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魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん  作者: 羽鳥くらら
【第5話】君に捧げるフレンチトースト
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【5-8】

 ◇



 お風呂に入りたい、と伝えたところ、ジルは張り切って分厚い本を持ち、僕を伴っていそいそと浴場エリアへ向かってくれた。カミュが目配せとウインクで「言った通りでしょう?」とこっそり伝えてきたけれど、本当にその通りだ。快諾してくれたばかりか、ジルはどことなく嬉しそうで、珍しく鼻歌を漏らしたりしている。


「ジルにも魔王の仕事があるのに、手を煩わせてごめんね。付き合ってくれて、ありがとう」


 機嫌よく応じてくれているけれど、ジルの貴重な時間を割いてもらっていることには変わりない。だからこそ、きちんと謝意とお礼は伝えておきたかった。

 先導して歩いていたジルはチラリと振り返り、ふっと微かに笑う。


「気にするな。むしろ、俺は嬉しい。クックとポッポが元気になった後も、気軽に頼りにしてくれていいんだぞ」

「そう? でも、ジルは忙しいでしょ? それを言ったらカミュもだと思うけど……、二人が何をしているのかはよく分からないけど、仕事が忙しそうなのは分かるよ」

「別に、仕事じゃない。むしろ、魔王としては余計なことをしているから、『今の魔王はもっと魔王の仕事をするべきだ』と言う人間もいるくらいだ」

「えっ……?」


 どういうことだろう。ジルがしているのは、魔王の仕事ではない……? でも、魔法のタブレット的な物を覗き込んでいる魔王と悪魔の顔は真剣そのもので、遊んでいるようにはとても見えない。

 不思議に思っていると、ジルは再び前を向き、歩きながら語ってくれた。


「……魔物がむやみに人間を襲わぬように、特定の強い魔物が迷宮の奥から出ないように、俺は遠見で管理している。だが、それは魔王らしい行いではない。魔王であれば、数多の魔物を放し飼いにして、人間を襲うように仕向けるべきだ。──そうでなければ、魔物討伐を目標とした職種が衰退し、対魔物用の武器や道具を商売道具としている者たちが困る」

「あ……、なるほど……」

「だが、繁殖能力の高い魔物たちを野放しにしておいたら、たまたま魔王の領域に入り込んでしまった人間が犠牲になる確率が高くなるし、ただ平穏に暮らしている人々が住む村や町を襲撃してしまう可能性もある。……一部の人間が利益を得るために無辜の民を犠牲にしてもよいという考え方には、俺は賛同できないな。魔王らしく人類の破滅を願って領地内で暴れろと云うのなら、利己的な人間たちの衰退を願って領地内の魔物の統制をとってもいいではないか、と思ってしまう」


 魔王らしくない見解を述べた魔王は、憂鬱そうに溜息をつく。魔王の魂の欠片の影響をあまり受けていないジルは、魔王の烙印を押されてからずっと、自問自答しながら悩んでいるんだろう。

 聞いてすぐに答えを返せるような問題ではないな、と思う。何を犠牲にし、どの展開を選ぶべきか。魔王にとって明確な正解なんて無いし、そもそも魔王を利用しようとした昔の王様たちが元凶なんだ。でも、その元凶が生じたきっかけは大魔王で……、……駄目だ、頭の中でマトリョーシカがどんどん分身を生み出していくみたいで、考えがまとまらない。


「──余計なことを話してしまったな。忘れてくれ」


 振り向いて苦笑を浮かべるジル。その隣に並ぶまで歩を進めた僕は、じっと彼を見上げた。ずずいっと近づいた僕の行動が予想外だったのか、漆黒の瞳にはわずかな動揺と困惑が滲んでいる。


「忘れないよ。……忘れないって、前にも言ったでしょ?」

「ミカ……」

「前に聞いたことだって、覚えてる。そのときのジルの話と今の話は、重なる部分もあると思うんだ。だから、合わせて覚えておきたい。忘れたりしない」


 ジルはきっと、自分の胸の底にある本音を吐き出すのがあまり得意じゃない。僕も同じタイプだから、なんとなく分かる。だからこそ、せっかく本当の気持ちを明かしてくれたことを、後ろめたく感じてほしくない。

 口下手な僕の気持ちがどれだけ伝わったかは分からないけれど、ジルはほんのり微笑んでくれた。


「ありがとう、ミカ。俺も、お前のことを、お前から貰った言葉を、決して忘れない」

「……うん」


 なんだかふんわりした空気になったところで、浴場があるエリアに到着した。メインの居住エリアから少し離れた場所に洋館のようなものが建っていて、その中がまるまる浴場となっている。

 プールみたいな大きなお風呂が設置されている浴室の外にはゆとりのある造りの脱衣場があり、その更に外側に広々とした休憩スペースがある贅沢な浴場別館だ。城の本館(と呼ばれているわけじゃないけど僕は内心でそう認識している)とは屋根と壁に囲われた長い廊下で繋がっているから、入浴のために外に出る必要は無い。


 浴場内に足を踏み入れてすぐ、ジルが片手を宙に翳した。そして、不思議な動きでゆらゆらと振る。


「……うん、これでよし。効果時間に制限をかけ、そのぶん効力を増した結界を張った。制限といっても、ミカがゆっくり入浴するだけの余裕はある。あまり気にせず、ゆっくり沐浴してこい」


 流石に浴室内まで入れないということで、強い結界を張ってくれたんだろう。魔力が無い僕は何も感じないけれど、この世界の人にとっては驚異的な防壁なんだろうな。


「本当にありがとう、ジル。そんなに待たせないようにするから。昼ごはんの支度もあるしね」

「昼食なんか、少しくらい遅れたって俺もカミュも平気だ。まずは、ミカがゆっくりと癒されてくるといい。読みたい本を読んでいるから、俺のことは気にするな」


 そう言って分厚い本を振って見せたジルは、休憩スペース内の椅子のひとつに腰掛け、長い脚を組んだ。


「じゃあ、入ってくるね」

「どうぞ、ごゆっくり。……ああ、そうだ。守護鈴はきちんと手の届くところへ置いておくように。あれは水に濡れても全く問題ないからな」

「うん、分かった」


 軽く手を上げて見送ってくれるジルに手を振ってから、僕は脱衣場へ入った。

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