【4-19】
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カミュから差し出されるハンカチを何枚びしょ濡れにしたか分からないほど大泣きした僕は、とうとう涙が出なくなったところで、ようやく嗚咽も収まった。泣きすぎて頭が痛いし、パンパンに腫れているだろう目元が熱を持っているし、なんだか喉も痛いし、お腹が空いた。
そんな自分の感覚を幼子みたいだなと思うけれど、実際、子どもに負けないくらいの泣きっぷりだった。今しがたまでの醜態を思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。
「落ち着いたか、ミカ。ああ、目が真っ赤になってしまったな」
「おやおや。痛くはないですか? 腫れが引かないようなら治癒魔法を掛けましょうか」
「ううん、大丈夫。平気だよ。……ありがとう」
ジルもカミュも僕を馬鹿にしたり呆れたりするどころか、いつも通りの過保護さで温かく接してくれる。いたたまれなさとありがたさが入り交じって、なんだか照れくさい。でも、自分の気持ちをきちんと言葉にして伝えるべきだと己を叱咤し、僕はジルとカミュを順番に見つめた。
「ジル。カミュ。急に泣いたりして、ごめんね。初めて、誕生日おめでとうって言われて。……初めて、自分が生きていてもいいんだ、って思えて。……いや、一度は死んでるんだけど。でも、ここで生きていていいんだって認めてもらえたような気がして、自分でもそれを認めてもいいような気がして、……嬉しかったんだ。……本当に、ありがとう」
あまり纏まっていない言葉へ耳を傾けてくれた二人は、穏やかな表情で頷く。そして、ジルは僕の頭をぽんぽんと撫でてきた。
「そうか。それなら良かった。……声が枯れているな。ほら、水を飲め」
「うん、ありがとう」
ジルに手渡されたカップの水を一気に飲み干した瞬間、結構な勢いでお腹が鳴る。うわ、恥ずかしい。
たぶん僕は一瞬にして赤面したと思うけれど、両脇の二人はどことなく嬉しそうに視線を交わし合ってから、微笑ましそうな眼差しをこちらへ向けてきた。
「泣くのは体力を使うからな。腹が減ったんだろう。ほら、好きなものを食べろ」
「どれから召し上がっても良いのですよ。全部、ミカさんのためにご用意したものですから」
「あ、ありがとう……、さっきから、ちっちゃい子みたいで恥ずかしい」
「恥ずかしくなどないですよ。全て、ミカさんの中に湧き上がった自然な感情や反応によるものでしょう?」
「そうだ。何も恥じ入る必要は無い。……それより、どれから食べる? 食べたいものを取ってやろう」
そう言ってジルは椅子に座り、テーブルに並んでいるお菓子を眺めながら、色々と説明してくれる。
この世界では、誕生日を迎えた者が主催して日中に祝宴を開き、祝杯用の酒や果実水を用意するそうだ。そして、招待客たちは菓子を持ち寄り、皆で祝福の歌を歌いながら食べる。最後に主催者の家族もしくは近しい間柄の者が用意した炙り肉を食べて、もう一度乾杯をして締めくくるらしい。そして夜には家族のみでもう一度、ささやかな祝宴を行ってから、先祖に祈りを捧げるんだそうだ。
「夜の祝い方は厳かだが、昼はとにかく賑やかに祝う。いかに多くの招待客を呼べるか、どれだけ祝福の菓子が集まるか、そんなことを競い合う奴らもいる。まぁ、そんなのは大体が上流階級の者たちだが」
なるほど。アリスちゃんが誕生日のお祝いをしたがっていた背景には、そんな事情もあったのかもしれない。
納得して頷くと、ジルの白い指先がテーブルのお菓子たちを指した。
「そんなわけで、ミカの誕生日を祝うための菓子を、マティアスから贈ってもらった。本当はマレシスカにも頼みたかったんだが、本来、魔王から人間へ接触するわけにはいかないからな。だから、マティアスに張り切ってもらった。ここに並んでいるほぼ全てが、彼からの贈り物だ」
「えっ!? こ、こんなにたくさん……!?」
テーブルを埋め尽くさんばかりのお菓子は種類が豊富で、地球での洋菓子によく似たものもあり、どれも美味しそうだ。素朴なものから豪華なものまで、数え切れないくらい大量にあって、食べ切れるのは何日後だろうというレベルだった。
「ミカの誕生日だと伝えたら、魔法の収納袋を鳥に持たせて送ってきた。本当はもっと贈りたい菓子があったそうだが、鳥に持たせられる量には限界があるから申し訳ないと、今度訪問するときにはミカへの手土産をたくさん持っていくと、そう伝えてくれと手紙に書かれていた」
「いやいや、十分すぎるくらいだよ……! ジルが返事を書くとき、僕がすごく喜んでいたって、十分たくさんいただきました、ありがとうございますって伝えてくれる?」
「ああ、分かった」
ジルが快く了承してくれたところで、いつの間にか着席して僕たちの会話に耳を傾けていたカミュが、無邪気な笑みを浮かべて大きなケーキを指差す。
「ミカさん。このお菓子の殆どがマティアス様からの贈り物ですが、あれだけは私たちが作ったのです。マリオさんの真似をして、クレェムとやらを使ったケェクに挑戦しました。なかなかの出来栄えだと思いますが、どうでしょう?」
褒めて褒めてと顔に書いてある子どものような悪魔が可愛らしくて、僕の頬もついつい緩んでしまった。




