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顔
誰を見てもわからないのだ。
あの薫が薫だったかどうかさえも分からない。
俺を覗いていたあいつが誰なのかも今となってはわからない。
そして自分も。
顔は、聴覚、味覚、視覚、嗅覚、のほかに誰が誰だかを判別するためにある。
それを判別できない人にとって、顔なんてなくたっていいのだ。
俺は俺の叔母と伯父が嫌いだった。
性格がきらいだったわけじゃあなかった。
顔が嫌いだったのだ。
いや、だれであろうと顔が好きじゃなかった。
醜いとか、気持ち悪いとかいうんじゃなくて。
道行く人の顔を見ると。
みんな同じなのだ。
店主と会った時も薫と会った時も友人と会話していた時も。
いや、店主が死んでいると思った時も、薫があんな話をした時も、
俺の前ではみんな同じ顔だった。
そう考えると俺の前にいたのはみんな同じだったのかもしれない。
茂原薫は...。
そんな人いなかったのかもしれないな。
で、今俺の目の前にいる顔は誰だろう。