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魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん  作者: 羽鳥くらら
【第5話】君に捧げるフレンチトースト
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【5-10】

 おそるおそる目を開けてみると、そこは随分と生活感のある室内だった。散らかっているわけではないけれど、人が暮らしていると実感できるような雰囲気だ。食器や本、衣服や鉢植えの花など、身近な日用品が適度な乱雑さで置かれている。広さとしては、十畳くらいだろうか。木の扉が見えるから、他にも部屋はあるのかもしれない。


「傷を見せろ」

「え、ぁ……」

「キュ・エ・ケーアエル」


 侵入者──いや、この場所では侵入者なのか分からないけれど、とにかく僕を連れ去ってきた女性は、僕の腕を掴んで傷の具合を確かめ、呪文を唱えて黒い杖を振る。

 ……ああ、そうか。普通は、魔法を使うために杖を使うんだっけ。ということは、さっきの浴室で魔法を使っていたときも杖を持っていたんだろう。黒いし細身でシンプルなデザインだからか、気づけなかった。まぁ、そもそも、動揺して動転していたから、観察力など無いに等しかったんだけれども。


 僕がぼんやり考えている間に、出血が止まり、みるみる傷が塞がっていく。すごい、何の痕も無い。当然、痛みも消えた。魔法での治療を受けたのは初めてで、なんだか感動してしまう。


「あの、ありがとうございます。傷を治してくれて……」

「礼なんか言うな」


 お礼を伝えると、ギロリと睨み下ろされてしまった。マティ様よりも色味の濃い、紺に近い青い瞳は呆れたように冷え切っていたけれど、じきに申し訳なさを滲ませていく。


「……悪かった。怪我をさせるつもりは無かったんだ。威嚇として、風魔法で手の甲を軽くはたいた程度のつもりだった」

「はぁ……、そうなんですか?」

「ああ。全裸で杖も持っていない相手に、負傷させるような魔法を仕掛けるのは卑怯だ。……だが、そんな弱い魔法でも怪我を負ってしまうほど、お前の魔力が低いのは想定外だった。……うちの姫のことがあるのに、予想の範囲から外すなど、己の配慮の至らなさに嫌気が差す。悪かった」

「……姫?」


 目の前の女性が何をつらつらと語っているのかは分からないけど、「姫」という単語が妙に引っ掛かった。この庶民っぽい雰囲気の場所に、お姫様が……?

 疑問に思った次の瞬間、近くの扉がギィィと軋んだ音を立てながら、ゆっくりと開く。──そして、なんとも美しい少女が顔を覗かせた。


「イラ……? 誰か来ているの?」


 か細いけれど愛らしい声で質問を投げ掛けているその少女は、まるで美術品のような美しさだった。白磁の肌に、小さくて艶のある唇、長い睫毛に縁取られているエメラルドグリーンの大きな瞳、ゆるいウェーブで波打っているハニーブラウンの長い髪──、その全てがあまりにも整いすぎていて、人形か彫像、もしくは肖像画のようだ。相手はアリスちゃんより少し年上くらいと思われる女の子なのに、綺麗とか可愛いとか気軽に言える感じではなく、その美しさにただただ感嘆するしかない。


「リュリ! 起き上がっていても大丈夫そうか?」


 少女が登場した途端、あまりの美貌に恐れおののく勢いで立ちすくむ僕とは対照的に、イラと呼ばれた女性は頬を紅潮させて彼女へ駆け寄り、大切そうに抱き上げた。ふわりとしたワンピースに身を包んでいてもなお細さが分かるほど華奢な少女は、自身を抱き上げている女性の黒髪をそっと撫でて微笑んだ。


「平気。だって、たくさん寝たもの。……イラが帰ったなら、お昼ごはんを作るわ。……裸のお客さんの分も、作る?」


 澄んだ翠の瞳が、チラリとこちらを見つめてくる。あまりにも純粋な眼差しを向けられている僕は、布を一枚被せられているだけの全裸男だ。不審者にも程がある。

 動揺している僕に対し、おそらくイラという名だと思われる女性は、何故か勝ち誇ったような顔を向けてきた。


「うちの姫は、美しいだろう?」

「えっ、姫……って、あ、ああ、その子? 確かに、とても綺麗ですね……、で、でも、それどころじゃ……」

「姫に邪でいかがわしい目線を向けなかったお前は、合格だ。リュリとの会話を許してやる。特別だぞ」

「え……、はぁ……?」

「私は、イラ。この姫の名は、リュリ。特別に教えてやったんだからな」

「あ、ありがとうございます……、僕は海風(みか)といいます」

「ミカか。よし、ミカ。そんなに畏まらなくてもいい。楽にしろ。今、お前に貸す服を持って来てやる。私のものなら着れるだろう。お前は小さいからな」


 上機嫌に言ったイラさんは、恭しくリュリちゃんを床へ下ろし、少女の長い髪をそっと撫でる。


「リュリ、少し待っていてくれ。大丈夫だ、ミカはお前に悪さをするような男じゃない。だが、もしも何かされそうになったら、すぐに私の名を呼べ。どんなに小さな声だろうと、お前の助けを求める叫びを聞き逃したりしないよ」

「うん、わかった。ミカさんと待ってるね」


 もう一度リュリちゃんの頭を撫でて、イラさんは鼻歌まじりに部屋を出て行ってしまった。──なんだろう、この展開は。イラさんは魔王の城に侵入して来て、僕を誘拐してきたはずなのに、今は一切の敵意を感じない。

 首を傾げていると、美少女がとてとてと近づいて来る。心なしか、歩き方が少し不安定だ。僕の心配をよそに、リュリちゃんは天使のような微笑を浮かべる。


「ミカさんは、イラに気に入られたのね。この秘密のアジトに連れて来るなんて……、もしかして、特別な子分さん?」

「アジト? ……子分?」


 なんとなく嫌な予感がしている僕に対し、リュリちゃんは可愛らしい声で衝撃的な事実を明かしてくれた。


「だって、イラは盗賊の親分だもの。そして、ここは誰にも内緒の秘密のアジト。……ミカさんが子分じゃないなら、わたしと同じで、戦利品なのかしら?」

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