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短剣の輪舞  作者: ビルボ
第一話
7/13

chapter 7: HALLOWED BE THY NAME







 ホアキムとヨハンネスは、行灯あんどんで足元を照らしながら、野外の夜道を急いだ。


 ピーターの男装の従者が待っていて、合流してからは彼女に先導される。


 とは言え、ヨハンネスは半死半生の体なので、実質的にホアキムが担いで歩いたに等しい。

 にも関わらず、ホアキムの健脚は大股で大地を捉え、一刻いっときの後には、警吏とパン職人の一団に追いついた。


 森の中から、一町(※)ほどの距離に、谷間の村を見下ろす場所だった。

 もっとも今は、窓や戸口から漏れる微かなともしびしか見えない。

 村側から灯りが見えないよう、慎重に岩陰で小さなたき火を起こし、彼らは身を休めていた。


「状況は、どうなってますか?」


 ホアキムが、ピーターに尋ねた。


「あの村外れの宿屋だ。 片腕の野郎、あそこに逃げ込んだ」


 暗闇の中に、それらしき建屋があるような気がするが、ヨハンネスには、はっきりとは見えなかった。


「今、俺の従者たちが中を探ってる。その結果待ちだ」


 そう説明を受けて、さすがにホアキムは一息ついた。

 そうやって、改めてヨハンネスを見て、今更気付いたように尋ねた。


「ヨハン、お前、メッサ―は?」


「サーセン、河の中ッス」


 少年の答えに、ホアキムが、しまった、という顔をした。


 横で聞いていたピーターが、自分の長剣をホアキムの胸に押し付けた。


「使え。俺はもう一本、予備がある」


 そう言われたホアキムは、長剣を鞘から引き抜いて検分した。


 溝の無い、菱形の断面を持つ直線的な硬い刃。

 後世、片手半剣とか“合いの子”剣とか呼ばれたが、基本的には両手で扱う武器だし、当時の人は単に“長い剣”と呼んだ。


 青年はうなずいて、自分のメッサ―をヨハンネスに貸し与えた。


「アニキ、それ“剣”でしょ? つかえるんスか?」


 少年は尋ねた。


つかえる。元々、僕の師は、そのまた師の長剣術を、メッサ―に翻案した人なんだ」


 そこで初めて、ヨハンネスはホアキムの師の話を聞いた。


「ウディーネ市でも習ってきたんだろう? たぶん、そんなに違う理合いではなかったはずだ」


 口を挟んだピーターの物言いに、ホアキムは戸惑った顔見せた。


「ウディーネのフィオーレ・デイ・リベーリをご存じで?」


「面識はないがな。剣聖リヒテナウアーの弟子の一人で、俺の師が兄弟子だった。だからお前の所とも従兄弟ぐらいの関係なはずだ」


 ――そうだったんですか。胸落ちしたように、ホアキムはうなずいた。


 その時、突然に、笛の音が鳴り響いた。

 全員が立ち上がって、宿屋があるという辺りを見た。そちらから、笛の音は響いてる。


「何があった?」


「わからん。今の鳴らし方は、“至急攻撃せよ”だ」


 ホアキムが尋ね、ピーターが答えた。

 ピーターは唇を噛みしめ、二秒ほど考え、口を開いた。


松明たいまつに火を付けろ! これから、あの宿を制圧する!」


 警吏はそう言って、剣から鞘を外した。鞘は、従者に渡す。

 ルールマンが拳を作り、職人一人一人と打ち合わせていく。

 それが終わると、一同は雄叫びをあげて駆け出した。


 一団は、すぐに宿前に到達した。

 縦六十間たてろくじゅっっけん横四十間よこよんじゅっけんほどの敷地は、高い木塀で囲まれ、中が見えない。

 しかし時折り、中から怒号や悲鳴が聞こえる。


 開いている両開き戸の正門から中に入ろうとした一団は、それを押しとどめようとする賊と出会でくわした。

 先陣に立っていたピーターに、賊の一人が斧槍を突き込んだ。街中には持ち込めない、本格的な闘争の道具。

 ピーターは、それを受け流し、そして反撃した。鉄の刃が、賊のこめかみを砕いてめり込む。


 ヨハンネスは、それが自分の得意技の、ロングエッジのベッカー→ショートエッジのエント―スハウだと気付いた。

 片手持ちと両手持ちの違いはあれど、剣の操作としては同質の物だ。

 それだけの事にも関わらず、今までどこか遠くに感じていた警吏のピータ―に親近感を覚えた。




 正門を挟んで、パン職人兄弟団と賊がにらみ合った。

 防具は職人の方が圧倒的に良いものを揃えているが、武器がメッサ―しかない。

 対して賊は、鎧らしき鎧は身に着けていないが、手槍、斧槍など、戦場で使う武器を携えている。


「ホアキム、ヨハンネス、裏口へ回れ!」


 ピーターのよく通る声に指示を受け、青年と少年は木塀沿いに走り出した。

 角を曲がり、少し行くと、丁度裏口から逃げる男の背中が、松明たいまつ灯火ともしびに微かに浮かび上がった。

 ホアキムは前傾姿勢になると、飛ぶような勢いで追って行った。

 しかし、ヨハンネスはそれに付いて行けない。

 少年は、痛むあばらを抑えながら、最後に歩くようにして裏口にたどり着いた。

 そこでイエルクリングに、対峙した。


 彼は、見るからに動揺しており、少年を脅威に感じている事を隠せていなかった。


 左手に持った松明たいまつを投げ捨て、もたもたとメッサ―を抜くが、“見張り塔の構え”を取った後、居着いてしまった。

 ヨハンネスも左半身ひだりはんみで見張り塔の構えを取り、イエルクリングが焦れるのを待った。


 こうしてよく見れば、イエルクリングに往年の面影は無かった。

 痩せ細り、肌は荒れ、老人のようだ。

 片腕を失った影響か左右の均衡が崩れており、ねじれた姿勢は背丈すら縮んだように見える。


 そう冷静に見てとった事を、イエルクリングが感じ取った節があった。

 顔が歪んで狂相になり、真っ赤に染まる。


 頃合いと見たヨハンネスは、前足の爪先を軽く上げ、下した。

 弾かれたように、イエルクリングが踏み出した。メッサ―が、けさ掛けに振り下ろされる。

 少年は、一歩、後ろにステップした。

 イエルクリングの攻撃は少年の眼前三寸の所を素通りする。

 ヨハンネスは右足でパス、イエルクリングの攻撃の軌道をなぞるように、けさ掛けにメッサ―を振り抜いた。

 刃先が鎖骨に当たって若干方向を変えながら、イエルクリングの首元を斬り咲く。


 かわして、反撃。あるいは相手が構えを変えたり、剣先を引くのに合わせて攻撃。

 これらを総称してホアキムは“ナッハイゼン”と呼んだ。

 ヨハンネスは、メッサ―を振り抜いた勢いを使って、着地した右足を軸に、九十度左を向くように方向転換。

 後ろステップで距離をとると、ヨハンネスの前にイエルクリングが倒れた。


 イエルクリングは、一度地面に突っ伏した後、手を付いて膝を引き、四つんばいになった。

 そこで滝のようにこぼれる血に気付き、左手ですくおうとして、態勢を崩して横倒しになった。

 一声うめいた後、血に染まった左手に気付き、あぜんとした。


 そして、見下ろすヨハンネスとイエルクリングの視線が絡んだ。

 イエルクリングは何か言おうとしたが、むせんで言葉にならない。

 ヨハンネスは手応えを感じていたが、必要なら追撃しようと、左半身ひだりはんみに戻り“猪の構え”を取った。


 そうして睨み合っていたが、ヨハンネスは突然、もうイエルクリングがこちらを見ていない事に気付いた。


 ヨハンネスは地面に落ちていた松明たいまつをつかんで、イエルクリングの頭に投げつけた。

 燃える松明たいまつが鈍い音を立てて頭に当たったのにも関わらず、まばたき一つしない遺体。

 それを見て、ようやくヨハンネスは深く息を吐いた。

 そして、その後はイエルクリングの事は一切忘れて、アポロニアを探した。




 ヨハンネスは裏口を抜けて、宿屋の敷地に入った。


 既にパン職人たちが正面を突破して、雪崩れ込んでいた。


 意気込んだパン職人たちが無暗と走り回っているが、大勢は決したようで剣戟の音は少ない。


 松明を持った武装した男たちが近くに来る度、少年は警戒するが、逆にパン職人らはヨハンネスを認識して武器を下げてくれた。


 そんな中、身の毛がよだつ断末魔が聞こえたので、少年はそちらに足を向けた。


 すると()()()の入り口で、警吏の従者が戦っていた。

 彼女の前に二人の賊が短剣を持って並び、次々と突き掛けていた。

 しかし彼女は巧みにメッサ―を振るって、穂先を打ち払っている。


 ヨハンネスは忍び寄って、賊の尻を一突きした。悲鳴を上げる傭兵崩れ。

 残る一人が、ぎょっとしてこちらを振り返る。


 その隙を、従者が攻めた。

 真向から、メッサ―を振り下ろす。

 慌てて短剣で受けようとする賊。

 しかし彼女は途中で手首を返し、"シュトルツハウ"を縦回転にした"ウィンカーハウ"に変化する。

 メッサ―の刃は防御の短剣を潜り抜けたが、刃が届かず空振りした。

 そうヨハンネスが思った瞬間、勢いのままに一回転した刃のショートエッジが、賊の額を割った。

 賊は額から溢れる血に狼狽し、悲鳴を上げて逃げ出した。


 従者はそれを追撃せず、気息を整えた。

 女性にしては背が高く、肩幅が広く見える。

 ピーター警吏のそばによくいるので、一番格上なのだろうとヨハンネスは見ていた。


「パン職人の娘さんは中にいます。保護してください」


 彼女が親指で背後を指した。

 そこには、気を失っているアポロニアがいた。


 ヨハンネスが抱き起している間に、従者がルールマンを呼びに行った。

 やがてルールマンや、他のパン屋職人も集まってきた。

 この宿屋にいた賊たちは、制圧されたようだ。


 ヨハンネスは、涙を見せるルールマンにアポロニアを引き渡した。







 翌日の昼頃、施療院の自らの寝床で、ヨハンネスは目を覚ました。


 食堂に行くとホアキムがいたので、共に昼食を取りながら、昨晩の後始末の成り行きを聞いた。


 あの宿屋の主は、()()()な輩と親しく色々と便宜を図っていたそうだ。

 その中には違法な武具の預りや、盗品の故買といった違法行為も含まれていた。

 しばしば彼らは海賊働きもしていたらしい。

 残党は貿易商会の荒事担当者が追っていて、ほどなく縛り首になる見込みだそうだ。


「それと、アポロニアの事なんだが――」


 ホアキムが、言い淀んだ。

 ヨハンネスは、彼の顔を見た。


「当面、彼女はハンブルグの独身婦人会の宿舎で暮らす事になった」


 ヨハンネスは困惑した。


「なんでッスか」


 かろうじて出てきたのは、その言葉だけだった。


「有り体に言えば、今回の件で、彼女の評判に傷が付いた。口さがない世間の人々から彼女を守る必要がある」


「そんな、だって、あのコは何も悪くないじゃねぇか」


 少年は抗議した。

 自然と涙が溢れた。


「まあ、待て。これはルールマンさんが言っていた話なんだが。もし5年ぐらいして、十分な収入を持つ立派な市民が彼女に結婚を申し込むなら、検討してもいいと言っていた。彼としては娘はできればリューバイクの市民に嫁がせたいそうだ」


 ホアキムにそんな事を言われ、ヨハンネスは目を丸くした。


「……アポロニアに、会えるんスか」


「体調が回復するまで、しばらくは無理かもしれない。ただハンブルグに向かう準備が必要なはずだ。その間にいくらでも時間はあるだろう」


 ホアキムの返答に、ヨハンネスはうなずいた。




 どんぐりを食べて肥えた豚が解体される季節になり、聖ヘアーツの祝日に市が立った

 この日、ヨハンネスに正式に市民権が与えられ、内輪でささやかな宴が開かれた。


 ホアキム、フオイヤ、ベティーナ、アルノー、その他、施療院の奉公人の兄弟団に属する人たち。娘がハンブルグに去ったルールマン氏も参加していた。


 食後に、蜂蜜を加えて甘く煮た林檎が出た。煮汁に木いちごと肉桂を加えたものがかけられ、見た目にも鮮やかだ。


「ヨハンネス、あたしはもういいから、あんたお食べ」


 皆が舌鼓を打っている時に、老フオイヤがそんな風に言って、林檎が一切れ残った皿を少年の方に押しやった。

 老女が甘い物が好きなのを、少年は知っていた。

 りんごが欲しい訳ではないが、少年は老女に甘えたかった。


「じゃあ、はんぶんこにすっか」


 手を伸ばして、さじでりんごを押し切り、半分を口に運んだ。

 少年は何十年も経っても、その味を幸せな記憶と共に思い出すことができた。








※……尺貫法の長さ・面積の単位。一町=約109m


“ナッハイゼン”

https://youtu.be/zYBDCr9jPtk?t=27


“ウィンカーハウ空振りフェイントからのショートエッジ打ち”

https://youtu.be/6qxgiup4Hhg?si=Flf2HLfYLtrTbLgQ&t=134


これにて、第一話完結です!

第二話以降は、いずれまた!

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