【4-13】
「これは……、何ですの?」
「お菓子を包んであるんだ。……なんと、食べると魔王も元気になっちゃうお菓子だよ」
「えっ、魔王も?」
あえて声を潜めて秘密を打ち明けるような感じで言ってみると、アリスちゃんの目がキラキラと輝く。純粋で素直な反応が、とても可愛らしい。
空気がパッと和んだのを感じたのか、いつの間にか少し遠巻きに様子を窺っていたクックとポッポがおずおずと近づいてくる。少女と鳥とお菓子。なんとも平和な光景だ。
「フロランタン、っていう焼き菓子なんだ」
「ふお、らん、たん……?」
「そう。甘くて美味しいよ」
「魔王もお好きなんですの?」
「うん。食べると、ニコニコ笑ってくれる」
「魔王が?」
「魔王が」
決して、嘘ではない。昨日フロランタンを焼いておやつに出したら、魔王も悪魔も機嫌よく笑ってくれた。──もっとも、彼らは僕が何を作って出しても美味しい美味しいと褒めちぎって喜んでくれるから、フロランタンに限った話ではないのだけれど。でも、嘘じゃない。
それに、フロランタンは特に喜んでくれた部類に入ると思う。なんでも、前代の食事係だったマリオさんもフロランタンはよく作っていたようだけれど、キャラメル部分は柔らかめで、サブレ部分もしっとりめの食感だったらしい。対して、僕の作るフロランタンはカリカリでザクザクだ。同じ菓子でも食感がこんなに違うなんて、と比較して楽しんでくれたようだ。
いずれにせよ、フロランタンはこの世界には無い焼菓子のようだから、アリスちゃんにとって珍しいもののはずだ。魔王も楽しんでいるおやつとなれば、更にレア度が上がるだろう。
「その魔王のおやつ、僕が作ったんだ」
「まぁ! ミカさんが? そういえば、ミカさんは食事係でしたわね」
「うん。美味しく出来たと思うから、アリスちゃんも食べてみて」
裕福な家庭のお嬢様のようだし、手を洗わなきゃとか、そもそも魔王の手下が作ったものなんて食べられないとか、そう拒否されるかもしれないと思ったけれど、アリスちゃんは嬉しそうに包み紙を開いて、フロランタンをひとかけら、小さな口に含んだ。そして、みるみる幸せそうな顔になる。満開の春の花を思わせる、華やかで可愛い笑顔だ。
「まぁ……! 美味しいですわ!」
感極まった吐息混じりに言ってから、お嬢様は慌てて口を閉じ、もぐもぐする。食べながら話してはいけない、と育てられているんだろう。
きっちり飲み込んでから、彼女は再び幸せそうに顔を輝かせた。
「とっても美味しいですわ! ミカさん、ありがとう!」
「どういたしまして。気に入ってくれたかな?」
「ええ、もう! とっても! 木の実を花の蜜で固めているのかしら? 似たような物をいただいたことはありますけれど、クストとぴたっとくっついているのは初めて !噛むとザックザック音がして、甘くて、香ばしくて! でも、クストはサクサクだけど、ほろほろっとしていて! なんて美味しいのかしら……!」
興奮して熱く語る姿は、なんだかカミュを彷彿とさせる。無邪気にはしゃぐアリスちゃんに対し、クックとポッポも何故か誇らしげに胸を張ってドヤ顔をした。なんだろう、この可愛い空間。とっても癒されるし、みんな可愛い。
ちなみに、アリスちゃんが連呼していた「クスト」はこの世界の焼き菓子のひとつで、サブレクッキーのようなものだ。生地に砕いた木の実や春の花弁を練り込むこともあるみたいだけど、基本的にはシンプルに仕上げる素朴なお菓子で、フロランタンのようにがっつりとキャラメルコーティングしたりはしないらしい。
「そんなに喜んでもらえたなら、よかった。それは、アリスちゃんにあげる」
「えっ……、よ、よろしいの?」
「うん。それはアリスちゃんにあげる。ご両親とちゃんと話せるようにっていう応援の気持ちと、いつも素敵なお姉様として頑張っているアリスちゃんを尊敬を込めた、僕からのささやかな贈り物。アリスちゃんが一人で食べていいんだよ」
いつも妹のために我慢をしている彼女のために、独り占めできる何かを手渡したかった。僕の手作り菓子なんて本当にささやかすぎるプレゼントだけど、この世界では珍しい物というレア補正がかかれば、それなりに喜んでもらえるんじゃないかな。
「わたくし……、ひとりで……」
自分専用の何かを手にしたのは久しぶりであろうお嬢様は、嬉しそうに呟いて手の中のフロランタンを見つめる。でも、何かを少し考えてから、彼女はふるふると首を振った。
「ありがとうございます、ミカさん。お気持ちは嬉しいのですけれど、これ、アデルと一緒にいただいてもよろしくて?」
「僕は構わないけど……、アリスちゃんは、いいの?」
「ええ。こんなに素敵で珍しいお菓子、二度とお目にかかれないかもしれないですもの。こんなに幸せで美味しいお菓子だからこそ、アデルと分け合いたいですわ」
そう言うお姉ちゃんは、気持ちのいい笑顔を見せてくれる。どこかスッキリとした表情には、さっきまでの憂いは無い。
「素敵な考えだね。そんなアリスちゃんにご褒美だよ。アデルちゃんと一緒に食べてね」
「まぁ、ありがとう!」
もうひとつ残っていたフロランタンの包みを幼い手に乗せると、アリスちゃんは更にニコニコとしてくれる。──と思った矢先、不意に彼女の顔は悲しげに曇ってしまった。
「でも……、どうしましょう」
「ん? どうしたの?」
「わたくし……、帰り道が分かりませんわ」




