【4-11】
掛けるべき言葉が見つからず戸惑う僕の無言をよそに、アリスちゃんは抱えた膝へ額を押し当てるようにして顔を伏せる。
「せめて、昼はわたくしのお友達を呼んでお祝いをして、夜は家族みんなでアデルのお見送り会をするというのなら、わたくしだって納得できた。……でも、お父様もお母様も、わたくしの誕生日のお祝いは別の日に改めてしようと言うんですの。お祝いしないとは言っていないんだから、って。お姉様なのだから我慢できるでしょう、って。確かに、わたくしは姉ですわ。妹のために色々と我慢していますけれど、お姉様なのだからと……妹に比べたら何もいいところが無い姉なのだからと、文句も言っていませんわ。でも! ……でも、だからこそ、誕生日くらい、わたくしが優先されてもよろしいのではなくて!?」
「アリスちゃん……」
「わたくし、いつも我慢してますわ! い、いつも……っ、が、我慢しているのに……っ、お、お姉様だからって……っ、ぅ、ふぇ、ぅええ……っ」
「わ……っ」
悲しさや悔しさが頂点に達したのか、アリスちゃんは大粒の涙を流してしゃくりあげながら、僕にしがみついてきた。小さな手にシャツを握りしめられて、僕よりずっと熱い子ども体温を押し付けられ、胸元をぐしゃぐしゃに濡らされて、──こんな経験は初めてで、どうしたらいいか分からない。
……でも、僕が幼かったとき。初対面でいきなり大泣きした僕を、中水上のおじさんは優しくあやしてくれた。そのときのことを思い出しながら、細い背中をぽんぽん優しくと叩き、もう片方の手で頭を撫でる。
「……これは、僕の個人的な考えで、正しいかどうかは分からないんだけどね」
そう前置きをしたうえで、僕はなるべく穏やかな口調を心掛けて話した。
「アリスちゃんの悲しいっていう気持ちも、悔しいっていう気持ちも、全然間違っていないと思うよ。僕には兄弟がいないから、だから偉そうなことを言ってしまうだけかもしれないけど、『お姉ちゃんだから』って何でも我慢しなさいっていう言い方はよくない。そんな押し付けをされても、アデルちゃんのために良いお姉ちゃんでいようとするアリスちゃんは凄いね」
「うっ……、うぅ……」
「でもね、だからこそ、お父さんとお母さんは勘違いしちゃっているのかもしれない。アリスちゃんはアデルちゃんのためなら何でも我慢できる子なんだ、って。……大人ってね、何にも文句を言わない子どもは『そういう子』なんだって思っちゃうんだ。本当は違うって、そう気付いてくれる人は少ないんだよ」
──僕の幼い頃も、そうだった。
家にいつも置いていかれてしまうのも、ごはんをあんまり食べさせてもらえないのも、外に遊びに行かせてもらえないのも、本当は嫌だった。でも、そんな不満をぶつけてしまえば母はますます僕を嫌ってしまうんだと幼心に理解していたから、何も言えなかった。それを母は、「この子は目を掛けなくても適当に育っていく子」と認識していたみたいだ。
状況や環境は違えど、アリスちゃんの場合もそれに少し似ているんじゃないかと、僕はそう思う。
「さっき、アリスちゃんは、自分の誕生日をご両親に忘れられていたこと、自分の誕生日のお祝いを違う日にされること、誕生日なのに妹さんを優先しなくちゃいけないのが嫌だっていうことを、僕に教えてくれたよね。他に嫌だって思っていることはある?」
「ぅ……、た、誕生日にお友達を呼んでお祝いしないと……、お友達みんなから言われてしまいますわ……っ、ア、アリスは貰われっ子なんだ、って、っく……、い、今でも言われているのに……っ」
「何それ、酷いね。いつもそんな意地悪を言われているの?」
「いつもじゃないですわ。お、お友達……、みんな優しいんですの。で、でも……っ、お父様とお母様がアデルばかりを可愛がるから……っ」
どこの世界でも、友達コミュニティって面倒くさいものなんだろうか。僕がお世話になっていた施設でも、施設育ちだと言って学校で苛められるといった訴えが度々子どもたちから出ていたようだ。生まれや育ちによる差別というものは、子ども同士だからこそ特に強かったように思う。そんなことでマウントを取り合うなんてくだらないな、と僕は孤独に遠目から眺めていた。
──ただ、アリスちゃんは決して両親から疎んじられているわけではないんじゃないかな。確かに、今はアデルちゃんへ気持ちを傾けがちかもしれないけど、アリスちゃんのことだって大切なはず。
そうじゃなければ、僕の胸で大泣きをしているこのお嬢様は、こんなに清潔で豪奢なワンピースを健康体に身に着け、髪を綺麗に結って美しい装飾品で彩り、毎年自分の誕生日を祝ってもらえるのが当然だと思っていたりなどしないはずなのだから。
そう結論付けた僕は、アリスちゃんの身体をそっと引き剥がし、濡れた目元をシャツの袖で丁寧に拭ってあげた。
「アリスちゃん」
「……なんですの?」
「今、僕に教えてくれた不満を全部、ご両親にぶつけちゃおう!」
驚いて涙を引っ込めた少女は、それでもまだ潤んだままの紫の瞳をまんまるにして、信じられないとでも言うように僕を凝視した。




