【5-4】
「──ところで、ジル。ちょっと訊いてもいいかな?」
「ん、なんだ?」
場の空気が柔らかくなったのを感じた僕は、今の話の流れに乗り、前々から気になっていたことを尋ねてみることにした。ジルも穏やかに応じてくれそうな雰囲気を出してくれている。
「僕は基本的に、君たちの側にいるでしょ? この城の敷地から出ることもないし……、そんなに警戒を高めなくてもというか、守りを固めなくてもというか……、そこまで危ないことってあるの? ……って、ちょっと不思議に思ってて」
変な意味も他意もなく純粋な疑問なんだけれども、場合によっては気分を害してしまうかもしれない。そう考えて恐る恐る問いかけたところ、ジルは眉を顰めることも顔をしかめることもなく、静かに見つめ返してきた。
「マティアスがクックとポッポをお前に託した理由も、俺がこの鳥たちを強化している理由も、分かっているだろう?」
「う、うん……、それは、まぁ……」
ジルの中に宿る魔王の魂の欠片が暴走したとき、僕が助かる可能性を高めるために、能力強化されたクックとポッポがいるんだろう。それを直接口に出すのは嫌だけれども、なんとなく察しはついている。
僕の微妙な心情を読み取ったのか、ジルはそれ以上を追及したりはせず、小さく頷いて先を続けた。
「そういった場合だけではなく、常日頃からお前の安全に気を配っているのは、ミカが魔法を使えないからだ。基本的に、魔法には魔法でしか対抗できない。魔法の火の粉が急に降り注いできたとして、生身の腕で防ぐことは厳しいし、運悪く身体が燃えてしまったとしたら魔力を含まない水で消火するのは根気がいるし手遅れになるかもしれない」
「魔法……は、確かに使えないけど。でも……、こんな人里離れた場所にあるお城にいるのに、そんな危険が起きる可能性はある?」
僕は魔王の僕ではあるけれど、しがない食事係でしかないし、ジルとカミュの監視外で他者と接触する機会も殆ど無いと思うんだけど。
そんな疑問に対し、ジルは微かに首を振って答えてくれた。
「……少し前、幼い少女がこの城の敷地内に迷い込んできたのではないか?」
「あっ……」
そういえば、そうだった。家宝の転移鏡を使ってやって来たという、アリスちゃん。彼女は本当に魔王の城に行こうとしていたわけではなかったようだけれど、結果的に不意に転移してきたのには変わりない。クックとポッポもビックリしてたっけ。
「無論、この城自体に強力な結界を張ってはいる。だが、それでもすり抜けて力が届くこともある。それが魔法だ。……万が一、俺やカミュの反応が一瞬遅れたがばかりに、ミカの身に危害が加えられたらと、そう考えるだけで嫌になるからな」
「そっか……、いつ何があるか分からないんだね」
「そうだ。それに関しては確かにアビーやマリオにも同じことが言えるんだが……、だが、あいつらはもう生命力が強すぎるというか、それこそ魔法の炎を拳で鎮められそうな勢いがあったからな」
「……おばあちゃんとおじいちゃんだったんだよね?」
「ああ、まぁ……、だが、あんな老人たち、なかなかお目に掛かれないぞ。誘拐されても、素手で戦って帰ってきそうな迫力があった」
「……やっぱり、僕、身体鍛えようかな」
ジルは僕が弱いわけじゃないと言ってくれていたけれど、同じく魔法が使えないおばあちゃんやおじいちゃんより貧弱と云うのは問題がある気がする。とりあえず、毎日腹筋とスクワットをするところから始めよう。
僕が密かに決意したとき、クックとポッポが静かな寝息を立て始めた。ずっと交互に撫でていた手を離してみても、くぅくぅと眠り続けている。
「クックとポッポ、寝たみたいだね」
「ああ、そうだな」
思わず声を潜めて言うと、ジルもつられて小声になった。ジルもほっとしているようだから、このまま眠ってくれたほうが回復も早まるのかもしれない。
「ごはん、食べに行く?」
愛鳥たちを寝かせてあげたいし、ジルもお腹が空いただろう。静かに立ち上がって尋ねると、同じく音を立てずに腰を上げたジルは頷いた。
「ああ、そうだな。クックとポッポは、このまま寝かせてやったほうがいい。こいつらが回復するまでは、ミカは城内でも一人で歩かないこと。寝るときも、俺かカミュの部屋に来ていたほうがいい」
「そっか……、クックとポッポは夜も警戒してくれていたんだもんね」
「そうだ。魔鳥は眠りが浅くても問題が無い生き物だから、普段は夜間警備にも向いているが、今のこいつらには深い睡眠が必要だからな。安心して休ませてやるためにも、ミカの単独行動は控えてくれ」
ひそひそと囁き声ながらも、ジルの語り口には切実さが滲んでいる。それが伝わってきたから、僕もしっかりと頷いた。
「うん、分かったよ」
「よし。──じゃあ、朝食をいただきに行こうか。今日は、何を作ってくれたんだ?」
柔らかく微笑んだジルが、僕の背を押しながら歩き始める。いつもの朝の情景に戻ろうとしているのが感じられて、僕の肩からも力が抜けていった。
「見てのお楽しみだよ。でも、ジルはきっと好きな朝食の献立だと思うんだ」
「そうか。それは楽しみだな」
二人で室外へ出たところで、窓から射し込む陽光が今日も穏やかで明るいことをようやく意識できた。そして、春の新緑の景色を楽しみながら、僕たちはゆったりした足取りで食堂を目指すのだった。




