【4-18】
「えっ……?」
──僕の、誕生日?
あまりにも予想外な展開にくらくらしつつも、少しずつ視界がクリアになっていくのにつれて、現在の状況を把握し始める。
ここは食堂で、僕は上座に座らされていて、両脇には膝立ちでこちらの様子を窺っているジルとカミュがいて、テーブルの上には焼菓子やら装飾品やらがごちゃごちゃと並んでいた。
その中でもひときわ目を引くのは大きなホールケーキだ。スポンジが三段重ねになっていて、その間に生クリームと果物がぎっしりと挟まれ、全体を食用花で飾られているド派手なケーキ。……この世界にも生クリーム的なものは存在していたんだなぁ。
呆然としつつも、脳裏ではいくつもの「なぜ?」が湧き上がっている。……どうして、僕は誕生日を祝われているんだろう?
「ジル様。ミカさんが硬直されています。やはり、もう少し華やかにしたほうが良かったのでは?」
「いや、ミカは驚いているんだろう。これ以上派手にしたら、彼の心臓が止まりかねない」
僕を挟んでのんきな会話を交わしている二人を、つい交互に眺めてしまう。
「ジル……、カミュ……、ど、どうして、こんな……? どうして、今日が、僕の誕生日だって……」
「えっ? ミカさんが教えてくださったんじゃないですか」
「そうだ。ディデーレにおいての季節や日の数え方を教えたとき、ミカの誕生日がいつにあたるのか尋ねたら、お前が自分で第四星図期の二十日目だと言ったんだぞ」
確かに、そう言った気はする。でも、その一度だけだ。しかも、僕はそのとき、自分の誕生日を祝われたことなんて無いから君たちにも気にしないで忘れてほしいと言った。それ以降、誕生日の話なんか全然していなかったのに。
僕のそんな疑問は視線に表れていたんだろう。目線を合わせてきたジルはそれを読み取ったのか、ささやかながらも優しい微笑を口元に刻んだ。
「ミカは、自分の誕生日をめでたいものだと思っていないと、祝われたいとも思っていないと、そう言っていたな。恩人が亡くなった日でもあるから、余計に嬉しい日ではないのだと。……まぁ、ミカの気持ちを否定するつもりは無いが。ただ、俺たちにとって、お前が生まれた日というのは大事なものだ。だから一度くらい、勝手に祝わせてもらおうと思った。嫌がられたら次回からはしなければいいと、そう考えてな」
「チキュウでは一度亡くなられているわけですが、それでも、ミカさんが生まれていなければ、私たちはこうして出会うこともなかったのです。貴方の生誕は、私とジル様にとって非常に喜ばしいこと。ミカさんの大切な方が亡くなられた悲しみとは切り分けて考えるべきだと、私たちはそう思っています。ミカさん、貴方の命が生まれ落ちたことに心からの感謝と祝福を捧げます」
「ミカ、生まれてくれてありがとう。そして、おめでとう」
僕の命を、僕が生まれたということを、真正面から肯定してもらえたような、そんな気がした。
──僕は、生まれてもよかったんだ。
そう思った瞬間、熱いものが込み上げてきて、それは容易く涙腺を越え、雫となってボロボロと溢れ出した。
「ぅ、……っ、ぁ、ああ……ッ」
「お、おい、ミカ?」
「ミカさん!?」
「ぁ、ぅ、っ、ぅ、あ、あああ、あああ……っ」
急に背を折ってテーブルに突っ伏すように泣き始めた僕を見て狼狽えている二人が、背や頭を撫でてくる。その手の温もりにすら涙腺は刺激され続けて、みっともない嗚咽も涙も止められそうにない。
僕さえいなければ、と。そう何回も何回も、数えきれないほど思い続けていた。僕という命が存在しなければ、父は殺されずに済んだのかもしれないし、母も不幸になって正気を失ったりしなかったかもしれないし、中水上のおじさんに事故死のきっかけも訪れなかった。
かつての親族やご近所さんから、不幸の子だと呼ばれていたのも知っている。中水上のおじさんの死後、僕を引き取りたがる人は誰もいなくて、あの子を家に招いたら死んでしまうなんて噂されていたのも分かっていた。
物心ついたときから、ずっと、僕は自分の命に後ろめたさを感じていたんだ。色々な人の不幸の上に存在している命だからこそ簡単に手放すのは申し訳なくて、かといって罪深い命がずっと続いてほしいとも思えなかった。だからこそ、自ら死を選んだりはしないけれど、いつ死んでも後悔は無いという、マイノリティな死生観を持っていた。
──でも、今。ようやく、赦されたような気がした。お前は存在していいのだと、その命は間違いではないのだと、やっと認めてもらえたように思えた。
「はじ、めて……っ、はじめて、おめでとう、って、言って、もらえた……!」
もしかしたら、あの日。中水上のおじさんが事故に遭わなければ、その言葉を貰えたのかもしれない。でも、それは叶わなかった。
お世話になっていた施設でも、毎月掲示板に「今月お誕生日のメンバー」というプリントに名前と簡易的なおめでとうの文字を載せてはいたけれど、それはとても祝福とは思えないものだったから。
だから、本当に今、初めて祝福された。
ああ、どうしよう。今日はおじさんの命日なのに……、嬉しくて、ありがたくて、涙が止まらない。
「何度でも言おう。ミカ、おめでとう。……お前は、今日という日を誇り、喜んでいいんだ」
「もう、ご自分を責める必要は無いのですよ。貴方という存在は、確かに私たちの幸いなのですから」
子どもの頃に抑えていた分まで延々と泣き続ける僕のことを、魔王と悪魔はずっと優しい手で撫で続けてくれた。




