独りよがり
俺はあれから、決して何を言う気にもなれなかった。いまだに往生際悪く、どこですれ違ったのか、さっきの朝日への回答を遅らせてよかったのかとか、答えのない疑問がとめどなく湧き出ては俺を不快な気分にさせる。
どれだけの時間を要しても、それが解消することはないのだろう。何もかも、無駄なのだ。
俺がぼぅと窓の外を見ながら考えに耽っていると、制服の肘あたりが引っ張られた。
「・・・なんだ」
その主は茉白以外の誰でもないが、彼女は何も答えない。
グイと、また一回引っ張る。
「・・・」
グイグイと、追加で2回。
「だからなんだよ」
俺は後ろを振り返ると、茉白は顔をやや伏せ、その表情には何も感情がないはずなのに、哀愁を漂わせていて、言葉に詰まる。
しばらく俺は、俺に腕を伸ばし消沈した茉白を見つめる。
「・・・帰るか」
らしくない言葉に自分で驚きながら、けれどそれが表情に出ないよう努め、俺は近くにある鞄を手に取った。
茉白は小さく頷くとようやく手を離す。
俺のカバンの中からは、出すのを忘れていたあのマフラーが、ひっそりとこちらを見ていた。
—————
「結局、朝日さんも出ちゃうんだね。選挙」
「・・・だな」
川霧の対抗馬として朝日が選挙に出ることが決定してしまった放課後の帰り道、俺の一歩先を行く茉白はもう日も沈みかけている空を仰いでいた。
俺はどうにか裏生徒会を存続できないものかと色々考えていたりもしたが、川霧に続き朝日まで立候補するとなるともう俺に打つ手はないように思う。
そもそも俺には、選択肢が与えられて然るべきな資格がないのだから、どうしようもない。
せっかく朝日から与えられたその機会すら、保留にする始末だ。
いつから俺はこんなにも弱くなってしまったんだろう。
そんな後ろ暗い考え事は、ぐるぐると俺の意識を深く暗い方へと誘っていった。
「ねぇ」
そんな俺の意識は、茉白の声で呼び起こされた。
気づけば随分歩いていたようで、駅から俺の家へと続く分かれ道まで来ていた。
「なんと言うか、二人で帰ってるのにそこまで自分の世界に入り込める集中力すごいね」
「悪い」
「・・・はぁ、なんか調子狂うなぁ」
言いながら茉白はその分岐点を通り過ぎていく。別れの言葉がないのは言外についてこいと言っているのかもしれないので、俺は黙って茉白の後を追う。
茉白の家はここを過ぎた後の坂を登ったところにある。
長期休暇中は家から出てなかったこともあり、ほんの少しの勾配でも俺の足は悲鳴をあげる。
その途中にある公園を指差して茉白は言った。
「お詫びにジュース、お願い」
・・・ここでも俺には、選択肢はないようだった。
————————
俺は自販機で買ったココアを二つ持ち、入り口近くのベンチで腰掛ける茉白の元へ行く。
そこは3人がけのベンチなのだが端には俺と茉白の鞄が置かれているため、俺は大人しく茉白の隣に座る。
俺のココアは冷たいため、飲むと坂道のせいで体温の上がった体に染みるような感覚を覚える。
俺が一口でその大半を飲み終えるのを待ってから、茉白は言った。
「で、色見くんは何を考えてたの?」
「さぁ、どうでもいいことだろうから覚えてないな」
「・・・また私にお詫びしたいの?」
「なんで罰が奢りなんだよ、原始的過ぎないか」
しかし茉白が俺を追求したいのは本当のようで、俺を横目で睨んでいる。
「また、一人で悩むんだ。それで私をほっぽって色々頑張って、人に嫌われるんだ。いいの?そんなことしてると私も友達やめるよ?」
「別に嫌われるなら儲けだろ。いいか、茉白さん。好きの反対は無関心だ。つまり多くの生徒から関心が寄せられない俺からすれば嫌われると言うのはむしろプラスなんだよ」
「・・・本当にやめるよ?」
適当な返しを冷たくあしらう茉白に俺は大きくため息をつく。
こいつはどうしても俺の情けない考えを聞きたいらしい。
どうしたもんかと頭を掻いてから、こう言う時は大人しく従っていた方が自分のためだと結論づけ、俺は恥ずかしさを押し殺して話し出す。
「どうすれば、俺もあいつらみたいになれたのかなって」
「みたいに?」
俺は自分の考えをどう言葉にすべきか、両手で頭を押さえ俯いたままに続ける。
「こう、あいつらはさ自分でやりたいこととか、やらないといけないと思うことを見つけてそれを達成するためにこれまで努力してきたんだと思うんだ。その結果が、今回みたいに自分の未来をどうするか選択できるっていう状況を生んだんだと思う。なら今回の結果も、俺はこれまでもそうしてきたように、ただ受け入れて、消化するしかない・・・はずなんだ。でも、それでも今回ばかりは、どこでもっと上手くやれたんだろうかって考えちまうんだ」
そう、別に今回に限った話ではないはずなんだ。
俺よりも懸命に生きてきたやつの選択の影響を受けることなんて。
学校や家族とか、何らかのコミュニティにいれば、誰かと比較され優劣のレッテルを貼られることなんて当たり前にあるはずだ。
そして俺はそれで貼られたレッテルに何かを思うでもなく、受け入れてきたはずだ。
それでも今回ばかりは、そうはいかなかった。
「どうでもいい」と、何もかも諦めてきた結果、どうでも良くないことすら諦めなければならなくなったのがこの惨状だと言うのなら甘んじて受け入れる。
でも、少なくとも俺だってここ数ヶ月はそれなりに変わろうと努力して、行動してきたはずだ。「何もかも」は諦めなかったはずだ。
変わったはずだ。
それなのに、俺があいつらと並べなかったのはなぜなんだ。何が違うんだ。
これまで努力してきた回数か?諦めなかった回数か?
そんなのあまりにも理不尽ではないか。変わるべきタイミングは常に過去なのか?
俺だって俺なりに頑張ったのだから、大切な場所の一つくらい守らせてくれ。初めてできた場所なんだ。
こんなの子供じみたワガママだとわかっている。子供が言うどうして自分だけ、なんていう客観性に欠けた僻みなのはわかってる。
けれど、カッコ悪くても、これが本心なんだ。
俺はこの数ヶ月、初めて真剣に生きていたはずだ。人ために行動して、問題を解決してきたのだ。それがどうしてこんなことになったんだ。
「柄にもなく、他人のために頑張ったりしたんだけどな」
しゃがれた声で、俺は情けなく呟く。
常に自分の世界に自分しかいなかった俺は、何をするにも自分のためだった。
それがこの数ヶ月は人のために行動していた。
本当に、どうかしていた。他人のために動いては神経をすり減らし、悩み、喧嘩して、後悔して、ロクでもない生活だ。
けれど、そんな日々を続けたいと思っているのだから、気狂いだ。
あぁ、そうだ。俺はずっと気づいてたんだ。
そしてそれを認めることに、ずっと逃げてたんだ。独りだったから。
「俺、こんなままは、嫌なんだ」
認めたくなかったその言葉は、想いが強過ぎたせいか驚くほどにするりと口にでき、俺は込み上げてくる感情の波に、ただ流された。
「誰かのため、だなんて全く嘘だ。全部、俺の自己満足のためで、嫌いだけど自分しか認めてくれる人がいない自分を肯定するために、人に感謝されたくて、必要とされたくて、やってただけなんだ。」
そんなこと叶わないと知っていた。だからこそ、耽っていたかった。勘違いしていたかったんだ。あの空き教室で。
最初の茉白の件も、文化祭も、文芸部も、忘年会も、何もかも、鼻から俺は周りなんか、他人なんかみてはないかったんだ。
常に俺の頭にあるのは自分のこと。
そのツケが今回の現状なのかもしれない。
信じたくなかった事実が、俺の口から勝手に語られ、乱れる呼吸の中で俺は自分の頬に生ぬるいものが流れていることに気づき、それを腕で拭う。
けれど一度存在を認めてしまったそいつは、言葉みたいに勝手に溢れ出す。
止まれ止まれ止まれ。頼むから、止まってくれ。
嫌な暖かさを感じ、そう願っていると、頬に冷たさを感じて顔を上げる。
「少なくとも私は、色見くんを必要としている人、知ってるから」
そこにはココアの缶を俺の頬にそっと触れさせている茉白の横顔が。
それ以上、決して何も言わない。こちらを向かない、そんな茉白の態度に俺は深く、深く俯く。
そして、ただひたすらに泣いた。
だいぶ遅れて申し訳ございませんでした。
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