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薫は魔物、なのだろうか。
ざあざあという大雨の音が耳を通り過ぎていく。
こんな話を聞いてなお、冷静でいる俺がいる。
話を聞き終えて思った感想が、
_____ひどい。
だった。
こんな話を聞いて最初に思うことじゃない。
薫がじゃない。
薫を取り巻く人物がだ。
薫のいう死にたがっている人物、という人々は俺の創造を超すような人物ばっかりだ。
薫は人殺し、か。
「あなたは違かった」
_____あなたは...
「あなたは外から見ると死にたがっているような人間だ。でもあなたは死にたがっているのじゃない」
言っている意味がよくわからない。
「私は世間から見ると人殺し。でも考えてもみてよ。人はさ、いつか死ぬんだよ。私は明日死ぬかもしれない人の寿命を少し短くしただけ。死にたがっている人が生きていてもよくないでしょ」
そうなのかもしれない。
いや、違う。
「違う!」
薫は一瞬ひるんだような顔をして、
「何が」
といった
「死にたがるのは人間の勝手だ。でも違う。それを教えてくれたのはお前じゃないか!」
薫は何も言わなかった。
「誰からも捨てられ、一人でいた俺にお前は寄り添ってくれた。俺はあの時本当に死にたがっていた。でもお前は寄り添ってくれた。お前はわかっていたはずだ。お前が...。」
______お前が俺に死ななくていい、ってことを教えてくれたんだ。
薫は泣いているように見えた。
笑っているような泣いているような顔で薫は言った。
「じゃあね」
薫が 俺にキスした瞬間。
薫はいなくなった。
もう二度と薫と会うことはないだろう。
この雨の中、薫はどこに行くのだろう。
ありがとう。__________________________________________________________________________________________
今は10月......、大雨だ。雨は嫌いだ。
あの日がなかったら俺は今ここにいなかったのだろうか......。雨が降るたびにあの事を思い出す。雨の音が聞こえるたびに心が削られていく感覚だ。こんなことを考えている時点で俺はまだそこまで悲しくなってはいないのかもしれない。俺はあの時のことを思い出し...。
そして。わからないことがある。
薫の母親はたぶん薫が殺した。
俺を覗いているのは誰だ?
なぜあいつは薫が家に来た途端に俺の家を覗きに来るようになったのか。
簡単だ。あいつは俺の母親だと思う。それこそ小説みたいなオチだが、
それしか思い浮かばない。そして俺の母親こそが、薫の母親だと思う。
薫の母親は浮気をしていたのだ。
薫を殺したのは薫の本当の母親じゃない。
薫が殺したのはほかのだれかだ。
俺の母親は死んだと思っていたが、それも噓だったのだろう。
まてよ。
俺の母親は死んでいるはずだ。
俺の母親は誰に殺されたのだろう。
フフフ。
俺の中で何かが笑った。
_____あなたがあの時殺していたのに。
薫?
_____あなたは本当に死にたがり屋なのね。
おい、やめろ。
_____あなたは......。
後ろを振り向いた。そこには薫がいた。
あまり薫を近くで見たことはなかった。
その顔はあまりにも凶悪で。
人殺しの顔だった。
そして薫は手を振り下ろして......。
「うあッ。」
...................。
ここはどこだ。
ベッドで寝かされている。
白い天井が見える。
「茂原さん...。茂原さん!」
聞いたことのない男の声が聞こえた。
「私、警視庁の両木と申します。お具合はどうですか」
両義、と名乗る警視庁は名刺を差し出した。
「俺は...。一体...。」
「あなた、バットを振り下ろされて頭を打撲されていたのです。指紋からとるに犯人は茂原薫という女です。」
ばっと起き上がった。
「薫ッ」
「お知り合いなのですか?」
いけない、と思った。薫が疑われる。
あの女は薫ではない。そう思った。
「俺が見た女は薫ではありませんでした」
「え?その記憶は確かなのですか?」
「ええ。薫に似た顔をしていました。」
す両木は両木はけげんな顔をして写真を出した。
「この女でないことは確かですね?」
薫の写真か。
あれ。
誰だこれ
「この女性は誰ですか」
「茂原薫ですよ。さっき知っていると言っていたではないですか。」
違う。こいつは絶対に薫ではない。
それよりも、こんな人を見たことがなかった。
俺を覗いてるあいつでもない。
俺の母親でもない。
あれ。
あいつ誰。
薫を思い出せない。
頭の中にあるのは顔顔顔。
どれが誰なのかがわからない。
あれ。
俺は誰。
茂原健司はその日自分を見失ってしまった。