺は、理由もなく欲しがることはできないんだ。だから茉白さん、頼む。・・・友人としての、お願いだ」
最低だ。
こんな人情を人質にとるような方法は。
けれども、何かを得ることはきっと何かを捨てることなはずだ。俺みたいな不器用なら。
茉白は何も言わず、じっと俺の目を見る。
そこに攻めるような色はなく、ただ俺の意志を確認するような視線を俺に送る。
そしてやがて、彼女はため息を大きく吐いた。
「わかったよ。でもこれは優しさでもなくて、ワガママでもなくて、誠意だから。私が弱みを見せてしまったばっかりに、色見君が張り切ることになっちゃったことへの、誠意だから」
「茉白さん・・・」
茉白はひどく悲しげに笑って言う。
「色見くん、裏生徒会を、守ってほしいの。お願いできるかな」
俺の手を握る茉白の手は震え、彼女はポツリと呟いた。
「ごめんね、こんな私で」
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